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2018年8月

館長の朗読日記2218/夏季朗読特別講座「やまなし」/第2日目

館長の朗読日記2218 (戦後73年08月31日 新規)



○夏季朗読特別講座「やまなし」/第2日目(1)

 昨日(8月30日)は13時30分~16時30分の予定で、夏季朗読特別講座「やまなし」の第2日目を開催した。会場は船橋市海神公民館・第3集会室である。この特別講座は、宮澤賢治原作「やまなし」のレッスンを受けていない2~3期生が開講を希望したもので、定員20人に対し受講者は上限一杯の20人となった。

 ただし、今回は、受講者の1人が風邪をひいて欠席したので、受講者は19人であった。今回は、受講者を4人1組の5組の編成とし、各組ごとに宮澤賢治原作「やまなし」を読み継ぎ形式で朗読してもらった。しかし、欠席者が1人いたので、最後の第5組は3人で余中まで読み継いでもらった。これはミニ朗読発表会である。

 全5組の朗読が終わった後、休憩を挟んで、私から受講者1人1人の朗読について大まかな講評をした。その後、受講者からも反省、感想、意見を述べてもらった。読み継ぎ形式のミニ朗読発表会に約80分、休憩時間に15分、私の講評が約40分、受講者の発言時間が約40分、計180分(3時間)弱の時間配分であった。



夏季朗読特別講座「やまなし」/第2日目(2)

 朗読表現は、大まかに「語り口」と「イメージ表現と心情表現」の2大要素から成っている。今回の特別講座は「やまなし」を教材に、朗読者の「視点の転換」を基本に作品を解読し、原作者が作品世界に表現した「イメージと心情」を論理的に想像&創造する方法をレッスンした。そこで、講評も「語り口」の要素は省略した。

 今回のミニ朗読発表会は、同じ「やまなし」を5回もくり返して朗読する。同じ作品の朗読を5回も聴かされたら、普通は飽きてしまうものだが、今回の受講者はそうでもなかったようである。他の受講者の朗読を通して、この作品の作品世界の情景と表現主体の心情をどのようにイメージし、表現したかを、真剣に聴いていた。

 最後に、受講者の中から、こういう朗読サークルの枠を超えた特別レッスンを今後も開催して欲しいという声が多数あがった。他のサークルの会員の朗読を聴いて、とても参考になり、刺激になったという声も多数あがった。特に、会員数の少ないサークルの会員は、多人数によるグループレッスンの良さを体感したようである。



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館長の朗読指導メモ 104/『星の王子さま』の解読メモ(その3)

館長の朗読指導メモ 104   (戦後73年08月30日)




『星の王子さま』の解読メモ(その3)



○『星の王子さま』が最終的に到達した思想(1)

 その後『星の王子さま』の思想はキツネの段階にとどまらず、さらにその先に進んでいく。その途中にいくつかの挿話が挟まれる。星の王子さまと主人公は、砂漠の中の井戸を探し出し、心に良い水を汲みだして飲む。そこで星の王子さまは、砂漠が美しいのはそのどこかに井戸をかくしているからと告げる。それを聴いて、主人公は子供のころに住んでいた古い家のことを思い出す。

 その家にはなにか宝が隠されているという言い伝えがあった。その宝のおかげで、その古い家全体が美しい魔法にかかっているように見えたことを思い出したのである。そして、星の王子さまは言う。バラ園の5千本のバラの中のたった1本のバラのなかにも、人間の探しているものは存在している。だけど、目ではなにも見えない。心でさがさないと、と。主人公はそれに同意する。

 別れが近づいてくると、星の王子さまは自分の星に帰るために、主人公には内緒でヘビとその段取りを話し合う。そして、心配する主人公につぎのようなことを告げる。自分はこれから自分の星に帰るが、空には5億もの星があるから、どれが自分の星か見分けられないだろう。しかし、自分が自分の星で笑うと、主人公が心で見れば、どの星もみんな笑っているように見えるだろう。



○『星の王子さま』が最終的に到達した思想(2)

 すなわち、人間が心で見れば、どの星もまるで笑い上戸の鈴のようになる。喉が渇いたときには、どの星も井戸のようになる、と星の王子さまは告げている。以上のことは、どのような思想を表しているだろうか。バラ園の5千本のバラを例にとると、それらのバラに接している人間が心で見れば、どのバラにも自分が探している大切なものがあることを発見する、という思想である。

 キツネと会った直後に、同じバラ園に行ったときの星の王子さまとはかなり考え方が変わってきている。そのときの星の王子さまは、バラ園の5千本のバラたちが自分の星の一つだけのバラとはまったく違っていると感得し、納得した。そして、自分の星のバラ1本が、バラ園の5千本のバラの全部よりも大切だ、と断言した。今は5千本のバラの1本1本が大切な存在になっている。

 キツネの思想は、直接に特別な絆をもった相手だけが大切な存在であり、それを大切にしなければならない、というものである。星の王子さまは、そういうキツネの思想と、キツネのもう一つの思想である「ものごとは心で見なくては良く見えないこと、一番大切なことは目に見えないこと」を融合し、特別な絆をもった相手だけが大切な存在であるという思想をさらに普遍化させる。



○『星の王子さま』が最終的に到達した思想(3)

 人間が心で見れば、直接に特別な絆をもった相手だけではなく、すべての相手に対して同じような絆を見ることができるし、そういう直接目に見えない関係こそが大切なんだ、という思想である。星の王子さまがこのようにキツネの思想を普遍化させた陰には、ヘビ(人類の大人時代の化身)の近代的思想が介在しているはずである。この点に『星の王子さま』は何も触れていないが。

 このように解読してみると、原作者サン=テグジュペリのシンプルだが壮大な思想が見えてくる。すなわち、人間が人類の子供時代あるいは幼年時代(キツネ)にもっていた思想は、近代人は忘れてしまったが、実はとても深くて良いものであった。ただし、それは個別的であり、特殊的であった。それを人類の大人時代(ヘビ)の思想を介して、より普遍化したものに昇華させたい。

人類の子供時代あるいは幼年時代(キツネ)にもっていた思想や人間関係のあり方は、親密&緊密である反面、‌人間の自由や基本的人権を束縛する傾向がある。人類の大人時代(ヘビ)の思想は、人間の自由や基本的人権を増進させた反面、個々の人間をバラバラにしてしまった。原作者サン=テグジュペリは、両方の良いところを両立させるという理想を夢見ているように思われる。


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館長の朗読指導メモ 103/『星の王子さま』の解読メモ(その2)

館長の朗読指導メモ 103   (戦後73年08月28日)




『星の王子さま』の解読メモ(その2)



○「キツネ」はなにを象徴している存在か(1)

 サン=テグジュペリ原作『星の王子さま』に登場している人物(動植物)は、それぞれなにを象徴しているであろうか。主人公は、原作者サン=テグジュペリのほぼ等身大の分身とみてまず間違いないであろう。この主人公は、子供の心を多分に保持している大人である。星の王子さまはなにを象徴しているであろうか。純真で賢い子供の心を象徴した、その化身とみるべきであろう。

 星の王子さまが、自分の星に残してきたバラはなにを象徴しているであろうか。男の子供にとっての女性的な美の象徴、その化身とみるべきであろう。ヘビは、旧約聖書の「創世記」に登場するヘビを連想させる。そのヘビは、イヴに知恵の実を食べるようにそそのかしたとされている。おそらく近代人の大人、あるいはそれらの知恵や知識を象徴した、その化身とみるべきであろう。

 問題はキツネである。キツネは近代人の大人、あるいはそれらの知恵や知識と対立している存在である。今では忘れられたり、すたれてしまった昔の伝統や風習やしきたりを大切にしている。非常に純真で子供のようなところもあり、かつ、非常に深い人間的な知恵や洞察力をもっている。反面、獲物である鶏には目がなく、鶏を獲ることには夢中になってしまう獣性をももっている。



○「キツネ」はなにを象徴している存在か(2)

 私が今回ひらめいたのは、このキツネは子供時代の人類の英知や習性、まだ幼年期であった古来の人類がもっていた良き伝統や風習やしきたりを象徴した、その化身とみるべきではないか、ということであった。アメリカ大陸に先住していたインディアンと呼ばれた人たち、日本の古来のアイヌと呼ばれた人たち、あるいは、田舎に色濃く残っている古来の日本人の英知や習性の象徴。

 これを一言でいえば、キツネは、人類の子供時代あるいは幼年時代を象徴した、その化身とみるべきではないか、ということである。このように見ると、この『星の王子さま』は、純真で賢い子供の心(星の王子さま)と、人類の子供時代(キツネ)と、近代化した人類の大人時代(ヘビ)と、子供の心を保持した近代人(主人公)との、思想的展開を描いた作品であることが分かる。

 星の王子さまが6つの星を見学してまわって遭遇する人たち、命令好きな王さま、うぬぼれ屋、酒好きな人、実業家、街灯の点灯人、地理学者、はどのような存在であろうか。彼らは、近代化した人類の大人時代において、人間が自分では知らない間に、さまざまに分業化され、畸形化されたさまざまなタイプの近代人(大人)を象徴した、それぞれの分身たちと考えるべきであろう。



○「キツネ」はなにを象徴している存在か(3)

 星の王子さまは、地球に来て、バラが5千本も咲いているバラ園を見て、自分の星にあったバラがこの世で唯一のバラではなく、特別のバラでもないことを知ってガッカリし、ショックを受ける。その星の王子さまに、キツネは、人間と人間との関係、あるいは、人間と動植物との関係、さらには、人間と物との関係においても、個別的な関係の積み重ねが大切であることを教え諭す。

 そして、これらは近代の人間が忘れてしまったことだがと付言しながら、絆を結ぶことの大切さ、慣わしの大切さ、人間が他者と関係する場合に相手と費やす時間の大切さ、そして、そういう相手には責任を持つべきことを説く。最後に星の王子さまへの贈り物として一つの秘密「ものごとは心で見なくては良く見えないこと、一番大切なことは目に見えないこと」を教えるのである。

 まさに、人類の子供時代あるいは幼年時代を象徴した存在であるキツネの面目躍如といったところであろうか。キツネにそのように説かれた星の王子さまは、再びバラ園のバラたちに会いに行き、それらのバラたちが自分の星の一つだけのバラとはまったく違っていることを感得し、納得する。そして、自分の星のバラ1本が、バラ園の5千本のバラの全部よりも大切だ、と断言する。








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館長の朗読指導メモ 102/『星の王子さま』の解読メモ(その1)

館長の朗読指導メモ 102   (戦後73年08月27日)



『星の王子さま』の解読メモ(その1)



○解読の経緯と糸口(1)

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ原作の『星の王子さま』は難解な作品である。私が初めてこの作品を読んだのはかなり以前のことだが、内容は大変面白かったが、原作者の考えや思想を的確に理解できたという実感はとうとう最後まで得られなかった。朗読サークルの指導を始めてから、その朗読発表会として大作を読み継ぎ形式で上演し、その演出も受け持つようになった。

 その朗読発表会用の台本の有力な原作候補として、私はかなり早くからこの『星の王子さま』に目をつけていた。それは、複数の翻訳本が出版され始めた頃だったから、いくつかの翻訳本を買い求めてそれらの翻訳文を比較検討したり、そのなかの良さそうなものの台本化(短縮化)を試行したりした。しかし、内容の解読はさっぱり進まなかったので、演出はできないと諦めていた。

