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館長の朗読日記2012/「ジャン=マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル」を聴きにいった

館長の朗読日記2012  (戦後72年06月19日 新規)



○「ジャン=マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル」を聴きにいった(1)

 昨日(6月18日)は、家人と14時00分開演の「ジャン=マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル」を聴きにいった。昨日が「父の日」という意味も少しはあった。私はルイサダのことを知らなかったが、西暦2005年にNHK(教育テレビ)の「スーパーピアノレッスンーショパン編」に講師として出演し好評だったという。

 私は、ルイサダが講師の番組は見なかったが、他の講師による「スーパーピアノレッスン」は何回か視聴して、その内容を大変面白く感じていた。私が行なっている朗読レッスンによく似ているところもあったからである。この「スーパーピアノレッスン」は、レッスン対象がピアノの初心者ではなく、音大の大学院生などであった。

 ピアノが自在に弾ける若手のピアニストを対象に、その音楽作品の楽譜から作曲者の作曲の意図や楽想をいかによく認識するか、その認識したイメージを、自分のピアノ演奏でいかに表現するか、というところにレッスンの重点を置いていた。その点が、日本語の音声言語が自在な日本人の大人を相手の朗読レッスンと類似している。



○「ジャン=マルク・ルイサダ ピアノ・リサイタル」を聴きにいった(2)

 当日のルイサダのピアノ演奏は、その詳細は省略するが、大変に素晴らしかった。家人などは大賛嘆で大満足だった。本プログラムはショパンの作品であったが、アンコールでの演奏作品はモーツアルト、ベートーベン、ドビッシーなどの5曲であった。どれも、さすが「スーパーピアノレッスン」の講師、と思わせる出来栄であった。

 私はブーニンのピアノ演奏と比較して聴いていた。ブーニンのピアノ演奏は、音と音の間の《間》と《メリハリ》が効いていた。それらを明確に意識している演奏であった。今回のルイサダのピアノ演奏は、音と音の間の《間》ではなく、伴奏の音は続いている中での、主旋律と主旋律の間の《間》を重視しているように思われた。

 あるいは、これは作曲者のショパンが意識した《間》であって、ルイサダがそのショパンの作曲意図をよく認識して、自分の演奏に活かしたものかも知れない。とにかく、聴いていて、その主旋律と主旋律の間の《間》を私は心地よく感じていた。もっとも、私のような音楽の門外漢がもっともらしいことを言えた義理ではないが。





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