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館長の朗読日記1984/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1984  (戦後72年04月09日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月08日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第11回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「雁の童子」の5回目である。レッスン台本の5回目ともなると、会員の皆さんの朗読もそれぞれのレベルにおいてかなり仕上がってくる。

 ある最古参の会員は、しっとりとした良い朗読をするのだが、表現的な立体感が従来からやや希薄であった。それがここ何回かのレッスンで立体感が出てきた。どうやら、最近になって、強調すべき言葉、あるいは、立てて表現すべき言葉、を意識して朗読するようになったらしい。遅すぎるが、その効果は明らかに出ている。

 他の中堅の会員は、入会した当初から滑らかな語り口であったが、やはり心情表現とイメージ表現が淡白で1本調子の気味があった。最近は、強調すべき言葉、あるいは、立てて表現すべき言葉に印をつけて、強調ないしは立てて表現するように努めているらしい。まだ少し不自然だが、とても良い朗読表現になってきている。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 私の朗読レッスンは、1つのレッスン台本をいくつかに区切って、会員1人1人に少しづつ(朗読時間にして3〜4分づつ)朗読してもらい、その直後にその会員の朗読についていろいろとダメ出しをしたりコメントをして指導していく。従って、突如、激しい息づかいのセリフから、朗読を始めなければならない場合もある。

 そういう場合には、その部分に当たった会員は、朗読する直前に、激しい息づかいのセリフを表現するその登場人物の視点と心情を自分のものにしなければならない。これは、一種の精神的な「技」であり精神的な「芸」なのである。私のレッスンは、毎回、その精神的な「技」であり精神的な「芸」を修練していることになる。

 まだレッスン歴が数年の、入会当初から上手だったが、まだ少し「他人事」のような朗読表現をしている会員に、この話しをした。そうしたら、かなり「自分事(わがこと)」のような表現になった。1つの作品の作品世界には種々の場面転換がある。朗読者はそれを1人で表現するのだから、精神的「技」「芸」は大切である。




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