 ところが、戦後73年(西暦2018年)9月22日に開催を予定している八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読発表会で、この『星の王子さま』を上演することが決まってしまった。近年は、朗読発表会の原作選定と台本化を基本的にはサークルの自主性に任せている。八千代朗読サークル「新・みちの会」はサークル会員の総意として『星の王子さま』を選定したのである。



○解読の経緯と糸口(2)

 私は「この作品は内容がむずかしいから……」とかなんとか言って思い止まらせようとしたのだが、サークル会員の総意ということで押し切られてしまった。翻訳本の選定も、台本化(短縮化)も、サークルで自主的に進めてしまった。出来上がった台本を渡された私は、朗読指導&演出をするために、その台本を懸命に読み込まざるを得ない立場に追い込まれてしまったわけである。

 その結果、しばらくすると「窮すれば通ず」というわけでもないだろうが、解読の糸口が見つかった。私自身が常に指導していることだが、文学作品には、物語性の展開を主としたものと、思想性の展開を主としたものがある。思想性の展開を主とした作品を解読する場合は、登場人物や登場物や出来事を原作者の思想の象徴化されたものとして理解することが有力な方法なのである。

 今回も、あらためてその解読方法を『星の王子さま』に当てはめて考えていった。主人公(原作者の等身大の分身)、星の王子さま、バラ、キツネ、ヘビ、と考えていくうちに、不意に突如ひらめいて、キツネの正体がわかったのである。この『星の王子さま』に登場する人物(動植物)で、もっとも難解なのは「キツネ」である。他の登場人物(動植物)は、それほど難解ではない。



○解読の経緯と糸口(3)

 この「キツネ」の正体が判明した後は、主人公(原作者の等身大の分身)や星の王子さまやバラやヘビの正体と位置づけも、より鮮明に解読することができた。星の王子さまと「キツネ」のやり取り、その後の星の王子さまの思想展開なども、なるほど、と膝をつくような実感と共に、解読することができた。今回のように、一つ糸口が得られると解読が一気に進むことはよくあった。

 私が体験した主なものでも、宮澤賢治原作「セロ弾きのゴーシュ」における「三毛猫」の場合がそうだったし、樋口一葉原作「わかれ道」における「傘屋の吉」の場合もそうだった。また、芥川龍之介原作「羅生門」における「下人」の場合、芥川龍之介原作「杜子春」における「杜子春」の場合もそうだったし、太宰治原作「走れメロス」における「メロス」の場合もそうであった。

 今回、この「キツネ」の正体が判明した後の解読で開けてきたサン=テグジュペリ原作『星の王子さま』における思想性の展開は、実に気宇壮大な普遍性に満ちた内容をもっていた。その文学作品を解読出来て喜びと幸せを感じることはこれまでもたびたびあったが、この『星の王子さま』の場合は、宮澤賢治「セロ弾きのゴーシュ」や樋口一葉「わかれ道」に勝るとも劣らなかった。





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館長の朗読日記2217/八千代「新・みちの会」の舞台リハーサル

館長の朗読日記2217  (戦後73年08月26日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の舞台リハーサル(1)

 昨日(8月25日)の13時00分から八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読発表会「星の王子さま」に向けた舞台リハーサルをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ3の第20回目、今秋9月22日に開催する朗読発表会「星の王子さま」の第8回目のレッスンである。今回の主課題はピアノ演奏との相性である。

 もっとも懸念したことは、ピアノの音が朗読用のマイクに入ってしまうことであった。朗読用のマイクはコンデンサーマイクを使うので、周りの音を拾いやすいからである。しかし、結果的には懸念したようなことはなかった。フルコンサート用のピアノは、音が大きいというよりも、円やかで深みのある音で朗読に合っていた。

 家人が選曲し演奏したバック音楽と朗読の相性も、かなり良かった。より良くするために、リハーサル中にも若干手直しをした。リハーサル後も本番に向けて手直しをするつもりだが、基本的な線は固まったと思う。ピアノの生演奏によるバック音楽は、朗読が長く続くことによって生じるダレを引き締める効果が抜群であった。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の舞台リハーサル(2)

 朗読表現としては、前回の立ち稽古に比べてかなり良くなっていた。最初の3人は、まだレッスン歴が1年に満たない新人だが、頑張ってかなり良い朗読になった。それ以降の出演者は、すでに朗読発表会の舞台を何回か経験している。立ち稽古で見られたそれぞれの課題をかなりクリアし、今回の舞台リハーサルに臨んでいた。

 来月9月22日の朗読発表会まで、まだ1ヶ月ほどある。それまでに自主練習会もおこなうようだから、それぞれの課題をさらにクリアしていって欲しいと思う。私も家人と共に、バック音楽としてのピアノの選曲をさらに見直していく。ピアノ演奏が朗読の邪魔をしないことが分かったので、曲目と挿入箇所を増やそうと思う。

 最後に舞台挨拶のリハーサルをした。また、会員の皆さんは舞台の出入りの仕方になかなか納得がいかない様子で、自主的にいろいろ検討していた。それやこれやで、リハーサル全体が終わったのは会場の借用時間ギリギリの17時になってしまった。会場スタッフの2人は最後まで親切につき合って下さった。感謝感謝である。

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館長の朗読日記2216/夏季朗読特別講座「やまなし」/第1日目

館長の朗読日記2216 (戦後73年08月24日 新規)



○夏季朗読特別講座「やまなし」/第1日目(1)

 昨日(8月23日)は13時30分~16時30分の予定で、夏季朗読特別講座「やまなし」の第1日目を開催した。会場は船橋市海神公民館・第3集会室である。この特別講座は、宮澤賢治原作「やまなし」のレッスンを受けていない2~3期生が開講を希望したもので、定員20人に対し受講者は上限一杯の20人となった。

 この夏季朗読特別講座「やまなし」は、発案&企画&準備を主導してくれた2人の幹事(飯野由貴子さん、村木ひろみさん)の尽力に負うところが大きい。また、幹事の所属する船橋朗読サークル「はなみずき」からの受講生の支援にも負っている。それらの受講者および遠路参加した他のサークルからの受講者に感謝している。

 第1日目は、まず特別講座全体の概要と予定を説明した。つぎに、文学作品の「解読」とはなにかを解説した。そして、本題である宮澤賢治原作「やまなし」を受講者に順々に朗読してもらいながら、その作品世界をどのように「解読」するかという解読法、それに基づいたイメージ法、それを朗読する表現法を解説していった。



○夏季朗読特別講座「やまなし」/第1日目(2)

 宮澤賢治原作「やまなし」の朗読は、受講者20人を4人1組とした5組に分け、各組ごとに4人で読み継いでもらうことにした。したがって、今回は「やまなし」を5回くり返して朗読したことになる。受講者が1人朗読する度に、私から解説していく。いつものレッスンとはちがい、個人の朗読表現についての論評はしない。

 1人1人の朗読はあくまで教材である。その個々人の朗読を教材にして、文学作品「やまなし」の解読法~イメージ法~表現法そのものを理論的に解説していく。参考事例として多用したのは朗読漫画『花もて語れ』の第1巻~第2巻である。この2巻には、主人公「ハナ」がこの「やまなし」朗読するシーンが主に載っている。

 合わせて参考事例にしたのは拙著『宮澤賢治の視点と心象』(木鶏社)である。この『宮澤賢治の視点と心象』は、朗読漫画『花もて語れ』ほど評判になっていないが、かなり画期的な内容だと自負している。私の解説を念頭に置きつつ、受講者20人の生の朗読を聴いて参考にする。かなり面白い夏季特別講座になったと思う。







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館長の朗読指導メモ101/日本の朗読文化の水準と館長の朗読活動(その6/最終回)

館長の朗読指導メモ101   (戦後73年08月22日)



日本の朗読文化の水準と館長の朗読活動(その6/最終回)



○私の朗読研究の成果が社会的にも少しづつ認知・評価されてきている(1)

 拙著『朗読の理論』(木鶏社)と朗読漫画『花もて語れ』(小学館)を主とした私の朗読研究の成果は、朗読家あるいは朗読指導者からだけでなく、社会的にも少しづつ認知・評価されてきている。その事例を、管見の範囲で紹介してみる。

 まず、西暦2014年に、朗読漫画『花もて語れ』(小学館)が第18回「文化庁メディア芸術祭」の「マンガ部門」の「審査委員会推薦作品」に選定された。この「文化庁メディア芸術祭」とは、その公式サイトによると以下のようなものである。

「文化庁メディア芸術祭はアート、エンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門において優れた作品を顕彰するとともに、受賞作品の鑑賞機会を提供するメディア芸術の総合フェスティバルです。平成9年度(1997年)の開催以来、高い芸術性と創造性を持つ優れたメディア芸術作品を顕彰し、受賞作品の展示・上映や、トークイベント等の関連イベントを実施する受賞作品展を開催しています」

 その第18回「文化庁メディア芸術祭」の「マンガ部門」において、わが朗読漫画が『花もて語れ』(片山 ユキヲ/朗読協力、朗読原案:東 百道)として「審査委員会推薦作品」に選定されたのである。そして、その選定において、つぎのようなコメントが付されていた。

【コメント】

「内気で人見知りの新社会人・佐倉(さくら)ハナが朗読教室と出合い、朗読の魅力に目覚めていく青春マンガ。単に本を読むのではなく、作者や登場人物の想いを声で聴き手に伝える朗読。不器用だけど想像力が豊かなハナは、持ち前の感性で「想い」を声にして届けていく―。作中では実在の文学作品が登場し、その意味を読み解くシーンも見られる」



○私の朗読研究の成果が社会的にも少しづつ認知・評価されてきている(2)

 つぎに、西暦2015年に、朗読漫画『花もて語れ』(小学館)が、日本財団「これも学習マンガだ! ~世界発見プロジェクト~」の100選に選定された。この「これも学習マンガだ! ~世界発見プロジェクト~」とは、その公式サイトによると以下のようなものである。

「『これも学習マンガだ!』は、2015年度からスタートした新しい世界を発見できるマンガや学びにつながるマンガを選出・発表し作品を国内外の読者に届ける事業です。マンガの持つ『楽しさ』『分かりやすさ』『共感力』に着目し、社会をより良いものにしていくことを目的としています。マンガを通じて、『楽しみながら学ぶこと(=edutainment)』を継続的に推進していきます」

 その日本財団「これも学習マンガだ! ~世界発見プロジェクト~」において、わが朗読漫画が『花もて語れ』(著者/片山 ユキヲ、東百道)として、初の100選に選定されたのである。そして、その選定において、謳い文句「~国語の「音読」が楽しくなる! 何度も何度も言葉と向き合う“朗読”の奥深い世界~」が付せられていた。

