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館長の朗読日記1981/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1981  (戦後72年04月05日 新規)




○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 4月04日(火)の10時00分から、品川朗読サークル「あやの会」の第2期・朗読ステップ5の18回目を行なった。今回は5月に開催する朗読発表会に向けた朗読作品「阿弥陀堂だより」の6回目、通常のレッスンの最後である。今回はその第2部を全員に順々に朗読してもらったが、その第2部の最後の通常レッスンである。

 一般的な朗読歴は長いが、私の指導する朗読レッスン歴はまだ2年未満という会員がいる。朗読そのものは上手であり実績もあるようだが、まだ、高く上に上げる語り口に慣れていない。その点を改めて少し丁寧に指導した。さらに他の会員の朗読を聴いて何かを感じたらしく、私の指導する朗読についてなかなか良いことを言った。

 同じころに入会した別の会員で、その会員とはまったくタイプはちがうが、やはりとても上手な朗読をする会員がいる。その会員は語りかける語り口がほぼ身についている。当面の課題は《間》の取り方だと考え、集中的に指導した。的確な《間》は、文章の流れ、原作者が表現したい心情とイメージの流れを的確につかむ必要がある。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 朗読ステップ1〜6を一通り辿り終えた会員は、着実に上達していく。いつの間にか豊かな心情表現やイメージ表現ができるようになっている。声出しもしっかりしてきた。逆に、そうなってくると、言葉の意味、文の意味を的確に理解していないと、聴いていておかしく感じられる危険も増してくる。棒読みにはない危険である。

 言葉を切るか切らないか、切るとすればどこできるか、それによって言葉や文の意味がまるでちがってしまう場合がある。今回も、そういう箇所がいくつかあった。切るべきところで的確に言葉を切ると、それまで曖昧だった文の意味がくっきりと浮かび上がってくる。朗読の重要な役割は、そういうところにもあるのではないか。

 こういうことは、朗読表現の力量がかなりのレベルになって初めて問題として浮上してくる。このサークルの会員たちとも、こういう問題を議論することができるようになったか、という感慨が湧き上がってきた。また、先日の第8回「小さな朗読館」以来、岡本かの子ファンになったという話しも出た。これは、非常に嬉しかった。

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