館長の朗読日記2105/正月飾りについて
館長の朗読日記2105 (戦後72年12月30日 新規)
○正月飾りについて(1)
私がまだ小さかった頃、日本全体が貧しかった。私の家もご多分にもれず貧しかった。従って、正月飾りも門松として小さな松の小枝2本を門の柱にくくり付け、輪飾りを各部屋の隅に下げるだけであった。玄関に飾る注連飾りや鏡餅などはなかったような気がする。屋外の松の小枝と屋内の輪飾りだけという、簡素なものであった。
今は日本全体がそう貧しくはなくなった。私の家もけっして豊かではないが世間並みにあまり貧しくはない暮らしをしている。千葉県ではかなり以前から自然保護という謳い文句で門松シールが各家に2枚1対で配布される。真っ赤な太陽を背景に立派な門松を描いた縦長の紙片である。それを門松替わりに門の両側に貼り付ける。
門の両側に真っ赤な太陽が2つ並ぶというのは理屈に合わないが、明るく華やかで、しかも、手軽で安上がり(何しろ無料なのである)なので、それが配布されるようになって以来、私の実家では愛用していた。その他に各部屋に輪飾りを吊り下げる。姉の話しでは、母は紙垂(しで)のみで裏白なしの輪飾りを飾っていたという。
○正月飾りについて(2)
今の私の家の輪飾りは裏白をつけている。また、玄関に飾る注連飾りや鏡餅も飾っている。玄関に飾る注連飾りは、最寄のホームセンターで販売している中で中位の値段のものである。もっともらしく海老やら盛り沢山の飾りが付いているが、もちろん模造品である。ただし、裏白と橙だけは本物を飾っているものを選んでいる。
その結果、値段は中位のものになる。鏡餅は、飾り一式が小さくまとめられたセットものである。かつて貧しかった時代と、現在のようにそれほど貧しくはなくなった時代と、私の家の正月飾りの違いは、輪飾りに裏白がついたこと、玄関に飾る注連飾りと鏡餅が増えたこと、くらいなものである。その違いをどう考えるべきか。
今年の年末の正月飾りの飾りつけは、主に仕事休みの息子がおこない、私はもっぱらサポート役に徹した。今日は、小春日和、空はまさに日本晴れである。気温は季節並みだが、湿度は心地よい。門松シールを手製の飯糊で貼るのも、玄関に飾る注連飾りを取りつけるのも、各部屋に輪飾りを吊り下げるのも、そう辛くはなかった。
○正月飾りについて(3)
正月飾りを飾りつけた後、ひと仕事してから、気分転換がてら私は自宅の近所を少し散歩して回る。我ながら余計なことと思うのだが、近所の家々の正月飾りの飾り具合を見て歩くのである。実は、これが毎年12月30日の私ひとりだけの恒例となっている。特に注目して見回るのが、門松ないしは門松シールの飾り具合である。
私の家は、門扉の両側に迫っているブロック塀の端にキチンと左右そろえて飯糊で貼りつける。近所の家々の大半は門扉の両側の外枠に直に貼ってある。左右をキチンとそろえて貼ってある家もあるが、左右不ぞろいの家もある。門扉ではなく、玄関の両扉の外側の枠に貼ってある家も多い。なかにはガムテープで貼ってある家もある。
私の家の周り一角は7〜8割が門松シールを貼っている。しかし、少し離れた家々の辺りは3〜4割しか貼っていない。居住している人間の考え方も地区ごとに違うようである。ある家の門には、門松の替わりに、門扉の中央部分に竹筒が吊り下げてあり、その竹筒に赤い花と葉のついた木の枝が指してあった。これは洒落ていた。
| 固定リンク
「05館長の朗読日記(戦後72年/西暦2017年)」カテゴリの記事
- 館長の朗読日記2106/大晦日のご挨拶(2017.12.31)
- 館長の朗読日記2105/正月飾りについて(2017.12.30)
- 館長の朗読日記2104/年末の仕事いろいろ(2017.12.28)
- 館長の朗読日記2103/『朗読の上達法』を書いている(その8)(2017.12.26)
- 館長の朗読日記2102/いよいよ年賀状の準備に手をつけた(その5/最終回)(2017.12.25)


コメント