館長の朗読日記2067/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン
館長の朗読日記2067 (戦後72年10月15日 新規)
○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)
昨日(10月14日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は、朗読発表会『この世界の片隅に』後における初のレッスンである。今回から第3期・朗読ステップ3に突入する。今回はその第1回目、最初のレッスン台本・芥川龍之介原作『毛利先生』の第1回目である。
まず、先日の朗読発表会『この世界の片隅に』に対する、会員の、あるいは、来場した会員の知人友人の意見や感想を訊いた。それから、朗読発表会を録音したCDを1人1人少しづつ聴いては、各会員から自分の朗読に関する自己講評を訊いた。もちろん、私の講評も語ったし、他の会員の講評も訊いた。会員は、遠慮していた。
再生装置が公民館のラジカセだったせいか、音質があまり良くなかった。しかし、そのせいで言葉がはっきりしている朗読とそうでない朗読を、かなり明確に判別することができた。各文節を2音目を中心に高めて表現している朗読ははっきり聴こえるが、そうでない朗読ははっきり聴こえない事実を改めて確認することができた。
○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)
それは表現の巧拙や感動の有無とは必ずしも関係ない。新劇調の機関銃を撃つようなセリフ表現は、今回の録音を再生した限りでは、はっきり聴こえなかった。これは滑舌の良し悪しの問題ではない。新劇調のセリフ表現は、本質的に聴き取りにくいのである。逆に、レッスン歴の長い1期生の朗読は、比較的はっきりと聴こえた。
次に、朗読ステップ3の意義と目的を説明した後、1本目のレッスン台本「毛利先生」のレッスンに入った。台本を8等分し、1人づつ順番に朗読してもらった。今回は、時間が不足気味だったので、私からの解説はごく短かめにした。順々に朗読していくお互いの朗読を聴いていけば、台本の作品世界は十分認識できる筈である。
実は、この「毛利先生」は、何年か前に千代田区内幸町ホールで公演した「東百道・講演と朗読の会」で、私が朗読した作品である。その朗読の前の講演においても、この作品の解説&解読をしている。そういう作品の解説はやりにくい。しかし考えてみれば、その講演と朗読を聴いた会員は、このサークルでは今や少数派である。
| 固定リンク
「05館長の朗読日記(戦後72年/西暦2017年)」カテゴリの記事
- 館長の朗読日記2106/大晦日のご挨拶(2017.12.31)
- 館長の朗読日記2105/正月飾りについて(2017.12.30)
- 館長の朗読日記2104/年末の仕事いろいろ(2017.12.28)
- 館長の朗読日記2103/『朗読の上達法』を書いている(その8)(2017.12.26)
- 館長の朗読日記2102/いよいよ年賀状の準備に手をつけた(その5/最終回)(2017.12.25)


コメント