 さらに、その選定において、つぎのような推薦コメントが付されていた。

【推薦コメント】

「本を読むことをテーマにした作品は他にもあるが、朗読の世界を描いたものはいままでなかったのではないか。朗読が、技術の積み重ねのある論理的なひとつの文化なのだということが、この作品を読むとよくわかる。作者は朗読の世界をマンガで表現するために、言葉の主体によってセリフの字体を変えるなど、様々な工夫をしている。言葉と向き合う世界の奥深さや、知的な喜びを存分に感じることができる作品。国語の授業での「音読」の時間が楽しくもなるだろう。まさに「世界発見」の名にふさわしい作品だ」ヤマダ トモコ(マンガ研究者 / 米沢嘉博記念図書館)」

 この【推薦コメント】の中の「朗読が、技術の積み重ねのある論理的なひとつの文化なのだということが、この作品を読むとよくわかる」「言葉と向き合う世界の奥深さや、知的な喜びを存分に感じることができる作品」「国語の授業での『音読』の時間が楽しくもなるだろう」「まさに『世界発見』の名にふさわしい作品だ」の表現には、私の方も思わず唸ってしまった。まさに「我が意を得たり」であったからである。



○私の朗読研究の成果が社会的にも少しづつ認知・評価されてきている(3)

 最後に、西暦2015年に、拙著『朗読の理論』(木鶏社)の著者として、朝日新聞(大阪本社)の取材とインタビューを受けた。さらに『朝日新聞』(2015年10月12日 全国版/朝刊)の「Re ライフLIFE 人生充実 ~朗読に心をこめて~」欄の記事づくりに協力を求められた。

 その結果、『朝日新聞』(2015年10月12日 全国版/朝刊)の「Re ライフLIFE 人生充実 ~朗読に心をこめて~」欄に、私のインタビューの内容とプロフィール、および「朗読のプロセス/東百道さんへの取材から」という標題のついた朗読の紹介記事が掲載されたのである。

【インタビュー】「視点を転換 イメージつかむ」

「感動をつくる・日本朗読館」主宰  東百道さん

 朗読は、「文字」で表現された文学作品を「声」で再表現する芸術です。

 たとえば「驚いた」と黙読しただけでは、どれほどの驚きか分からない。でも最大級の驚きを声に出して表現するとどうなるか。喜怒哀楽の心情を直接表現するのが声なのです。心情にふさわしい声でないと不自然になる。

 だから大事なのは、作者が作品に込めたイメージを的確につかみ、表現すること。そのための一番のポイントは「視点の転換」です。一文一文、作者や登場人物の視点に立って考える。どんな場面でどんな心情か。徹底的にイメージし、自分のこととして声を出す。前後の文脈をヒントに、書かれていないことまでイメージする必要があります。

 イメージさえつかめば、声で表現するのは難しくありません。私たちは日本語になじんできた日本語の達人。普段の実力を発揮すればいい。作品を味わい尽くし、聴き手と感動を共有する。いわばカサカサした干しシイタケ(文字の言葉)を、水と味つけでふっくらしたシイタケに戻して味わうようなものです。

 実は朗読では年を重ねたことが優位に働きます。男と女の関係も、老いの悲しさも、人生経験が豊富な人の方が自分のこととしてイメージしやすい。声が出ないと心配する人もいますが、積み重ねた普段の語りでいいのです」

【写真】ひがし・ももじ
 1946年生まれ。朗読が題材の漫画『花もて語れ』(片山ユキヲ)の朗読協力、朗読原案を担った。著書に『朗読の理論』など。

 夏目漱石の時代以来、朝日新聞の文化欄は、日本のマスコミ界においては、文化分野の最高権威と認められてきた。その朝日新聞の文化欄に、拙著『朗読の理論』に基づいた朗読が紹介されたのである。私の朗読研究の成果が、社会的にかなり認知・評価されてきた証とみてもよいのではないか、と思っている。









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館長の朗読日記2215/八千代「新・みちの会」朗読発表会に向けたスタッフ打合せ

館長の朗読日記2215 (戦後73年08月21日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」朗読発表会に向けたスタッフ打合せ(1)

 昨日(8月21日)の13時15分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読発表会「星の王子さま」に向けた、会場スタッフとの事前の打合せをおこなった。場所は八千代市勝田台文化センター3階事務室の受付卓、参加者は会場スタッフ2人と小畑勝彦さん(八千代「新・みちの会」代表代理)と私の4人であった。

 八千代朗読サークル「新・みちの会」と八千代市勝田台文化センター3階ホールとのつき合いは長い。毎年1回の朗読発表会は、ほとんどこのホールで上演してきたから、上演回数は10回を超えていると思う。ただし、会場スタッフの方は人事異動で数年ごとに人が変わっていく。今のスタッフは、親切で、仕事が的確で速い。

 今回の朗読発表会「星の王子さま」の朗読スタイルは、基本的に従来のやり方と変わらない。ただし、今回はピアノの生演奏が入る点が従来と大きく異なっている。そこで、今回の打合せはもっぱらその点に議論が集中した。議論だけでなく、舞台においても、ピアノの設定位置と朗読席の設定位置に関する検討が中心となった。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」朗読発表会に向けたスタッフ打合せ(2)

 八千代市勝田台文化センター3階ホールに常設されているピアノは、コンサート用の実に立派なものである。そのために、舞台の左奥に片寄せて置いても、その先端が舞台中央にかかってしまう。幅は一般のピアノとそれほど違わないが、舞台の奥面にバック照明のためのスペースを取ると、朗読者の席を後から圧迫してしまう。

 朗読者が使うマイクは、従来はコンデンサーマイクであったが、この型のマイクは音を広く拾ってしまう。朗読にはそれがよいのだが、ピアノの音を拾われては朗読の邪魔になる。それを防ぐためには、朗読席をなるべくピアノから離す必要がある。仕方ないので、朗読席を舞台の右側にズラしてピアノから離すことを検討した。

 ただしそうすると、舞台の左側に配置されたピアノの存在感がかなり大きくなってしまう。今回のピアノ演奏はあくまで朗読のバック音楽であって、朗読とのコラボレーションではない。ピアノの演奏時間はごく限られている。ピアノの図体ばかりが目立ってはおかしいのである。この点はリハーサルの場での要検討事項である。







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館長の朗読指導メモ100/日本の朗読文化の水準と館長の朗読活動(その5)

館長の朗読指導メモ100   (戦後73年08月20日)



日本の朗読文化の水準と館長の朗読活動(その5)



○私の朗読研究の成果が朗読関係者に少しづつ認知・評価されてきている(1)

 拙著『朗読の理論』(木鶏社)と朗読漫画『花もて語れ』(小学館)が公刊されて以降、私の朗読研究の成果が少しづつ認知・評価されてきている。朗読家あるいは朗読指導者から高く評価された事例を、管見の範囲で紹介してみよう。
 まず、ナレーター・野田やすこさんの『朗読の理論』についての事例。(ブログ「ナレーター・野田やすこの朗読サイト『みんなのおはなし』」より引用)

「これまで何冊も朗読に関する本を読んできましたが、この本は「日本人ならば、誰でも、日本語を読んだり、語ったり、聴いたりする事にかけては十分に達人のレベルに達している(本文より引用)」と、いう事を前提に、読む手法や技術ではなく、朗読する為には、作品(特に文学作品)の作品世界をどうイメージし、どう朗読表現すればよいのかが書かれています。なので、これまで『ついでに何かナレーションにも通じる技術的な事がないかなぁ』と、読んできた本とは、ちょっと違いました。本当に『理論』です」

「大学時代、教授の書いた本を読んでいた時の事を思い出しました。頭でしっかり書いてある事を理解しながら読んでいかないと、すぐに『あれ?何が書いてあったけ?』と、なってしまい、何度も読み返しつつ、たくさんメモを取りながら、ようやく読み終わりました。でも、最後まで読んで良かった!! と、いうか少し読んだ所で『これは、これまでになかった本だ!』と、思ったので理論的な文章に負けず読みました。本の中では『文学作品の朗読』と、対象を特に『文学作品』と、されていましたが、どんな本を読む時でも、ナレーション原稿を読む時でも役立つハズです。“頭の中”は、少しレベルUP出来た気がしています。私も『感動をつくる朗読』を、目指そう! 著者の東百道さんの朗読、聴いてみたいなぁ」



○私の朗読研究の成果が朗読関係者に少しづつ認知・評価されてきている(2)

 次に、ナレーター・彩木香里さん(ものがたりグループ☆ポランの会代表)の朗読漫画『花もて語れ』についての事例。(ブログ「彩木香里/宮沢賢治の童話と日常」より引用)

「スタジオで読んですぐ欲しくなった本。『花もて語れ』 朗読をやっている人はきっとためになると思います。
マンガ本でしょ と侮ってはいけない。とても基本的なことをマンガでわかりやすく説明してくれています。世界の外から作者が物語を作り出しているところ作者が場面内に近づく視点の転換感情移入作者や登場人物の想いが伝わった時語り手の想いが伝わる。語り手の感情だけで全部を語ってしまうと、それはただの読書感想文になってしまいます。自分が語っていて一番気をつけていることだけど、なかなかできなくて困っていることでもあります」

「ただ字を読むだけなら誰にでもできるし、ただ感情を入れて読むだけなら『それは家でやってくれ、わざわざお金をとって舞台でやることではない』と言われてしまう事に繋がっていて、考えさせられます。スタジオで読んで大事なところはメモしたんだけど、やっぱり迷ったらこの本を読み返そうと思ってポチっ。今夜またこれを読み返して『よだかの星』を細かく分析して語り分けのしるしを台本に書き込もう。自分の感性や感覚だけに頼った読みももう限界。答えは本の中にある。勝手に物語をねじ曲げないよう要注意ですね」

「自分が演出する作品をざっと読み、参考文献に目を通しながらやはり一番大切な『伝えること』についての心構えを・・・。『花もて語れ』一気読み! マンガだと侮ってはいけない。朗読、表現するためにどうやって文章を読み解くか大きなヒントが沢山!! 一人語りの稽古に入る前には必ず読む本なのです。第1巻は「やまなし」。私が一番最初に語った作品ということもあって、とても勉強になった。第3巻の『花咲き山』は一歩間違えると説教臭くなってしまう危うさが、今やってる宮澤賢治の童話と重なっているように感じて、クールダウンする事ができた。第4巻『トロッコ』・・・・私には意味がわかりませんいつかわかる日が来るのでしょうか・・・。第8巻『注文の多い料理店』。この解釈については何度も読んでるんだけど、読む度に気がつくことがある。自分の読み方や解釈も変わってきてるのかな?第9巻は火野葦平の『かっぱの皿』。前回読んだ時にはわからなかったことが少しわかった。第12巻 夢野久作の『瓶詰の地獄』。一見簡単な文章に見えるけど難しいんだな・・・と気がついた。全13巻を読むと、朗読のステップ6まで学べるマンガなので絶対にオススメ!! 一気に全部クリアすることはできないけど、少しずつ先に進みたい」



○私の朗読研究の成果が朗読関係者に少しづつ認知・評価されてきている(3)

 次に、ブログ「キリコさんの『朗読の部屋』」の「ご挨拶」から引用する。

「皆様、はじめまして。キリコと申します。(中略) 私は、小劇場で舞台役者をしている者です。演劇をやっていて、『朗読』『語り』というものに大変興味が湧いてきまして、そういった事について、色々と書いていこう、とブログの名前を改名したわけです。では、その朗読で、大切な事は何か。それは、読みながら、感動する事、そして、その感動を、聴き手と共有する事と思っています。そしてその為には、他人事ではなく、自分の事として朗読することが重要になってきます」

