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館長の朗読日記2058/河野司先生の没後10年に想う

館長の朗読日記2058  (戦後72年9月27日 新規)



○河野司先生の没後10年に想う(1)

 山梨の朗読家であった故河野司先生は、生前は「朗読・表現なみの会」という朗読グループを主宰していた。昨日(9月26日)、その後継グループの代表から「河野司没後10年メモリアル朗読会」の案内とチラシが郵送されてきた。河野司先生の逝去は、当時の私にとって、衝撃であった。あれから早くも10年が経ってしまった。

 私は溝口直彦先生に朗読の初歩を教わった。直にレッスンを受けたのは、私が転勤のために甲府市郊外の双葉町に在住していた3年間。河野司先生は溝口直彦先生の友人のご子息で、朗読発表会の舞台を手伝ってくださった。その関係で私も知遇を得たのである。郵送されたチラシは、河野先生司先生をつぎのように紹介している。

 「1941年山梨県甲府市生まれ。劇団『やまなみ』を経て、1989年「朗読・表現なみの会」を創設。『劇団たんぽぽ』山梨県事務所代表、山梨県芸術祭・やまなし県民文化祭朗読部門専門委員長等を歴任。2001年度甲府市民文化奨励賞を受賞。同年、甲府市社会福祉事業功労者表彰を受ける。2007年11月逝去」



○河野司先生の没後10年に想う(2)

 朗読グループ「朗読・表現なみの会」を創設したのが1989年だから、ちょうど私が「溝口直彦朗読サークル」に入会し、本格的に朗読にとり組み始めた年である。奇しきご縁であるが、この2つの朗読グループが初めて合同朗読会を開催したときに、私が三浦哲郎原作「なわばり」を朗読したことも今では懐かしい思い出である。

 私が八千代市に新居を構えてからも、断続的に声をかけて下さった。児玉朗先生の朗読ワークショップに誘っていただいたこともあった。児玉朗先生の朗読会にゲスト出演されたときにも声をかけていただき、聴きに行ったこともあった。そのとき、予定がビッシリと記された手帳を嬉しそうに見せて下さった笑顔が忘れられない。

 山梨県内の多数の朗読グループの指導、同じく各方面から依頼された朗読出演、その上、県や市から依頼された朗読関係の公職を歴任し、文字通り超多忙の日々であったようだ。ご自身の健康を顧みる暇もなかったのではないか。突如、多発性脳梗塞を発病され逝去されたのであった。しかし、ご本人は本望だったのではないか。





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