館長の朗読日記2098/いよいよ年賀状の準備に手をつけた(その3)
館長の朗読日記2098 (戦後72年12月17日 新規)
○いよいよ年賀状の準備に手をつけた(5)
昨日(12月16日)は第3土曜日である。他の月の場合は、早朝から千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンの会場に向かって車で出発し、午前中はレッスン、帰宅は午後2時ごろになる。しかし、年末となるこの12月の第3土曜日は、すでに朗読的な冬休みに入っている。実にノンビリした気分で、年賀状の準備作業に入る。
まず、知人友人親戚用に先日ゴム版刷りした年賀状に手書きの文章を書く。学生時代からの友人数人から書き始めた。その1人が今年の正月に寄越した年賀状を読み返したら、古希を迎えたので、年賀状を出すのは今回で最後にする、という主旨の文章を書いていた。そこで、本当に年賀状を止めるのか否かを確認する文面にした。
彼のその文面を読みながら、私も年賀状を出す目安を考え直そうと思った。実は、以前から、印刷した文面だけの年賀状(私個人に向けた手書きの文章がまったくない年賀状)しか寄越さない相手に、どういう年賀状を出すべきか迷っていた。私は、かなり丁寧に相手個人に向けた手書きの文章を書くことにしているからである。
○いよいよ年賀状の準備に手をつけた(6)
実際、印刷した文面だけの年賀状(私個人に向けた手書きの文章がまったくない年賀状)しか寄越さない相手に対しては、その相手個人に向けた手書きの文章の書きようがないのである。そうかといって、そういう相手に対して、相手と同じような印刷した文面だけの年賀状を出す気にもなれない。そこで私は迷っていたのである。
来年は、戌年である。私も戌年生れである。すなわち、干支をひと回りして、さらに十二支をひと回りしたわけである。これを機に、原則として、印刷した文面だけの年賀状(私個人に向けた手書きの文章がまったくない年賀状)しか寄越さない相手に対しては、年賀状の発出を止めることを決意した。これで、枚数がかなり減る。
ただし、これはあくまで知人友人親戚用に先日ゴム版刷りした年賀状の場合である。朗読サークルの会員宛の年賀状はいわば年に1度の朗読的通信簿であるから、相手からの年賀状の文面は関係ない。極端な場合、相手から返事があろうがなかろうが関係ないのである。朗読関係者宛の年賀状の場合は、個別に考えることにしよう。
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