「どんなに滑舌が良くても、読み方が上手くても、声が美しくても、敵わない物があります。それが、本物です。テレビのドキュメンタリーなどで、実際に出来事を体験した方が発している言葉。実感のある言葉。これには、どんな「演技」でも勝つ事はできないと私は思っています。では、戦争の話を読むには、戦争に行っていなければいけないのか。そうではありません。そうなると、SFなどの朗読はまず出来なくなってしまいますし…」

「では、どうすればいいか。書かれている言葉を、出来るだけ自分の言葉のように読む訓練を重ねれば良いのです。その物語を好きになって、好きになって、とことん愛して、自分の血肉とする。決して真実の一点にたどり着く事は出来ませんが、その一点に限りなく近いウソを目指して」

「私の恩師の演出家は、こんな事を言っていました。『舞台は結局はウソ。でも、どうせ騙されるなら、気持ちよく騙されたいじゃない』 自分に起きた事のように、自分が見てきた景色のように、そんな風に語れたら、それは素敵な朗読であると、聴き手と響き合える朗読であると、私は考えています。そういう、素敵な朗読を実現するために、何をどうしたらいいのか。そんな事をああでもない、こうでもないと考えながら、皆さんと探していけたらと思っています」

「最後に、私の、朗読におけるバイブルをご紹介しておきます。東百道という方の、『朗読の理論』という本です。私が言っている事も、この方のこの本に多大な影響を受けています。ご興味がある方は、読んでみていただければと思います」





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館長の朗読日記2214/八千代「新・みちの会」の立ち稽古

館長の朗読日記2214  (戦後73年08月19日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の立ち稽古(1)

 昨日(8月18日)の13時00分から八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読発表会「星の王子さま」に向けた立ち稽古をおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ3の第19回目、今秋9月22日に開催する朗読発表会「星の王子さま」の第7回目のレッスンである。今回は台本の全体を本番のとおり通しでおこなう。

 今回の朗読発表会「星の王子さま」は、サークルの総意に基づき、バック音楽として家人のピアノ演奏を入れることになった。朗読は、基本的にはピアノの音に負ける。そこで、バック音楽としても必要最少に抑えることになる。通常は、朗読を始める直前の前奏と最後を締める朗読の最後から入れて朗読後に盛り上げて終える。

 しかし、今回の朗読発表会「星の王子さま」の朗読時間は前半(第1部)が70分、後半(第2部)が60分の長丁場である。しかも、作品世界は精神性の高い難解な内容である。前後の間に休憩を入れるにしても、途中でダレてしまう恐れがある。その場合は、途中のバック音楽が必要となる。今回は、その点をチェックした。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の立ち稽古(2)

 立ち稽古の場でも、その点を重点的にチェックしながら聴いていた。また、その全部を録音して、自宅でも聴き直してみた。非常に微妙であった。途中でバック音楽を入れなくても保つかも知れないが、保たないかも知れない。家人と相談して、一応、今度のリハーサルのときに、ダレそうなタイミングに入れてみることにした。

 ただし、ダレそうなタイミングといっても、ただ朗読が長く続いたところに入れれば良いという訳にはいかない。バック音楽を入れるにふさわしい場面と内容を選んで入れる必要がある。台本と立ち稽古の録音と家人のピアノ演奏という3つの要素をにらみ合わせながら、バック音楽を入れる箇所と楽曲を選定していくのである。

 昨日の夜間と今日の午前で、ようやく納得のいくバック音楽が決った。これを8月25日のリハーサルで試すことになる。朗読の声量は、サークル会員によってかなり異なる。バック音楽のピアノの音は、朗読者によって変えることはむずかしい。スピーカーの音量で調節するしかない。会場スタッフの協力が不可欠なのである。






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品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(7/最終回)

品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(7/最終回)

                            (戦後73年08月18日 新規)



《館長の事前コメント》

 戦後73年(西暦2018年)7月12日(木)に、品川区立荏原第六中学校の社会科の授業において、品川朗読サークル「あやの会」の会員有志が『白旗の少女』を朗読した。聴き手は、この中学校の3年生であった。この中学校の3年生は3クラスであるが、各クラスの社会科の授業において朗読を上演したわけである。

 先の大戦の悲劇を朗読によって語り継いでいくことは、朗読者としての私の責務の一つだと考えている。特に、若い世代に語り継いでいくことが大切だと考えている。その意味で、中学校3年生というもっとも感受性の鋭い年代に聴いてもらうことは、まさにありがたいことである。今回はそういう貴重な試みの一つである。

 そのボランティア朗読『白旗の少女』を聴いた生徒たちが書いた感想文のコピーを、その後の品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンのときに、中学校との窓口を担っている山本扶美子さん(渉外担当役員)から受け取った。品川区立荏原第六中学校の担当の先生から、それをブログに掲載する許可をいただいている。

 今回の『白旗の少女』を聴いた品川区立荏原第六中学校の3年生が、その内容と朗読をどのように受け止めてくれただろうか。今回も私は固唾を呑んでこの感想文を読んでいった。その全部をそのままここに掲載する。このブログを読んで下さった大人たちは、逆に、この中学生たちの感想をどう受け止めて下さるだろうか。


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「朗読がすんなりと自分の頭に入っていき、とても聞きやすく、理解しやすかったです。私が最も印象に残った場面は、富子が2人の姉と再会する場面です。再会したときに富子がおじいさんとおばあさんに話しかけていたのがとても印象的でした」(女子)

「まずは、戦争の話を聞くという貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。ぼくは、この話を聞いて涙が出るかと思いました。そして同時に、戦争というものがいかにダメなものか、ということも再確認することが出来ました。今後も、朗読で戦争の悲惨さを語りついでいって下さい」(男子)

「僕は、沖縄戦で悲惨なことがあったのは知っていたのですが、詳しく知ることができたので良かったです。二度と戦争は、起きてほしくないと、改めて実感しました。今日読んでいただいた『白旗の少女』以外にも、悲しい出来事があったことを忘れずに、歴史の授業で第二次世界大戦への理解を深め平和な歴史をくり返していけるようにしていきたいです」(男子)

「一人ずつ順番に読んでいたので、一人ずつ読み方が違っていておもしろかったです。また、人物やセリフによって声色を変えていたので、その場のふんいきが伝わりやすかったです。お話も情景描写が細かくて想像しやすかったため、少しこわくなりました」(女子)

「本日は『白旗の少女』の朗読をしてくださり、ありがとうございました。私は今日のお話を聞いて、起こると信じたくない“戦争”が起きてしまったら、ということを考えました。『人の命よりも自分の命』 私はその時にそれができるだろうか、と考えた時、それは無理だと思いました。本当は全員が助かるのが1番ですが、本当にしょうがないときもある、ということを心に刻みたいです。朗読では声のトーン、速さ、喋り方などが変わっていて、その情景をより想像しやすかったです。余韻を残す為にゆっくり入れ代わるところもとても自然で良かったです。擬音(「もぐもぐ」など)も良かったです」(女子)

「先日は、貴重なお話を読んでくださり、ありがとうございました。私は、戦争で使う玉がなくなってしまい、仲間の首を切って殺してしまう場面がとても印象に残りました。なぜなら、今までずっと一緒に戦争で闘ってきたのに、仲間を裏切って殺してしまうのは悲しいことだし、殺した人も殺された人もつらかったのではないかと思ったからです。私は、自分と違う意見を持つ人同士も分かり合わない限り、戦争は続いてしまうと思うので、たがいの良さを理解することが平和につながるのではないかと思いました」(女子)

「今回の朗読を聞いて戦争中は次々に人の命が消えていたのだと改めて実感させられました。そんな中で、おじいさんの「命がこの世でいちばん大事」という言葉が特に印象に残り、またその力強さに胸をうたれました。どんな時代であれ、命は貴いものであり、命は決して粗末にはできないと思い直す機会となりました。また、あやの会の皆様の1つ1つ工夫された朗読により、様々な人の心情を深く考えることができました」(男子)

「先日は素敵な朗読をありがとうございました。1人1人、言うスピードやトーンが違い、それぞれの個性がみられ、感動しました。また、皆さん、役に感情移入していてすごいなと思いました。私は学校で朗読劇をやるので、皆さんの朗読を見ることができ、とても勉強になりました。顔の表情や言い方など様々な工夫を参考にしていきたいと思います」(女子)

「貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。皆様の読み方は、とてもその瞬間の情景描写や富子の気持ちや、その他の気持ちもよくわかりました。とても戦争のつらさが伝わってきました。僕は今回の話を聞き、自分で考えて行動することが大切だと思います。富子の兄弟や富子は自分たちでどこへ逃げて、どう食料をとり、生き延びていくかを考えたと思います。僕も他人の意見に流されず、自分で意志を持って、どんなことも挑戦し、行動していきたいです。本当に、こういう話を伝えていくことは大切だと思います。これからもお体に気をつけてがんばってください」(男子)

「本日は貴重なお時間ありがとうございました。あやの会の皆様が、すごく感情を込めて朗読をしてくださり、話の流れや思いなどが分かりやすく伝わりました。どこへ行っても流れだまやほうだんが来るということにきょうふを感じ、戦争の厳しさがよく分かりました。あの過酷な状況の中、一人で逃げるために進んでいった富子さんは凄いと思いました。これからも戦争のことを忘れずに過ごしていきたいです」(女子)

「登場人物の年齢や人柄などで、声を変えていたので、聞きやすかったです。また、それぞれの場面の緊張感などを表すために、声の大きさを変化させたり、速さを変化させたりして、話すテンポを工夫して表現していたので、場面を想像しやすかったです。今回、朗読をしてもらったことで、改めて戦争の残酷さを知れました。この残酷さを忘れずに過ごしていこうと思いました」(女子)

「先日は、ありがとうございました。とても心をこめてやっていただいたので、その分とても心が痛くなりました。主人公「私」が、まだ7歳だったのに自分の足でしっかり歩いた(一人でも)というのはスゴいなと思った。そして、何といっても穴の中にいた「おじいさん、おばあさん」はとてもすばらしい人だなと思いました。中でもおじいさんの「この世で一番大切なのは命なんだ」という言葉に感動しました。また、重傷をおった人を、身内切りしているシーンでは、とにかくつらかったです。もしかしたら助かるかもしれないのに、うるさいからという理由で殺すのはとても心苦しかったです」(男子)

「自分の周りがとても危険なうえ食べものも不足しているというのでは過酷すぎて自分は考えるだけでもつらいと思った。日本の兵士が仲間を殺してまでも自分たちの命を守らなければいけないのは自分には想像できないくらいおそろしいことだと感じた。今回の朗読を聴いて、改めて自分が今生活している環境に感謝しなければならないと思った。もう戦争が終わってから70年以上たってしまい戦争を知る人も減ってしまったが、自分たちは戦争をもう起こさないために戦争の悲惨さを知らなければいけないと思った。この戦争は絶対に忘れてはいけないのだと感じた」(男子)

「先日は『白旗の少女』を朗読していただき、ありがとうございました。あやの会の皆様の声がすぎく役に入っていて、言っている言葉が具体的なこともあって、その情景やその人の心情が想像できました。ただ普通に読むのではなくて、強弱がついていて、おどろきました。セリフとナレーションの人の違いが、目をつむっていても分かるくらい使い分けていて本当に聴けてよかったです」(女子)

