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館長の朗読日記2015/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2015  (戦後72年06月26日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(6月24日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第16回目、今秋9月の朗読発表会『この世界の片隅に』に向けたレッスンの第4回目である。この台本は前半と後半に分かれている。今回はその後半(第2部)のレッスンをやった。

 後半(第2部)は、今回が2回目であるから、前回と同じくかなり具体的に突っ込んだ指導を行なった。その中心は作品世界の流れ(展開)とその個々の場面のイメージと登場人物の心情である。それについて、会員1人1人が抱いているイメージを確認しつつ、明らかな見当ちがいや、掘り下げの不足などがあれば補正していった。

 まず、その会員の分担部分を朗読してもらい、つぎにその部分の場面のイメージと登場人物の心情をどのように受けとめているかを確認していく。レッスンとレッスンの間に自主練習会をやって、そこで各場面のイメージについてかなり検討し合ってきたらしい。その結果の会員の統一見解ともいうべき内容が、私にも披露された。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 その中には、思わず「なるほど!」と私が感心させられるような見解もあった。しかし、まだまだ突っ込みや煮詰め方が足りないと思わざるを得ない見解もあった。しかし、そのような意見交換ができるようになったということは、私としても非常に心嬉しい。文学作品を解読しようという意欲と視点と方法が見られたからである。

 反面、かなりのレッスン歴がありながら、語り口の基本的な部分(特に「地の文」を語りかける語り口)がまだ十分には身についていない会員や、身についていないどころかその意義をまだ十分には理解していない会員も少数ながら存在している。そういう会員を眼前にすると、朗読指導者としての私は本当にがっかりしてしまう。

 もちろん、大多数の会員は私の朗読観や朗読の理論をよく理解し、その真髄を身につけようと一所懸命に努力してくれている。そして、長期のレッスン歴を経る過程でその成果が顕われ、現在の日本においては一流に伍すると思われる朗読者にまで上達した姿を眼前にすると、朗読指導者としての私は本当に心嬉しくなるのである。






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