館長の朗読日記2092/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン
館長の朗読日記2092 (戦後72年12月10日 新規)
○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)
昨日(12月09日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ3の第5回目、最初のレッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第5回目である。今回も、会員に順々に4分ほど「毛利先生」を朗読してもらい、その朗読に対して指導していった。
冒頭に、第10回「小さな朗読館」が無事に終わったことのお礼を述べた。約130人ほどの来場者があったこと、このサークルから2人の会員が会場運営の支援に来てくれたこと、このサークルの会員の1人がゲスト出演してくれたこと、に対して謝意を表した。また、来年3月の第11回「小さな朗読館」のチラシを配った。
今のレッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」は、朗読的になかなかむずかしい台本である。しかし、基本のあるべき語り口は総ての台本に共通している。1つ1つの言葉を立てること。しかも、それぞれの言葉につながりをもたせること。総ての言葉を高く上にあげて表現すること。強調すべき言葉を、キチンと強調すること。
○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)
前回のレッスンに比べて、今回のレッスンでかなりの進歩を見せた会員が何人かいた。朗読するときの声出しに、その会員なりの心情とイメージがこもってきた会員が複数いた。これは嬉しい進歩である。また、登場人物の毛利先生の金切声のセリフをかなり思い切った金切声で朗読した会員も複数いた。これも嬉しい進歩である。
もちろん、ただ金切声でセリフを表現すれば良いというものではない。その金切声の中に、毛利先生なりの心情(悲哀、哀切、願望、愛情、決意など)をこめなければならない。ただし、この表現はむずかしい。無際限といって良いほどむずかしい。しかし、思い切った金切声で表現することが、重要な第一歩であることは確かだ。
レッスン後に、来年の朗読発表会で上演する原作について、出席の全員がいろいろと検討していた。私は、その検討に同席したが、極力、発言を控えた。近年は、朗読発表会のための原作選び、脚本化、台本作成は、なるべくサークルの自主性(自立性)に任せることにしているからである。特に原作選びは、実力の内なのである。
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