館長の朗読日記2043/八千代朗読サークル「新・みちの会」の立ち稽古
館長の朗読日記2043 (戦後72年08月20日 新規)
○八千代朗読サークル「新・みちの会」の立ち稽古(1)
昨日(8月19日)の13時〜17時に、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読発表会『この世界の片隅で』の立ち稽古を行なった。朗読レッスンとしては、第3期・朗読ステップ2の第19回目、9月の朗読発表会『この世界の片隅に』に向けたレッスンの第7回目である。会場は習志野市大久保公民館の教室AとBであった。
朗読発表会に向けた立ち稽古の最大の意義はいつも同じで、朗読発表会向けの台本『この世界の片隅で』を初めて通しでレッスンすることである。それは同時に、通しで朗読する時間と舞台で読み継ぐ段取りを確認することでもある。実際に計測した朗読時間は、第1部(前半)と第2部(後半)が各70分、計140分であった。
読み継ぎ形式の朗読上演として、この朗読時間140分(2時間20分)は上限ギリギリである。映画の上映時間でも140分(2時間20分)は大作の部類に入る。普通の映画は上映時間が120分(2時間)のものが多い。映画の上映時間に匹敵する長い時間を、朗読だけで保たせようというのである。生半可な時間ではない。
○八千代朗読サークル「新・みちの会」の立ち稽古(2)
天気が雨模様で、蒸し暑いなかでの立ち稽古である。しかも、観客がゼロの普通の教室内での朗読レッスンである。気合を入れた熱演というわけにはなかなかいかない。それにしても、緊迫感や切迫感や訴求力の乏しい朗読が多かった。しかも、このサークルは会員数が多くないから1人当たりの朗読時間が長い。仕上がりはまだまだ。
第1部(前半)の立ち稽古は、私のコメントより会員同士の意見交換を重視した。しかし、休憩後の第2部(後半)は、残り時間が少なくなったこともあり、私からのコメントを主とした。上手な朗読や巧みな朗読ではなく、自分の言葉で自分事(わがこと)として観客に語りかけて訴えかける朗読でなければ感動はつくれない。
そのことをコメントで再三再四強調した。今後は、舞台リハーサル、朗読発表会本番へと進んでいく。舞台リハーサルで実際のホールの舞台に立てば、さらには朗読発表会本番で多数の観客を眼の前にすれば、段々と気合も入ってくるし、段々と自分事(わがこと)として観客に語りかけて訴えかける朗読に仕上がってくると思う。
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