「戦争の悲しさ、つらさは、ニュースなどの特番を見てなんとなくは知っていたけど、ここまでつらく悲しいとは今日の朗読会を聴くまではわかりませんでした。改めて戦争の苦痛さを知るいい体験になりました。このことを他の人にも伝えられるような人間になりたいです」(男子)



















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品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(6)

品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(6)

                              (戦後73年08月17日 新規)



《館長の事前コメント》

 戦後73年(西暦2018年)7月12日(木)に、品川区立荏原第六中学校の社会科の授業において、品川朗読サークル「あやの会」の会員有志が『白旗の少女』を朗読した。聴き手は、この中学校の3年生であった。この中学校の3年生は3クラスであるが、各クラスの社会科の授業において朗読を上演したわけである。

 先の大戦の悲劇を朗読によって語り継いでいくことは、朗読者としての私の責務の一つだと考えている。特に、若い世代に語り継いでいくことが大切だと考えている。その意味で、中学校3年生というもっとも感受性の鋭い年代に聴いてもらうことは、まさにありがたいことである。今回はそういう貴重な試みの一つである。

 そのボランティア朗読『白旗の少女』を聴いた生徒たちが書いた感想文のコピーを、その後の品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンのときに、中学校との窓口を担っている山本扶美子さん(渉外担当役員)から受け取った。品川区立荏原第六中学校の担当の先生から、それをブログに掲載する許可をいただいている。

 今回の『白旗の少女』を聴いた品川区立荏原第六中学校の3年生が、その内容と朗読をどのように受け止めてくれただろうか。今回も私は固唾を呑んでこの感想文を読んでいった。その全部をそのままここに掲載する。このブログを読んで下さった大人たちは、逆に、この中学生たちの感想をどう受け止めて下さるだろうか。


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「今回朗読を聞いて、おじいさんが、「命が一番」と言ったことが特に印象に残りました。また、戦争の悲惨さ、命の大切さなどを学ぶことができました。今後の生活に生かせることがあると思うので、生かしていきたいです」(男子)

「12日は、遠くからわざわざおこしくださって、ありがとうございます。12日の朗読では、あやの会の皆様の朗読の読み方ですごくその当時の様子やその子の感情など分かりました。もし、また聞く機会があったら、違う視点から聞きたいです」(男子)

「先日は、お忙しい中、私たちのために朗読をしていただき、ありがとうございました。私は去年8月6日に広島で平和記念式典に参列し戦争について沢山学びました。今回の朗読を通して改めて戦争の悲惨さを学ぶことができました。朗読を聞いているとき、内容が残酷で何度も胸が痛くなりました。これからも永遠に戦争が起きない平和な世界であってほしいと思いました」(女子)

「先日は、私たちに貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。皆様が心を込めて言っているのがとてもすごいと思いました。特に、アメリカの軍が、がまの近くまで来たときの感情のこめかたが他の場面よりも難しいはずなのに、その場面にとても感情をこめていてすばらしいなと思いました。何よりも、全ての部分を違う人がやっているのに、皆様のまとまったテーマを感じ取ることができました。僕は、このような活動をもしも自分たちでやることになったら、あやの会の皆様のことを思いだし、皆様に少しでも近づけるようになりたいです」(男子)

「今回は僕たちのために、貴重なお時間をいただきありがとうございました。今回のお話を聞く前から、戦争のこわさは知っていましたが、今回のお話を通して改めて戦争をしないことの大切さを身をもって体験することができましたし、お話を聞いてるだけで胸が苦しくなったり、背筋が凍るような感じでとても恐怖感に襲われました」(男子)

「今日は、私達のためにお来し下さりありがとうございました。6歳11ケ月の少女がつらい思いをしたという実話を知れて良かったです。また、感情がすごくこもっていて、自分もその物語の中に入っているような不思議な感じでした。昔の話を詳しく知れて本当に良かったです。本当にありがとうございました」(女子)

「先日は、僕たちのためにお時間を割いていただき、ありがとうございました。僕は、おじいさんが、ガマの中で言った言葉が一番印象に残りました。世の中で、最も大事なのは人の命で、自分のためだけでなく、親のためにも生きていく必要があり、生きるということが自分の役目であるということです。僕をここまで大事に育ててくれた親のためにも命は大事にしたいと思いました。また話を語り継ぐことで、戦争を忘れず、心に平和を築いていって、二度と戦争が起こらないようにしたいです」(男子)

「先日は朗読の時間を設けていただき、誠にありがとうございました。今回の朗読で戦争の恐ろしさを知ることができました。セリフごとに声の調子を変えたりして人物の感情がよく伝わってきました」(男子)

「先日は『白旗の少女』を朗読していただきありがとうございました。『白旗の少女』では、命の大切、家族の大切を改めて感じました。あやの会の皆様は、朗読中、話の情景を考えやすいように、色々な工夫をしていてとても聞きやすかったです。二度と同じ事が起きないようにこれからもこの話を受け継いでいき広げていって下さい。本当にありがとうございました」(男子)

「今回僕は、朗読を聞いて、読んでいる人物のその時の心情が読むスピードや声の力強さで巧みに表現されているなと思いました。そのためとても話に現実感があり、とても話しの内容に引きこまれ、緊迫した場面などでは、自分もドキドキしたり、悲しい場面では、自分も悲しくなる様な事があり、驚きました。今回は、このような貴重な体験をさせていただきありがとうございました」(男子)

「この度は、素晴らしい朗読を聞かせていただいて、ありがとうございました。今回の朗読の『白旗の少女』は、知ってはいたものの、聞いたことがなかったので、戦争中の人々の苦しき、想いなどがよくわかり、また考えさせられました。今こうして平和で穏やかに生きていられるのも、白旗の少女の中に出てきた人々のように、戦争中の人々の苦しみがあったからこそだと思います。いちばん大切なのは命だということを忘れずに、命を大事にしてこれから生きていきたいと思いました」(男子)













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品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(5)

品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(5)

                       (戦後73年08月16日 新規)



《館長の事前コメント》

 戦後73年(西暦2018年)7月12日(木)に、品川区立荏原第六中学校の社会科の授業において、品川朗読サークル「あやの会」の会員有志が『白旗の少女』を朗読した。聴き手は、この中学校の3年生であった。この中学校の3年生は3クラスであるが、各クラスの社会科の授業において朗読を上演したわけである。

 先の大戦の悲劇を朗読によって語り継いでいくことは、朗読者としての私の責務の一つだと考えている。特に、若い世代に語り継いでいくことが大切だと考えている。その意味で、中学校3年生というもっとも感受性の鋭い年代に聴いてもらうことは、まさにありがたいことである。今回はそういう貴重な試みの一つである。

 そのボランティア朗読『白旗の少女』を聴いた生徒たちが書いた感想文のコピーを、その後の品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンのときに、中学校との窓口を担っている山本扶美子さん(渉外担当役員)から受け取った。品川区立荏原第六中学校の担当の先生から、それをブログに掲載する許可をいただいている。

 今回の『白旗の少女』を聴いた品川区立荏原第六中学校の3年生が、その内容と朗読をどのように受け止めてくれただろうか。今回も私は固唾を呑んでこの感想文を読んでいった。その全部をそのままここに掲載する。このブログを読んで下さった大人たちは、逆に、この中学生たちの感想をどう受け止めて下さるだろうか。


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「僕は今回の朗読を聞いて、今ある平和は過去の人たちのおかげでもあるうえに、この文を書いているときのペンや、学校の給食、家族で共に安全に生きていられるのはあたりまえではなく、昔の人がどれだけこのあたりまえを望んだことかを考えると、感謝しなければならないと、深く思いました。そして、朗読の読み方に注目すると、強弱をつけて、そのときの激しさを表したり、自分もその場にいるかのような読み方など様々なものがあり、自分も授業でいかしていきたいです。ありがとうございました」(男子)

「今回、比嘉富子さんの沖縄戦に関する体験談をご朗読いただき、誠にありがとうございました。私は、富子さんが白旗を持ってアメリカ兵のカメラマンの前を通る時に、カメラから銃弾が飛んでくると思っていたというところで一つ思いました。それは、当時の日本政府が教育よりも軍事に力を入れていたせいで、ここまで平民は世の中のことを知らなくなったのかということです。これからは、より教育を重んじ、知恵や知識にあふれた国になってほしいです。先日は本当にありがとうございました」(男子)

「今回『白旗の少女』を聴いて、改めて戦争は恐ろしいものだと感じました。爆弾の音にとても迫力があって怖かったです。一番印象に残っているのは、けがをした兵士を日本刀で殺していくところでした。これから国語の授業などで文章を読むときは今回の朗読のようにセリフなどを工夫して読みたいと思いました」(女子)

「この度は、お忙しい中、僕達のためにお越しいただき、ありがとうございました。あやの会の皆様は、とても姿勢がよくて、声がとても聞きやすかったです。内容も具体的に情景など想像しやすくてよかったです。読むときに感情をいれたり、強弱をつけていたりしていたのが伝わってきました。本当にありがとうございました」(男子)

「『白旗の少女』を聴いて、戦争の怖さや過酷さを感じることができました。声の強弱や声色を変えることで、登場人物の感情や心情がとても伝わってきました。また、寝ているときに流れ玉が当たってしまい、亡くなってしまった兄がいたことを知り、寝ているときも気が抜けない戦争中はとてもつらい状況だったことを学ぶことができました。戦争をくり返すことのないように一人一人が平和について考え直し、平和な心を持つことが大切だと思いました」(女子)

「本で読むよりも朗読してもらった方がおそろしさが伝わりました。私はこの物語を聞くまで戦争のこわさを知りませんでした。戦争があってたくさんの人が死んでしまったとしか考えていなかったけれど、今回知ることができて良かったです。戦争中には、この物語だけでなくたくさんの悲しい話があると思います。このようなことを繰り返さないためにも、たくさんの人にこの話を知ってもらって、もう戦争が起こらないようにしてほしいです」(女子)

「今回のお話を聞いて、とても話の内容が入ってくる話し方で、ほんとうにすごいなと思いました。そして、このお話を聞いて、もう二度と戦争をすることのいけなさを改めて感じ、少しのたあいもないケンカもいけないと思いました。朗読をしてくださり、ありがとうございました」(女子)

「先日は心に響く朗読をありがとうございました。小学生のときに読んだ記憶がありましたが、今回朗読していただいて、緊迫感や恐ろしさなど、読むだけでは感じられない気持ちや空気感がとても伝わりました。戦争の恐ろしさや平和の大切さを知ると共に、これからの時代に伝えていきたいと思いました。心の込もった朗読をありがとうございました」(女子)

「この間は、朗読をしていただきありがとうございました。あやの会の皆様のお話をきいていて、はじめはメモをとっていたのですが、途中からはメモをとるのも忘れて頭で景色を思い浮かべながら、皆様のすごくききやすい朗読をきいていました。私はこのおじいさんとおばあさんの言葉から、最近はすぐに自殺してしまったりする人が多いけど生きたくても生きられなかった人がたくさんいるから生きれるだけ精一杯生きてほしいなと思いました。それが一番私たちの今できることだと思いました」(女子)

