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館長の朗読日記2050/品川「あやの会」と大田「くすのき」の朗読レッスン

館長の朗読日記2050  (戦後72年09月06日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(9月05日)に、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンを行なった。今回は第2期・朗読ステップ6の第6回目、レッスン台本・宮澤賢治原作「なめとこ山の熊」の第6回目(最終回)である。したがって、今回はこのレッスン台本の仕上げの通し読みを行なう。いわば、サークル内でのミニ朗読発表会である。

 まず、全会員を9名づつの2グループに分け、それそれに「なめとこ山の熊」を読み継いでいってもらう。それを聴きながら、このサークルもレベルが高くなったものだと、改めて感心した。特に、声だしが全員しっかりしてきた。特に、出遅れていた古参会員が夏休みに頑張ったらしく、今までの出遅れを取り戻しつつある。

 特に嬉しいのは、古参である1期生が、それぞれ自分の長所は長所として自覚しつつも、自分の短所や課題をキチンと自覚して、その短所や課題を自分なりに着実に克服していっていることである。今のまま進んで行って、さらにもうひと踏ん張りすれば、これら1期生は全員が一流の朗読者になっていくのではないだろうか。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 2期生の場合には、それぞれの長所短所がかなり鮮明になってきている。そういう意味では、指導する方がもっとも面白い段階である。また2期生には、他で朗読経験あるいは音声言語経験を積んできている会員が何人もいる。そういう会員の指導はスリリングである。私の指導を受け入れた途端に、その効果が顕著に現れる。

 このサークルの渉外担当役員から、戸越小学校の校長先生から「6年生に戦争のお話しを朗読して欲しい」という依頼があったという報告があった。レッスン会場の荏原第五地域センターの広報紙「えばごReport」に品川朗読サークル「あやの会」が紹介された記事を見つけて依頼して来てくれたのである。嬉しい話しである。

 レッスンの最後に、来年5月に開催する朗読発表会の原作選びをしていた。近年は、それらのことをサークルが完全に自立的におこなっている。私は、時間の許す限り傍聴しているだけである。原作を提案した会員が、それぞれ2分づつの持ち時間で、自分が提案した原作の良さをプレゼンテーションするのである。非常に、面白い。



○大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(1)

 昨日(9月05日)に、大田朗読サークル「くすのき」の第6回目の朗読レッスンを行なった。今回は、第1期・朗読ステップ1の第6回目。今回から2本目のレッスン台本・芥川龍之介原作「蜜柑」のレッスンに入る。今回は、その第1回目である。今回は、その「蜜柑」を少しづつ朗読してもらいばがら、じっくりと解説した。

 この「蜜柑」は朗読指導のポイントが豊富に詰まっている。たとえば「視点の転換」「時制の転換」「表現された対象から逆表現されていること」などなど。おそらく、会員の皆さんが初めて聴くような話ばかりではないかと思う。私の話しを理解できているか、探りながら話していく。分かったような分からないような顔がある。

 けれども、このサークルには音声言語の経験が豊富で、しかも、感度の良い会員が何人かいる。質問を促すと、なかなか鋭い質問がをしてくる場合がある。他の会員も含めて、まだお互いのことがよく分からない段階である。私と会員の間も、会員同士の間も、まだ何となくお互いのことを瀬踏みしているような感覚がある。面白い。



○大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(2)

 たとえば、芥川龍之介が作中で良く使っている「が」という接続詞に関する設問があった。この「が」は「しかし」と同じ意味で使っているのだと説明すると、その「が」は鼻濁音で表現するのが良いのか、それとも濁音で表現しても良いのか、という質問があった。第1期の朗読ステップ1の第5回目のレッスンでこの質問は凄い。

 声優の訓練の経験者なので、そういう訓練の先生は「鼻濁音」のことをどのように教えているのか、逆に私が質問してみた。案の定の答えであった。すなわち「鼻濁音」について何ら本質的な説明がなされていないのである。そこで、私なりの「鼻濁音とはなにか」を説明したが、果たして私の説明が理解できたか否か。しかし、面白い。

 この芥川龍之介原作「蜜柑」は、斎藤隆介原作「花咲き山」、宮澤賢治原作「やまなし」と共に、私の朗読レッスンの試金石ないしは登竜門である。この3作品についての私の作品解読を面白いと感ずるか、その面白さがまったく分からないか。朗読者は、その2種類の人間に大別される。不思議なことだが、それが私の経験則である。

 

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