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館長の朗読指導メモ 94/朗読活動のこれからの10年間の自己展望(その3/最終回)

館長の朗読指導メモ 94   (戦後72年07月22日)



朗読活動のこれからの10年間の自己展望(その3/最終回)



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(7)

 最後に「③朗読実技の公演」について。この分野の主軸は、私が主宰している朗読会「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」の年3回の定期公演である。この朗読会は、私が毎回レギュラー出演している。毎回、短編を単発に朗読するというだけというのも面白くないので、毎年1人の作家の作品を3作選んで朗読している。

 「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」は、私が毎回レギュラー出演しているから確かに「③朗読実技の公演」の分野ではある。しかし、私が指導している朗読サークルから、朗読レッスン歴と朗読レベルがある一定の水準に達した会員に、毎回ゲスト出演を依頼しているから、その意味で「②朗読指導の実践」の分野でもある。

 私が指導している朗読サークルの会員も、この朗読公演にゲスト出演することを励みにしているとみえ、このゲスト出演を機に朗読が画然とレベルアップする例が少なくない。朗読サークルの会員が着実に上達していくので、ゲスト出演を依頼すべき水準の会員数が増えている。今後はゲスト出演依頼の順番を決めることがむずかしくなる。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(8)

 私が朗読に本格的にとり組むようになったそもそもの動機は、朗読というものを理論的に解明したい、というところにあった。したがって、私の朗読活動の重点は、どうしても「①朗読理論の研究」と「②朗読指導の実践」に傾きがちになる。私の「③朗読実技の公演」は、どうしても①と②に関する自己検証という意味合いが濃くなる。

 この点から考えて、同じ「③朗読実技の公演」の分野でも「東百道・講演と朗読の会」のような公演の方が望ましい。しかし、その「東百道・講演と朗読の会」は昨年を最後にしばらく中断することにした。理由は、これを続けていると本来の「①朗読理論の研究」に割く時間がなくなってしまうからだ。その意味で中断は不本意であった。

 現在、単行本として出版を計画している『朗読の上達法』『芥川龍之介の文学的軌跡』『太宰治の文学的航跡』『宮澤賢治の宗教と文学』の原稿執筆が完了した暁には、それぞれの内容に基づいた「東百道・講演と朗読の会」を再開したいと考えている。特に、芥川龍之介シリーズと太宰治シリーズはライブの録音録画を総て完結させたい。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(9)

 私の「③朗読実技の公演」は、①と②に関する自己検証という意味合いが大きいとはいえ、もちろん決してそれが主目的ではない。主目的は、観客の皆さんと朗読者の私が朗読を介して精神的な交流を図ることである。さらに端的に言うと、朗読を介して文学作品に表現されている作品世界のイメージと心情と感動を共有することである。

 さらに、朗読の実演を通して、私が提唱する「感動をつくる朗読」のレベルを向上させ、その意義と内容を実技を世に広め、日本の朗読文化の向上に寄与することを目指している。しかし、私の場合は、残念なことに、私自身の朗読を公演のライブで広く聴いていただく機会は限られている。また、それに割くべき私の時間もあまりない。

 この「東百道・講演と朗読の会」の場合は、録音録画してDVDやBDのライブ盤として発行している。しかし、書店を通しての販売もあまり多くは望めない。そこで今後は、タイミングをみて、それをYou Tubuに投稿し、無料公開することも視野に入れている。さらに、長編の文学作品の朗読を録音録画して同じように公開することも。



○第2次「朗読活動10年期」の自己展望(10)

 以上、現在構想しているところの、これからの第2次「朗読活動10年期」の自己展望を簡単にまとめてみた。私の朗読活動(①朗読理論の研究、②朗読指導の実践、③朗読実技の公演)が、今後どこまで歩んでいけるかは分からない。しかし、今後とも、私の半生業&半ライフワークとして、孜々として励んでいく決意に変わりはない。

 その目標は、私なりの朗読活動によって、私が提唱する「感動をつくる朗読」を普及し、日本の朗読文化の向上&深化にいくらかでも寄与したい、という点にある。さらに、日本の朗読文化の向上&深化を介して、日本人全体の日本語の認識(読む&聴く)力と表現(書く&語る)力の向上&深化に寄与すること、これを目指している。

 目標は大きい方が良い。目標は高い方が良い。目標は深い方が良い。目標は豊かな方が良い。たとえ大風呂敷だとみなされても良いではないか。たとえドン・キホーテのように笑われても良いではないか。自らの体力・気力・知力が尽きる日まで、たとえその歩みは遅くとも、孜々として励みつづけることに意義がある、と確信している。





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