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館長の朗読日記1977/品川「あやの会」と千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記1977  (戦後72年03月26日 新規)




○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 3月21日(火)の10時00分から、品川朗読サークル「あやの会」の第2期・朗読ステップ5の17回目のレッスンを行なった。今回は5月に開催する朗読発表会に向けた朗読作品「阿弥陀堂だより」の5回目のレッスンである。今回はその第1部を全員に順々に朗読してもらったが、その第1部の最後の通常レッスンである。

 サークル会員にはそれぞれの個性がある。さらに、サークル会員にはそれぞれ独自の上達過程がある。その上に、サークル会員にはそれぞれ時々刻々に異なった体調がある。それらの総合的な結果が、その日のレッスンにおけるそのサークル会員の朗読表現なのである。それらを懸命に探りながら、その日のレッスン指導を行なう。

 もちろん、私の朗読指導においては、指導の主軸とするのはサークル会員の上達過程である。それにサークル会員の個性や体調を合わせて勘案しながら、サークル会員の現時点の朗読表現において、どこが最重要課題であるか、当面の練習方法(自宅での一人練習の方法)で最も重点を置くべきポイントは何かを探り指導していく。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 私としては、1人1人のサークル会員の朗読レベルを、昨日よりも今日、今日よりの明日、と何とかして上達してもらおうと願っている。そのために、1人1人に各自の持分の朗読をしてもらう4分ほどの時間のうちに、上記のようなポイントを探り、指導することに懸命になっている。まさにサークル会員との真剣勝負なのである。

 しかし、ときには、ふっと息を抜いて、サークル会員の皆さんの朗読を鑑賞者の立場で聴いてしまうこともある。そういう場合には、サークルの会員の皆さんが、いつの間にか上手くなったなあ、と思わず感心してしまうことがときどきはある。もちろん、逆に、そろいもそろってなかなか上達しないなあ、と思うこともままある。

 ともあれ、次回で、朗読発表会に向けた朗読作品「阿弥陀堂だより」の通常のレッスンはおしまいになる。その後は、1回の立ち稽古(通し稽古)、1回のリハーサル(通し稽古)、そして本番ということになる。今回は、いよいよ朗読発表会のチラシもできた。あっという間に6月の朗読発表会が間近に迫ってきたわけである。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 3月23日(木)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の2回目である。前回はこの宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の初読みであり最初のレッスンだったから、基本的な「視点の転換」について説明した。

 また前回は、この宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」には不可解な点、不思議な点、何か変だなと心と頭にひっかかる点が多々あること、そして、それらを見つけ出し、いつまでも心にかけ続けることの大切さを強調した。つまり、それらの点は解読のための貴重な糸口になる可能性が高いから安直にやり過ごさないように注意した。

 前回の私の注意が効いたためか、サークル会員からこの作品に対するいくつかの疑問が出された。例えば、主人公の「小十郎」が最後に熊に殺される場面があるが、その出来事が起こった時期が「1月のある日のことだった」と明記されている。会員の1人から、寒い1月は熊は冬眠しているのではないか、という疑問が出された。




○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 確かにその会員の疑問の通りである。東北地方の1月に、冬眠しているはずの熊がなぜ外に出てきて、小十郎と鉢合わせしたのか。これはよく分からない点である。さらに、その「三日目の晩」に、たくさんの熊が、死んだ小十郎の死骸の周りに集まってじっとしている。冬眠すべきこの時期の熊がなぜそのような行動をしたのか。

 その他にも、この作品には納得できない点が色々とたくさんある。それらの点を気にしつつ、さらに作品を読み込んでいくと、色々と深く分かってくる点が多々あるのである。ヘッポコな作家ならばともかく、宮澤賢治レベルの優れた作家の場合には、そういう疑問点は、より深い解読の糸口になると、私は経験的に確信している。

 今回のレッスンでサークル会員からこのように面白い疑問が提起されたことに、私は大いなる喜びを感じた。こういう疑問点が、もっともっとサークル会員から提起されることを願っている。そういう疑問は、一見、ささいなつまらないものに見えても良いのである。例えば、小十郎の犬はこの作品の最後にはどうなったか、など。








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