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館長の朗読日記2068/『朗読の上達法』を書いている(その6)

館長の朗読日記2068  (戦後72年10月16日 新規)



○『朗読の上達法』を書いている(その6/1)

 今年もとうとう10月になって、すっかり涼しくなった。この10月も、まだ『朗読の上達法』の第1部第2章の初稿を書いている。今は第3節を書きかけているのだが、併行して第2章の残り第4節〜第6節と次の第3章の構想を練っている。この段階になって、以前から気になっていた日本語の文法を改めて独学し直している。

 具体的には、三浦つとむ著『日本語はどういう言語か』(講談社学術文庫)の第二部「日本語はどういう言語か」をジックリと読み直しているのである。特に、三浦つとむの「日本語の文法構造」(第三章〜第五章)は面白い。三浦つとむの文法論は、今の日本(の公的教育)で普及している文法論とは根本的に違うものである。

 三浦つとむの文法論の本質的な特長は、しっかりした認識論に裏づいている点にある。もちろん、私が書いている『朗読の上達論』は日本語の文法を論ずるものではない。また、私は必ずしも三浦つとむの文法論が全面的に正しいとも思わない。しかし、朗読における「視点の転換」を扱う際、動詞と助動詞の理解は不可欠である。



○『朗読の上達法』を書いている(その6/2)

 また、朗読におけるイメージ表現や心情表現を考える場合には、助詞の理解は不可欠である。特に、助詞は日本語のもっとも顕著な特徴であり、特長である。この助詞のお陰で、日本語の表現がどれほど豊かで高度になっていることか。当然、朗読(日本語の音声言語表現)において、助詞の表現法は決定的に重要な課題になる。

 そうこうしている内に、第10回「小さな朗読館〜感動をつくる朗読をめざして〜」の開催日が1ヶ月余り先に迫ってきた。私は「岡本かの子作品シリーズ」の第3弾として「みちのく」を朗読することになっている。その自宅練習を本格化しなければならない。ゲスト出演者のリハーサルも10日後に実施することになっている。

 もちろん私が朗読指導している朗読サークルの通常のレッスン、あるいは、各種の朗読会にも朗読指導の観点から関与しなければならない。その他にも、私の本来のライフワークや生活に直結している諸々の仕事もある。まあ、もともとそれほど勤勉な方ではないから、精神的集中力を要する原稿執筆はなかなか進まないのである。






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