「この度は、お忙しい中、僕達のために、お越しいただき、ありがとうございました。僕はこの話を前にテレビでみたことがあったけれど、朗読できくのも映像と同じくらいの迫力があり、感動しました。また、今は実際に戦争を体験した世代が少なくなってしまっているので、このような体験談を色々な形で語りつぎ、戦争はしてはいけないものとされていくべきべきだと思います。この度は、本当にありがとうございました」(男子)

「最初のトンネル(ガマ)の特徴で、幅3m、奥行き4m、高さ1.5mという窮屈なところで大勢で暮らしていたのだなと思うと、とても苦しそうだなと思いました。そして、兵士がくると、犬や猫のように追い出されることが多くあって、すごく厳しい暮らしが続いていったのだなと思いました。後、この時代にスパイがいるのだなと初めて知りました」(男子)









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品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(4)

品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(4)

                                (戦後73年08月15日 新規)



《館長の事前コメント》

 戦後73年(西暦2018年)7月12日(木)に、品川区立荏原第六中学校の社会科の授業において、品川朗読サークル「あやの会」の会員有志が『白旗の少女』を朗読した。聴き手は、この中学校の3年生であった。この中学校の3年生は3クラスであるが、各クラスの社会科の授業において朗読を上演したわけである。

 先の大戦の悲劇を朗読によって語り継いでいくことは、朗読者としての私の責務の一つだと考えている。特に、若い世代に語り継いでいくことが大切だと考えている。その意味で、中学校3年生というもっとも感受性の鋭い年代に聴いてもらうことは、まさにありがたいことである。今回はそういう貴重な試みの一つである。

 そのボランティア朗読『白旗の少女』を聴いた生徒たちが書いた感想文のコピーを、その後の品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンのときに、中学校との窓口を担っている山本扶美子さん(渉外担当役員)から受け取った。品川区立荏原第六中学校の担当の先生から、それをブログに掲載する許可をいただいている。

 今回の『白旗の少女』を聴いた品川区立荏原第六中学校の3年生が、その内容と朗読をどのように受け止めてくれただろうか。今回も私は固唾を呑んでこの感想文を読んでいった。その全部をそのままここに掲載する。このブログを読んで下さった大人たちは、逆に、この中学生たちの感想をどう受け止めて下さるだろうか。


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「戦争を知らない私達にとって、とても貴重な体験をすることができました。ガマについて内部の広さなどが詳しく書いてあり、想像することができました。おじいさんとおばあさんが富子をどれだけ大切にしていたかが、とてもリアルに朗読されて、感動しました。人間が一番怖く、一番優しいことを知りました。これからは私達が次の世代に語っていかなければいけないと思いました。ありがとうございました」(男子)

「僕たちは戦争を体験していなくて、怖さが分かりませんが、聞いているだけで、戦争は嫌だなと感じました。特に、にいにいが流れ玉で死んでしまった場面では、とみこちゃんを守るように寝たのかなと思ってしまいます。戦争では、兵士だけでなく、住民をもまきこんでしまうので、戦争がこの先起こらないように僕たちが、止めていかなければならないと思いました」(男子)

「本日は、貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。日本が戦争をしていた時代はあんなにも辛くて生き苦しい時代だったのだと改めて思いました。また、白色の三角形の旗は世界共通の平和の旗ということを初めて知りました。今回のお話を理解するだけでなく、今後の生活でも生かしていき、このお話を忘れてはいけないと思うので、受け継いでいく必要があると思いました。ありがとうございました」(男子)

「今回は、朗読して下さりありがとうございました。初めて沖縄戦にまつわるお話を聞きました。同じ仲間でさえも戦争では殺すことがある事実を知り、とても残酷だと思いました。そして、おじいさんとおばあさんは障害があっても生きられるだけ生きると言っていたので、誰もが命を一番大切にしていれば、自殺や他殺は無くなると思いました。また、自分の命は他の人のものでもあるというセリフは、とても心に残りました」(男子)

「今回はお忙しい中、私達のために時間を作ってくださりありがとうございました。私は白旗は負けの意味でしか知らなかったけど、安全のしるしでもあるっていうのを知りました。読み方がすごく上手でまるでその世界に引きこまれたかのように感じることができました」(男子)

「今回、『白旗の少女』を聴いて、改めて戦争は忘れてはいけない出来事だなと思いました。『白旗の少女』では、実際に兵隊として戦った人ではなく、戦争中、悲しみや恐怖、寂しさなどにたえながら必死に生きのびた女の子のことが絵描かれていて、全ての人がそれぞれ、いろんなことと戦っていたんだなと思いました。今、私たちはあたり前のことがあたり前にできる本当に幸せな環境で暮らせています。しかし、この平和な世界には戦争という出来事があったという事実を、これからもずっと伝えていかなければならないなと思いました」(女子)

「読み方に気持ちが込もっていてとても良かったです。『この世で一番大切なのは命』という言葉が強く印象に残っています。白旗は安全のしるしということは平和を考えるうえで意識していきたいです。さらには死んでしまっても自分達は生きている人の心の中で生きているということも心にいれて責任を持って生きていこうと思います」(男子)

「沖縄戦争のことなにも知らなかったけど、今回の朗読でたくさんのことを知ることができました。途中で、たとえ女の子でも赤ちゃんでも殺さないといけないと聞いたときは泣いちゃいました。それでも主人公は折れずに強い心を持っておじーちゃんとおばーちゃんと一緒に戦争をのがれたのでよかったです。最後に姉たちと再会したときもあまりの感動で泣いちゃいました。ありがとうございました」(女子)

「この間は私たちのために朗読をして頂きありがとうございました。前半の話を授業中聞いたときも驚きや、そんなことがあったのかと思うことがあったけれど、後半を聞いて、さらに驚きがいくつかありました。とみ子がおじいさん、おばあさんと出会ってそのまま暮していけばいいなと思っていたら、離れなくてはならないというところがとても切なかったです。最後に紹介して頂いた本もぜひ読んでみたいと思います」(女子)

「自分たちは、戦争ということを、経験したことは、ありませんが、この話を聞いてとても怖いと思いました。急しい中、僕たちのためにありがとうございました。戦争のことについて自分で考えてみようと思いました」(男子)

「先日はぼくたちのために貴重な時間をさいていただきありがとうございました。戦争を体験していないぼくたちにとってこのような機会はとても考えさせられることが多くありました。今後の生活で今回感じたことを忘れずいたいと思います」(男子)










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品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(3)

品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(3)

                               (戦後73年08月14日 新規)



《館長の事前コメント》

 戦後73年(西暦2018年)7月12日(木)に、品川区立荏原第六中学校の社会科の授業において、品川朗読サークル「あやの会」の会員有志が『白旗の少女』を朗読した。聴き手は、この中学校の3年生であった。この中学校の3年生は3クラスであるが、各クラスの社会科の授業において朗読を上演したわけである。

 先の大戦の悲劇を朗読によって語り継いでいくことは、朗読者としての私の責務の一つだと考えている。特に、若い世代に語り継いでいくことが大切だと考えている。その意味で、中学校3年生というもっとも感受性の鋭い年代に聴いてもらうことは、まさにありがたいことである。今回はそういう貴重な試みの一つである。

 そのボランティア朗読『白旗の少女』を聴いた生徒たちが書いた感想文のコピーを、その後の品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンのときに、中学校との窓口を担っている山本扶美子さん(渉外担当役員)から受け取った。品川区立荏原第六中学校の担当の先生から、それをブログに掲載する許可をいただいている。

 今回の『白旗の少女』を聴いた品川区立荏原第六中学校の3年生が、その内容と朗読をどのように受け止めてくれただろうか。今回も私は固唾を呑んでこの感想文を読んでいった。その全部をそのままここに掲載する。このブログを読んで下さった大人たちは、逆に、この中学生たちの感想をどう受け止めて下さるだろうか。


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品川区立荏原第六中学/3年生から寄せられた感想・意見(3)

「先日はありがとうございました。今までに、テレビなどでは戦争の話をみたことがあるのですが実際の話は聞いたことがありませんでした。今回を通して、実際の話をきけてよかったです。正直、きくのにも勇気がいりましたが、目をそむけるのはいけないことだと思いました」(男子)

「先日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。沖縄戦のことは知っていたけれど、詳しいことは知らなかったのでとても勉強になりました。朗読していただいた本はとても戦争の情景が鮮明にかいてあって心が痛くなりました。また、読むのも上手で何回練習をしたらそんなに上手に読めるのか不思議に思いました。たくさん勉強になりました。ありがとうございました」(男子)

「今の現代人は戦争に対しての考えが薄れています。その結果が今の憲法9条の改正だと思います。このままだと、またあの戦争が起こりかねません。そのため、今回のような会はとても重要だと思います。人々が戦争に対しての考えや想いを共有し、「二度と戦争をしない」という考えが何年経っても変わらないようにするためにも必要だと思います。少し大事ですが、もしかしたらこれからの日本に関わってくる事かもしれないのでがんばってください。ありがとうございました」(男子)

「私は、あやの会の皆様の目を見て朗読を聞いていました。朗読をしているときは、声にとても感情が入っていて、目も力強く、聞いていて鳥肌が立ちました。自分は戦争を体験したことはないですが、戦争のおそろしさは朗読を聞いて実感できました。『白旗の少女』は幼い子なのにとても勇かんだなと思いました。興味をもったので本をみてみたいと思いました。本日は本当にありがとうございました」(女子)

「僕は太平洋戦争に興味があり、色々な本を読みましたが、市民の人の話よりかは海軍だったりの軍人や海戦の本ばかりを読んでいたので、こういう話はとてもしんせんでした。このような事は起こってはいけないと思いますが、自分の国は自分で守れるようにしなければいけないので、アメリカにたよるのはやめた方がいいと思う」(男子)

「朗読をしていただき、ありがとうございました。朗読ではセリフに合わせて声を変えてやっていて、すごいと思いました。聞いた時に、どんな状態なのか、頭に情景がうかびとても残酷で悲しい物語だと思いました。私たちはまだ中学3年生で戦争は全く関わっていませんでした。このお話を聞いてもっと考えていかないといけないと思いました」(女子)

「先日は私達のためにお時間を割いてくださりありがとうございます。広島原爆など第二次世界大戦中の原爆の話はよく聞きますが、沖縄戦争の話はあまり聞いたことがありませんでした。ですが、今回の朗読を聞いて状況もよく分からないまま巻きこまれた沖縄の方々が必死に小さな幸せを見つけていたこと、自分の命よりも他人を助けていたことなどたくさんのことを知ることができました。本当にありがとうございました」(女子)

「今回は朗読をしてくださりありがとうございました。僕は今回の朗読で特に印象に残ったのは、主人公の少女が、ガマにおじいさんとおばあさんを残して出ていくときです。なぜなら、このとき少女はおじいさんとおばあさんと一緒にいたいという気持ちと家族に早く会いたいという気持ちが伝わってきたからです。また、日本兵がみづから死をえらんだシーンでは、その場のかこくさがとても伝わってきたと思いました。これからこのようなあやまちをくり返さないような世界になってほしいと思いました」(男子)

