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館長の朗読日記2041/今年も8月15日が過ぎてしまった

館長の朗読日記2041  (戦後72年08月17日 新規)




○今年も8月15日が過ぎてしまった(1)

 すでに戦後73年目に入ってしまったのだが、私が採用している戦後歴は正月に切り換えることにしているから、カレンダー的にはまだ戦後72年である。私なりに先の大戦について考えているが、まだ納得がいくまでまとまっていない。また、このブログの記事は朗読という文化の一分野に限定しているから、書くべき場所でもない。

 しかし、先の大戦の悲劇は、歴史の教訓として、朗読でキチンと語り継いでいかなければならない、という想いは変わらない。近年は、私が指導している朗読サークルの朗読発表会の演目を各サークルの自主性に任せているが、毎年、先の大戦の悲劇を題材にした演目を選考するサークルが一つはあるから、常に途切れることがない。

 来年は、東日本大震災の悲劇を題材にした演目を朗読発表会にかけようと準備を進めている朗読サークルがある。戦後では、伊勢湾台風(1959年)の犠牲者(死者・行方不明者)5,098人、阪神淡路大震災(1995年)の犠牲者6,437名、東日本大震災(2011年)の犠牲者18,456人(関連死を含めると2万人強)の悲劇が大きい。



○今年も8月15日が過ぎてしまった(2)

 戦前を考えれば、何回かの戦争、震災、津波で多数の犠牲者が生じるなど、幾多の悲劇が起こった。それらの悲劇を忘れない多数の日本人が、何らかの形でその悲劇を語り継ぎ、書き継いできている。そのうちの文章で書き継がれてきたものを、朗読という形で語り継ぐことは、日本の朗読文化の一つの柱として考えるべきだろう。

 お盆は、日本の人々が、自分たちの故人を偲ぶだけではなく、そういう過去の大きな悲劇を思い起こす時期でもある。また、日本の文学は、太宰治が書いていたように、そういう悲劇をキチンと書き遺すという伝統が昔からあった。私が指導している朗読サークルの会員の皆さんも想いは同じだから、朗読会にもそれが反映される。

 長い作品を全員で読み継ぐ形式で上演する朗読発表会の場合は、サークル会員の総意によって。短い作品を1人1作品形式で上演する「小さな朗読館」の場合は、サークル会員の個々の意志によって。心嬉しいことに、毎年、どこかのサークルが開催する朗読発表会なり「小さな朗読館」なりで、それらの悲劇が語り継がれている。







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