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館長の朗読日記1983/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記1983  (戦後72年04月08日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 一昨日(4月06日)の午後3時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ5の第16回目。本来なら4月に開催すべき朗読発表会を2ヶ月先の6月に延期したので、本来のレッスン計画とはちがっている。その朗読発表会に向けた台本の4回目の朗読レッスンである。

 朗読発表会に向けた台本(浅田次郎原作「夜の遊園地」と山本周五郎原作「四年間」)の通常レッスンは、あとは4月後半と5月前半の2回。その後は、5月後半に立ち稽古(通し稽古)、6月前半にリハーサル、6月後半に朗読発表会の本番、ということになる。今回は、山本周五郎原作「四年間」の2回目のレッスンであった。

 私が指導する朗読サークルの定員は、一応10人〜20人ということにしている。本当の理想は15人〜20人である。船橋朗読サークル「はなみずき」の会員数は、この理想の定員の枠内にある。このくらいの会員数になると、毎回、何人かは、朗読の上達という観点で、目立った伸びを示してくれる。これが、重要なのである。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 サークルに15人〜20人も会員がいると、特に指導しなくても、過剰なほどの演技的朗読をする会員が必ず数人はいる。過剰な演技をすると、癖のある朗読、臭い朗読、節のついた朗読になる。その過剰さをうまく是正すると、素晴らしい朗読をするようになる。今回も、うまく除去した会員と、そうなりつつある会員がいた。

 急に《間》の取り方が良くなった会員がいた。何を意識して朗読したのか、と訊いてみた。前回のレッスンで私が聴き手の立場になって《間》を取るように指導したのだが、それを念頭において《間》を練習し、今回も実行したということであった。感度の良い、練習熱心な会員である。これらがサークル全体に良い刺激を与える。

 多数の会員のなかには、かなりの朗読レベルに達しているベテランの会員が何人かいる。そういう会員たちには、もっぱら作品の構成的な観点からの指導をする。他の大多数の会員たちは、そういう会員たちと私のやりとりを傍聴している。今は理解できなくとも、今は表現できなくとも、そういう傍聴は役に立つときが必ずくる。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 一昨日(4月06日)の午後6時10分から、習志野朗読サークル「茜」のレッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ3の16回目、今回は今年6月に開催するこのサークルの朗読発表会に向けたレッスンの4回目である。朗読発表会の上演形式は1人1作品を基本にしている。ただし3人の会員は1つの作品を読み継ぐ。

 今回は、休会していた会員が久しぶりに復帰した。ただし、復帰は6月の朗読発表会までで、その後は残念ながら退会せざるを得ないという。事情が好転すれがまた復帰したいということであるが、当面は6月の朗読発表会が朗読の仕納めになってしまう。朗読の修練は普通の生活においても十分できる。頑張って継続して欲しい。

 言葉がはっきりしない会員が、それを是正するために少し無理をして声を張り上げて朗読をしたらしい。途中で咳き込んでしまった。そこで、言葉をはっきりと表現することと、声を張り上げることは、必ずしも同じではないと指導した。声を張り上げるよりも、言葉の1つ1つのイメージを聴き手に伝える意識が重要なのである。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 そういう意識でやり直してもらったら、見事に自然な声出しではっきりとした音声言語表現ができていた。そうは言っても、こういうことは必ずしも急にできるわけではない。この会員は、これまで6年間ちかく言葉をはっきり表現する修練を積んで来たから、改めて意識するだけでこういう芸当が出来たというべきなのである。

 ある会員は、ちょっと現実離れした内容の作品を朗読する。その作品の登場人物の人物像やセリフのひっかかる点を指摘し、どう考えるか、問いを重ねていった。困った会員は「結局これはお話ですから」と言い出した。作品を解読する際に、それを言っちゃあおしまいなのである。ひっかかる点が、朗読表現の重要な糸口になる。

 戦争中の悲劇の体験者の体験談を朗読する会員がいる。初期には、戦後の視点から過去を思い出すような朗読をしていた。戦時下の視点で自分事(わがこと)として表現するように指導したら、悲惨な出来事をキャアキャアという感じで朗読した。今回は、それを抑えて朗読していた。ようやくここまで来たか、という感じである。




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