「先日は、お忙しい中、自分達のために『白旗の少女』を読み聞かせて下さり、ありがとうございました。自分が最も印象に残ったことは、おじいさんとおばあさんと出会ってから、一緒に過ごしていた場面です。些細な事でも、本当に嬉しそうに話していた事から、普段の生活がどれだけ苦しい物であったかが良く分かったので、今は戦争がない事に感謝し、毎日を大切に生きていきたいと思います」(男子)

「僕たちのために朗読をして下さりありがとうございました。授業だけではわからない沖縄戦争の裏側を知ることができました。あやの会のみなさまの演技のおかげで富子さんの細かな心情や戦地の情景が頭に浮かんできて、とてもわかりやすくきくことができました。本当にありがとうございました」(男子)

「先日は、お忙しい中、朗読して頂き、ありがとうございました。富子さんの感情が伝わってきて涙線が緩んでしまいました。平和の象徴である白旗を持ち、別れを告げる富子のシーンが特に印象的でした。戦争の苦しみを未来の為にも伝えていきたいと思いました。本当にありがとうございました」(女子)




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品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(2)

品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(2)

                              (戦後73年08月13日 新規)

《館長の事前コメント》

 戦後73年(西暦2018年)7月12日(木)に、品川区立荏原第六中学校の社会科の授業において、品川朗読サークル「あやの会」の会員有志が『白旗の少女』を朗読した。聴き手は、この中学校の3年生であった。この中学校の3年生は3クラスであるが、各クラスの社会科の授業において朗読を上演したわけである。

 先の大戦の悲劇を朗読によって語り継いでいくことは、朗読者としての私の責務の一つだと考えている。特に、若い世代に語り継いでいくことが大切だと考えている。その意味で、中学校3年生というもっとも感受性の鋭い年代に聴いてもらうことは、まさにありがたいことである。今回はそういう貴重な試みの一つである。

 そのボランティア朗読『白旗の少女』を聴いた生徒たちが書いた感想文のコピーを、その後の品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンのときに、中学校との窓口を担っている山本扶美子さん(渉外担当役員)から受け取った。品川区立荏原第六中学校の担当の先生から、それをブログに掲載する許可をいただいている。

 今回の『白旗の少女』を聴いた品川区立荏原第六中学校の3年生が、その内容と朗読をどのように受け止めてくれただろうか。今回も私は固唾を呑んでこの感想文を読んでいった。その全部をそのままここに掲載する。このブログを読んで下さった大人たちは、逆に、この中学生たちの感想をどう受け止めて下さるだろうか。


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品川区立荏原第六中学/3年生から寄せられた感想・意見(2)

「僕は戦争というものを知りませんでした。でもすごくきょうみがあります。僕はいつもひいおじいちゃんに戦争の話を聞きます。でも、沖縄の話しは聞きません。今回あやの会の皆様が朗読してくださり、沖縄戦のことがよく分かりました。今回はきちょうな体験をありがとうございました」(男子)

「私達の為に朗読をしてくださりありがとうございました。私の半分くらいの年齢の子が一人で必死に生き延びようと頑張っていた話を聞いて、自分の妹のことを思い出してとても胸が痛くなりました。また、あやの会の皆様の朗読によって、より迫力や臨場感がひしひしと伝わってきて、より身近に感じる事ができました。戦争の怖さを改めて感じることができました。朗読をして下さって本当にありがとうございました」(女子)

「今日はすばらしい朗読をありがとうございました。とても胸が痛く、目をそらしたくなるような話でしたが、僕は全国民、全人類がこの話を知った方が良い、そう想い最後まで集中して聞かせてもらいました。実際にあった「胸が痛くなる話」だからこそ、この話をこれから先も伝えていき、戦争はもちろん、小さな争そいが起こらず、なくしていった方が良いと思いました。そして、助け合うことの大切さ、それを今後の生活に生かさせてもらいます」(男子)

「今回の朗読では、沖縄戦の激しさやいかにひどいものだったかを知ることができた。とてもクオリティが高くれ、その時の状況が細かく伝わってきて、とても悲しくなった。また、おじいさんのやさしさや、けん命に生きる姿に感動した」(男子)

「今回は『白旗の少女』を朗読していただき、ありがとうございました。私たちは戦争を経験していないので、話をどんなに聞いても、実際に体験した人にしか分からないことがあると思います。ですが、日本人として知っておくべきことだし、できる限りのことを知って私たちが後に伝えていくべきだと思いました。改めて平和のあり方について考えることができました。今回はありがとうございました」(女子)

「私は、白旗の少女の話しを聞いたとき、感情が込もっていたり、セリフのところは力を入れて読んでいたりして、すごいなと思いました。白旗の少女というお話は今まで知らなかったけれど、今回あやの会の皆様の朗読を通して知ることができて良かったです。また機会があったら、次は別のお話の朗読も聞いてみたいです」(女子)

「今回の朗読で知らないことをたくさん知ることができました。戦争でいままでかるくしか分からなかったことが、一つのお話を、朗読を通して詳しく知ることができました。過去のことをくり返さないためにも、今回のような形で伝えていくことはとても大切なことだと改めて分かりました」(女子)

「おいそがしい中来てくださりありがとうございました。私は、みなさんが情景の変化や人物、場面のうつりかわりによって声の調子や低さ、感情を変えながらよんでいたので、とても話の内容が分かりやすかったです。とくに、感情をこめてよんでいたので、その人物の気持ちが分かりやすく、悲しい気持ちになりました」(女子)

「私は今回の朗読を聴き、今の平和があるのは当たり前ではなく、とてもすごいことなのだと学びました。私はもちろん戦争を経験したことがないので、どんな状況でどのように戦争期を乗り越えたかは分かりません。しかしお話を聴いていく内に、表現が生々しくあまりにも残酷で、(本当にこんなことがあったのだろうか。もしかすると、これは他の世界の出来事なんじゃないか。)と思わされるくらいでした。命を軽く扱わないなど今までは正直綺麗事だと考えていたけど、今回の経験で命が1番大切だ、という言葉の重みを知ることができました」(女子)

「私は、今回お話を聞いた中で、「命はこの世で1番大切」という言葉が特に心に残っています。誰かが死ぬことで誰かが悲しむことが分かり、命を大切にしようと改めて考えることができました。また、自分が生きるために、仲間ののどにナイフをさした場面を聞いたときは、息ができなくなる程つらくて、残酷に思いました。けれど戦争はもっとつらかったと思います。だからこそ、この戦争のつらさをもっと知って成長していくべきだと思いました」(女子)

「今回の朗読で命を知りました。辛いことがあっても耐え、生き続けた命と、嫌なことがあってすぐ絶望し、自ら投げ出す命の重さは違うと思いました。人間、心を強く保たないと耐えていけないと思います。昔の人たちはたくましかったんだなと思い見習おっと考えました」(男子)













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品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(1)

品川「あやの会」の荏原第六中学校朗読会『白旗の少女』への感想・意見(1)

                              (戦後73年08月12日 新規)



《館長の事前コメント》

 戦後73年(西暦2018年)7月12日(木)に、品川区立荏原第六中学校の社会科の授業において、品川朗読サークル「あやの会」の会員有志が『白旗の少女』を朗読した。聴き手は、この中学校の3年生であった。この中学校の3年生は3クラスであるが、各クラスの社会科の授業において朗読を上演したわけである。

 先の大戦の悲劇を朗読によって語り継いでいくことは、朗読者としての私の責務の一つだと考えている。特に、若い世代に語り継いでいくことが大切だと考えている。その意味で、中学校3年生というもっとも感受性の鋭い年代に聴いてもらうことは、まさにありがたいことである。今回はそういう貴重な試みの一つである。

 そのボランティア朗読『白旗の少女』を聴いた生徒たちが書いた感想文のコピーを、その後の品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンのときに、中学校との窓口を担っている山本扶美子さん(渉外担当役員)から受け取った。品川区立荏原第六中学校の担当の先生から、それをブログに掲載する許可をいただいている。

 今回の『白旗の少女』を聴いた品川区立荏原第六中学校の3年生が、その内容と朗読をどのように受け止めてくれただろうか。今回も私は固唾を呑んでこの感想文を読んでいった。その全部をそのままここに掲載する。このブログを読んで下さった大人たちは、逆に、この中学生たちの感想をどう受け止めて下さるだろうか。


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品川区立荏原第六中学/3年生から寄せられた感想・意見(1)

「お話を聞くだけでも、怖かったり、悲しい場面を想像することができて、もし実際に見ていたらどれほどすごかったのだろう、ととても実感しました。あやの会の皆さんは、とても感情が入っていて、心にすごく響き、泣きそうになってしまいました。とみ子さんを受けいれてくれたおじいさんもおばあさんも、お世話をしたとみ子さんも心の優しい人たちで、やはり『類は友を呼ぶ』とはこのことだなあと実感しました。どんな状況になっても他人を思いやることができるのは、いつの時代でも大切だと思いました」(女子)

「今回は、僕たちのために、朗読をしてくださり、ありがとうございました。朗読を聴いて、僕は戦争の悲しみを忘れてはならないと改めて思いました。自分が死ぬまで絶対に忘れてはならない。もし忘れてしまったら、また戦争がおこってしまうと思いました」(男子)

「朗読に気持ちがこもっていて、戦争の苦しさやつらさがすごく伝わってきました。私には兄弟がいます。今、平凡に暮らせていることはとても幸せなのだと思いました。そして、過去にどんな苦しみがあったかを現代の人々はしっかり知り、その事から目をそむくずに受けとめるべきだと思いました」(女子)

「まずは、荏原第六中学校へ来て下さり、ありがとうございました。僕はみなさんの感情をこめ、とても聞きやすく、感動しました。やはり、戦争の話ということで、悲しい場面や、緊張した場面など、難しい場面がたくさんあり、すごいなと感心しました。ブレスなどでも感情を表現していたので、参考になりました。自分は、この当時の辛さや、生に対する心配さがひしひしと伝わりました。ただ、自分の子に対する人情なども学べて、いい機会になりました」(男子)

「白旗の少女を朗読してくださりありがとうございました。僕はこの物語を知らなかったので初めて聞きました。あやの会の皆さまの朗読は、とても感情がこもっており、情景が細かく想像できました。僕は戦争についての本をあまり読んだことがありません。ですが、あやの会の皆さまの朗読のおかげで、他の本も読んでみたいと思いました」(男子)

「僕たちのために朗読の発表をしてくださりありがとうございました。今回の発表で、改めて戦争の恐ろしさなどを学べることができました。また、僕たちが大人になっていくと戦争の話をしてくださる方がいなくなるかもしれません。だから、今回学んだことを、次の世代に知ってもらえるように子供たちに話していきたいです」(男子)

「『白旗の少女』 今回読んで頂いたこの物語は、思うことがたくさんありました。特におじいさんとおばあさんが富子を生かせたいという強い気持ちに感動しました。自分の命の大切さ、重さに気付いていなかった富子に、おじいさんがそれをしっかりと忘れない様に教えていた所が特に記憶に残っています。最後、死んだと思っていた姉二人に会えて富子の安心と喜びの気持ちも感じとれました」(男子)

