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館長の朗読日記1989/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1989  (戦後72年04月21日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月20日)の午後3時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ5の第17回目。本来なら4月に開催すべき朗読発表会を2ヶ月先の6月に延期したので、本来のレッスン計画とはちがっている。その朗読発表会に向けた台本の5回目の朗読レッスンである。

 朗読発表会に向けた台本(浅田次郎原作「夜の遊園地」と山本周五郎原作「四年間」)の通常レッスンは、あとは5月前半の1回。その後は、5月後半に立ち稽古(通し稽古)、6月前半にリハーサル、6月後半に朗読発表会の本番、ということになる。今回は、浅田次郎原作「夜の遊園地」の最後の3回目のレッスンであった。

 今回のレッスンでは、比較すると2期生の伸びが目立った。もっともレッスン歴の短い会員は、約3年のレッスン歴である。この段階は、朗読する声と語り口がしっかりしてくる。レッスン歴がそれより1年長い2期生は「語りかける語り口」になってきている上に、心情表現とイメージ表現がかなりレベルアップしてきている。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 レッスン歴がさらに1年〜2年長い2期生は、早くも1回目の朗読ステップ1〜6を終了する時期なのだが、すでに堂々たる朗読表現をするようになってきている。自分なりの朗読表現を構想したり、自分なりの《間》を取ることも出来るようになってきている。朗読する方も、その朗読を指導する方も、最も楽しい時期である。

 2回目の朗読ステップ1〜6を来年にも終了しようかという1期生は、もちろんかなり上達してきている。しかし、今年あたり1回目の朗読ステップ1〜6を終了しようかという2期生の伸びがかなり盛んなので、追い上げられているような感覚をもつ1期生もいるらしい。ここしばらく停滞していた1期生が今回は頑張っていた。

 心情の込め方や表現する意欲・意志の表し方がやや稀薄気味であった何人かの1期生が、今回、その欠点をかなり克服したような朗読をしていた。朗読は競争ではないから、上達の速さを競うことはないのだが、やはり後輩の上達はかなり刺激になるらしい。会員同士の良い意味での切磋琢磨は、グループレッスンの良さでもある。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月20日)の午後6時10分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の17回目、今回は今年6月に開催するこのサークルの朗読発表会に向けたレッスンの5回目である。朗読発表会の上演形式は1人1作品を基本にしている。ただし3人の会員は1つの作品を読み継ぐ。

 このサークルの朗読発表会に向けた通常レッスンも、残るは1回である。その後は、5月後半に立ち稽古(通し稽古)、6月前半にリハーサル、6月後半に朗読発表会の本番、ということになる。このサークルは会員数が少ないから、上演形式は1人1作品を基本にしても、1年1回の朗読発表会で全員が出演しても大丈夫である。

 このサークルは会員数が少ない上に、今回は欠席者が2人もいたので、いささか寂しいレッスンとなった。他のサークルの場合は、レッスン時間内に会員1人1人に稽古をつけるための時間配分にかなりの気を遣っているのだが、このサークルの場合はその心配はない。しかし、それだけ1人当りの稽古時間を長くすることはない。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 1回のレッスンで、1人当りの稽古時間を長くしたからといって、それだけの効果があるわけではないからである。1人1人の稽古の場合、1回の稽古でその人間の頭に入ること(理解できること)は限られている。1回の稽古で本当に練習できることも限られている。まして、1回の稽古で習得できることは本当に限られている。

 それより、同じレッスン時間内で、自分以外の他の会員の朗読を聴き、その会員の朗読に対して私が行なうダメ出しやコメントを聴くほうが何倍か多くのことが頭に入る(理解できる)し、その会員の良き自習にもなるし、さらには深く習得できるはずである。少人数レッスンの短所、多人数レッスンの長所は、現存している。

 レッスン後にサークルの会員を増やす方策について話し合った。なかなか妙案が思い浮かばない。このサークルのレッスンは夜間である。しかし、通常勤務の会社員などがレッスンに参加するには、レッスンの開始時間が早すぎる。逆に、高齢者が参加するには、レッスンの終了時間が遅すぎる。真に中途半端な時間帯なのである。




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