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館長の朗読日記1988/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記1988  (戦後72年04月19日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 4月18日(火)の10時00分から品川朗読サークル「あやの会」の第2期・朗読ステップ5の19回目のレッスンをやった。今回は5月に開催する朗読発表会に向けた朗読作品「阿弥陀堂だより」の7回目。ほぼ1日かけての立ち稽古(通し稽古)である。今回は午前中に台本全体を通しで、午後は第2部のみを通しでやった。

午前中の通し読みは、会員の皆さんがそれぞれの持ち味を発揮してなかなか良かった。この台本「阿弥陀堂だより」は、通常の小説に比べて朗読的に工夫しなければならない表現が2種類ある。1つは作中に何回か出てくる村の広報紙のコラム記事「阿弥陀堂だより」の朗読方法。1つは声の出ない女性がノートに書く文の朗読方法。

 今回は朗読方法を無理に統一せず、その箇所に当たった会員の自由に任せた。コラム記事「阿弥陀堂だより」の方は、語り手のおばあさんのセリフとして朗読する会員、書き手の声の出ない若い女性がその記事を書いている感じで朗読する会員、コラム記事として主人公の作家ないしは朗読者自身が読んでいる感じで朗読する会員。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 今回、通しで聴いた限りでは、特にそういう不統一感が気になることはなかった。1人1人の会員が、自分の朗読分担部分を朗読する間にその部分の作品世界を聴き手にイメージしてもらえば、そういう朗読作品を読み継ぎながらそれなりの朗読作品として聴き手を説得することができれば、相互間の不統一はさほど気にならない。

 午後は、時間の関係で、後半の第2部のみを1人づつ朗読してもらいながら私からダメ出しとコメントを加えていった。これはいつものレッスンのやり方と同じである。全体を通しで聴くとさほど気にならない部分が、1人1人の朗読を聴いているとやはり気になる。つい細かいところまでダメ出しをしてしまった。悪い癖である。

 あとは、リハーサルと本番を残すのみだから、今回の立ち稽古は褒めて褒めて会員の皆さんの意気を高めた方が良いのかもしれない。しかし、生来の融通性の欠如というか、バカ正直というか、お世辞が下手というか、つい真面目にダメ出しをしてしまう。まあ、朗読発表会も、広い意味でのレッスンと位置づけているせいもある。






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