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館長の朗読日記2080/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2080  (戦後72年11月12日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(11月11日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ3の第3回目、最初のレッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第3回目である。今回も、会員に順々に4分ほど「毛利先生」を朗読してもらい、その朗読に対して指導していった。

 少数の1期生は、すでに各文節を立てながら(特に2音目を支点に上げながら)朗読する語り口が身についている。今回のレッスンで聴くかぎり、徐々に2期生もそれができてきている。ただし、まだ、そういうことを意識しながらやっているようである。逆にいえば、まだ、そういうことを意識しないとできない段階なのである。

 このような基本的な「語りかける語り口」に関することは、なるべく早く無意識にできるようになるまで身につけて、表現に関するさらに高度なことに意識を集中するようにして欲しいものである。しかし、そうは言っても、意識するようになったこと、意識すればできるようになったことは、大きな飛躍的な進歩にはちがいない。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 前回のレッスンで、三浦つとむの絵画表現に関する理論を紹介した。即ち『日本語はどういう言語か』の「絵画や写真は客体的表現と主体的表現という対立した二つの表現のきりはなすことのできない統一体として考えるべきものであり、主体的表現の中にはさらに位置の表現と見かたや感情などの表現とが区別される」の件である。

 前回はさらに、レッスン台本「毛利先生」の実際の文章を実例として解説したのだが、会員の反応があまりはっきりしなかった。そこで、今回、再度、三浦つとむ著『日本語はどういう言語か』の冒頭部分に描かれている挿絵を、黒板に私の下手な絵で再現して解説した。多少は理解してもらえたようであるが、まだあやふやである。

 レッスン後に、来年の朗読発表会の演目(原作)について、会員同士が相談していた。こういう場合、私は極力口を出さないようにしている。会員も過去に何度も朗読発表会を経験しているので、自主自立的にドンドンと相談を進めていく。原作が朗読発表会の演目にふさわしいか否かについても積極的に自分の意見を主張していた。








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