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館長の朗読日記2030/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2030  (戦後72年07月23日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月22日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第18回目、今秋9月の朗読発表会『この世界の片隅に』に向けたレッスンの第6回目である。この台本は前半と後半に分かれている。今回はその後半(第2部)のレッスンをやった。

 語半(第2部)は、今回が3回目である。3回目ということは、通常のレッスンとしては最後ということになる。つまり、今回は最後の通常のレッスンということになる。その後は、立ち稽古(全体の通し読み)、舞台リハーサル、本番の朗読発表会へと進んでいく。台本も3回目ともなると、会員はそれぞれかなり仕上げてくる。

 その仕上がりに応じて、会員および私の作品世界に対する理解も深まっていく。しかし、逆に、登場人物や場面のとらえ方の不備な点も浮かび上がってくる。その点を、私も指摘するが、他の会員からもいろいろと意見が出てくる。会員全員の作品世界に対する理解が深まってくるから、他の会員の不備な点も感知できるのである。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 このサークルの現在の会員数は10人を割っている。それにもかかわらず、朗読発表会『この世界の片隅に』の朗読時間は、他のサークルと同じく2時間を超える予定である。したがって、会員数が少ない分だけ、会員1人辺りの朗読時間が長くなる。会員1人1人がかなり頑張らないと、観客を舞台に吸引することはむずかしい。

 この『この世界の片隅に』は、先の大戦で米国が広島に原爆を投下した前後の出来事が主に描かれている。したがって、かなり緊迫した場面、かなり激烈な場面がある。朗読においてむずかしいのは、笑いをとる表現が最たるものであるが、緊迫感と激烈感を出す表現もかなりむずかしい。この点で会員の皆さんはまだまだである。

 また、私が朗読表現の基本として「語りかける語り口」を提唱しているのは、単なるテクニックの問題ではない。朗読発表会の舞台などで、眼の前にいる観客に作品世界のイメージなり感動なりを物語ったり、説得したり、訴えかけたりする意識・意志を表現するためにこそ「語りかける語り口」が必要不可欠な基本だからである。





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