「本日は朗読をしてくださりありがとうございました。セリフ1つ1つや悲しい場面になると気持ちのこもった朗読をしていて内容が入ってきやすかったです!! お姉ちゃん達と会えたシーンには喜びと安心の気持ちが、おじいさん達との別れのシーンは悲しいけど自分は逃げないといけないという必死さなどもよく伝わってきました」(男子)

「朗読を聴いて、自分が当たり前のように生活できることをありがたく思った。戦時中の子供と比較すれば、自分は何も困ることがないのに日々の生活に文句を言って、よりよい生活を求めている自分を情けなく思った。これからは、今の環境に文句を言わないようにする」(男子)

「今回はありがとうございました。戦時中の悲しい出来事を、忘れることがないように、今後とも語りついでいきないと思った。また、社会の授業で戦争について話があったときは、改めてこの話を思い出したい」(男子)

「今回、この話を聞いて、もう二度とこのようなことがおこらないでほしいです。また自分のことは自分でやらないといけないと思いました」(男子)






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館長の朗読日記2213/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2213  (戦後73年08月10日 新規)



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月09日)の13時30分から千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ1の第10回、レッスン台本・向田邦子原作「父の詫び状」の第5回目のレッスンである。私が4月に体調を崩し、この「わかば」のレッスンを1回休止した。そのためにレッスン回数が1回減っている。

 私の朗読レッスンは、1本のレッスン台本を6回のレッスンで仕上げている。最後の第6回目には、会員全員に仕上げの通し読みをしてもらい、私から講評してそのレッスン台本のレッスンを締めることにしている。今回は第5回であるから、次回にはその最後の仕上げの通し読みをすることになる。これはミニ朗読発表会でもある。

 このサークルは、近年、かなり積極的に自主的な朗読会を開催したり、地域の自治会から依頼されて朗読会を上演したりしている。また、千葉市ハーモニープラザが年末に開催する「ハーモニープラザフェスタ」にも積極的に参加している。今年から、その「ハーモニープラザフェスタ」の持ち時間が30分から60分に倍増された。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 今レッスンで取り組んでいる向田邦子原作「父の詫び状」も、この「ハーモニープラザフェスタ」で上演するという。したがって、次回の仕上げの通し読みは、そのためのリハーサルにもなるわけである。今回は、通常どおり会員1人1人に3~4分づつのパートに分けて朗読してもらい、それぞれに対し私から朗読指導していった。

 会員の皆さんは、基本的に「語りかける語り口」ができてきた。個々のイメージ表現や心情表現もかなりできてきた。そこで指導の重点は演出的な内容に移ってくる。今回は、主に、文のなかの言葉と言葉のつなげ方、文と文のつなげ方、を指導した。文のなかの言葉と言葉のつなげ方で大事なのは、同じ言葉が出てくる場合である。

 文と文のつなげ方で大事なのは、セリフを表現している登場人物と、地の文を表現している原作者との間に醸し出される、暗黙の掛け合いの感じをいかに表現するか、という問題である。この問題については、落語の語り方、特に掛け合いの語り方が参考になる。落語の語り方が、もっとも「語りかける語り口」に近いからでもある。







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館長の朗読日記2212/品川「あやの会」と大田「くすのき」の朗読レッスン

館長の朗読日記2212  (戦後73年08月08日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月07日)に、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ1の第5回目であり、その第1本目のレッスン台本・芥川龍之介原作「杜子春」の第5回目のレッスンでもある。レッスン台本の第5回目であるから、会員1人1人の朗読も会員それぞれにかなり仕上がってきた。

 ある台本の朗読が仕上がってくるにつれ、その台本に関する会員の朗読について、私が指導すべきポイントがクリアになってくる。これは、たんなる練習不足による凡ミスと、この時点の朗読レベルに基づく欠陥との区分けがクリアになってくるだけではない。主に、現時点の到達レベルと限界が浮き彫りになってくるためである。

 もちろん、そういう私の指導すべきポイントは、その会員の朗読レベル、すなわち朗読の上達段階によって大きくスライドしていく。基本的な語り口についてのポイントが主になる場合もある。イメージ表現や心情表現についてのポイントが主になる場合がある。さらには、演出的な表現の仕方が主たるポイントになる場合もある。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 私の指導すべきポイントがスライドしていく仕方は、だいたいその会員が入会してからのレッスン歴(レッスン期間)に対応している。しかし、入会前のその会員の朗読経験、または、声優その他の声に関する仕事を専門にしている場合はかなり影響を受ける。その場合には、多段的な指導ポイントを併行的に指導する必要もある。

 そういう事態にその場その場で即応するため、私の朗読指導は、基本的(典型的)な上達過程を大きくイメージしながらも、併行的にアドリブ的な指導内容を織り込んでいく。そういう朗読指導を会員1人1人の朗読を3~4分聴いた直後におこなっていくのだから、いきおい真剣勝負的な緊張感が生まれてくる。大変なのである。

 そういう真剣勝負的な感じがどのくらい伝わっているのか知らないが、このサークルの会員の皆さんは月2回の朗読レッスンが楽しく面白いらしい。今回、品川朗読サークル「あやの会」として、第2期の朗読ステップ1~6が終了した記念に、心のこもった会員の寄せ書き帳をプレゼントしてくれた。とてもありがたいと思った。



〇大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月07日)に、大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第1期・朗読ステップ2の第6回目、レッスン台本・太宰治原作「葉桜と魔笛」の第6回目のレッスンである。今回は、この「葉桜と魔笛」の最後のレッスンであるから、仕上げの通し読みと、それに対する私からの講評をおこなった。

 このサークルは、昨年の6月に発足したばかりだから、レッスン歴はまだ1年数ヶ月である。サークル会員はまだ7人と少ないが、語り30年のベテランもいれば、かなりの朗読経験者もいる。もちろん、まったくの朗読の初心者もいるが、平均すれば短いレッスン歴や少人数にもかかわらずかなり高い朗読レベルにあるといえる。

 今回は、欠席者も2人いたので、仕上げの通し読みと私の講評は予定の半分くらいの時間で済んでしまった。そこで、きわめて変則的ではあったが、その後の約半分の時間で同じこの「葉桜と魔笛」の追加レッスンをした。仕上げの通し読みの後なので、いつもより多少は突っ込んだ指導をした。会員はどれだけ理解できただろう。



〇大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(2)

 今回は、他の朗読サークルの会員の紹介によるレッスンの見学者が1人いた。私は、私が指導している朗読サークルに入会を希望してくる人には、かならず事前にそのサークルのレッスンを見学してもらっている。もちろん、見学料な取らない。ほとんどの見学者は、自分が入会するにふさわしいか否かを真剣にチェックしている。

 しかし、私がかならず事前にそのサークルのレッスンを見学してもらっているのは、もう一つの目的がある。もちろん、それは、私自身がその見学者がこの朗読サークルの会員にふさわしい人間か、私の朗読指導を受けるにふさわしい人間か、をチェックすることである。これまでは入会を希望した人間を拒んだことば一度もない。

 私の基本的なモットーは「来る者は拒まず、去る者は追わず」だからである。入会してしばらく指導した会員を、こちらから訳を話して退会してもらったことは一度しかない。たいていの場合は、私がしばらく我慢したり、様子を見ている内に、相手の方がさっさ退会してしまうのである。こういうやり方の良し悪しは分からない。






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館長の朗読指導メモ 99/日本の朗読文化の水準と館長の朗読活動(その4)

館長の朗読指導メモ 99   (戦後73年08月07日)




日本の朗読文化の水準と館長の朗読活動(その4)



○これまでの朗読指導はまったく見当はずれの内容に止まっていた(1)

 朗読においては、文学作品を「解読」し、その作品世界を的確にイメージすることが、最も重要である。当然、そのやり方を実際に指導することが、朗読指導者に求められる最も重要な指導内容なのである。しかし、その土台となる文学作品の具体的な「解読」方法については、これまでほとんど研究されてこなかった。当然、その指導方法もほとんど研究されてこなかった。

 また、従来の日本の朗読指導者においては、文学作品を朗読するための最も高度な日本語表現が、普通の日本人が現実の社会や生活の場で現実に駆使している普通の音声言語であるという認識がほとんど全くなかった。放送アナウンス的な表現や演劇(新劇)的なセリフ表現のように、非現実的で、特殊で、表現レベルの低い音声言語表現が朗読にふさわしいと思われてきた。

 したがって、放送アナウンス的な表現や演劇(新劇)的なセリフ表現あるいは日本の古典芸能的な音声言語表現など、すべての日本語表現の母体であり、土台であり、しかも最高の表現レベルでもあるところの、普通の日本人が現実の社会や生活の場で現実に駆使している普通の音声言語の研究が、これまではほとんどなされてこなかった。当然、指導もなされてこなかった。



○これまでの朗読指導はまったく見当はずれの内容に止まっていた(2)

 朗読における文学作品の「解読」方法については、おそらく日本で初めて私(=館長)が研究し、指導を実践したと自負している。私が土台としたのは、三浦つとむの言語論であり、吉本隆明の文学論であった。その成果は、拙著『朗読の理論』と共著『花もて語れ』で公表している。また、現在執筆中であり、今後公刊予定の次著『朗読の上達法』のなかでも展開している。

 朗読における音声言語の表現方法については、これもおそらく日本で初めて私(=館長)が研究し、指導を実践したと自負している。この分野については、先行する研究なり実践なりが見当たらなかったので、ほとんど独力での研究であり、指導実践であった。その成果は、次著『朗読の上達法』のなかで展開している。その成果は、朗読サークルのレッスンの賜物でもある。

 私は、戦後62年(西暦2007年)8月にブログ『感動をつくる・日本朗読館』を開設した。拙著『朗読の理論』を発刊した戦後63年(西暦2008年)3月の前年である。このブログは、私が朗読指導している朗読サークルにおける私の朗読レッスン録(=「館長の朗読日記」「館長の朗読指導メモ」)を主軸とし、それにレッスンの成果をリアルタイムで記している。



○これまでの朗読指導はまったく見当はずれの内容に止まっていた(3)

 拙著『朗読の理論』やブログ『感動をつくる・日本朗読館』の反応もかなりあったが、やはりもっとも大きな反響があったのは朗読漫画『花もて語れ』(漫画:片山ユキヲ/朗読協力・朗読原案:東百道)に対してであった。そのなかで、私(=館長)がもっとも「我が意を得たり」と思ったのは、児童文学評論家の赤木かん子さんのものであった。以下に、それを引用する。

「音読するということは、解釈&表現力だ。解釈ができたからといって、それを伝える技術がなければ伝わりはしないが、解釈ができなければ、表現もへったくれもないのである」「朗読は、ストーリーテリングとも、黙読とも演劇とも違う、独特の世界です。あんなに小学校で音読音読いってるのに音読がなにか、どうやってやるのかなんにもいわれない、討議されない。日本の学校っていうのは、おかしなとこです。知りたいかたは、どうぞお読みください」

「朗読がテーマの(つまりは読解とはなにか、を解説してくれるマンガなわけですが)『花もて語れ』13巻! 堂々の大団円です。(中略) 全国の国語の教師は読むべきです。てか、これができないといけないわけです。水に浮けない人を泳げるようにできるメソッドがあるように、文章を読解できるメソッドがあるのだ、ということですら、たいていの人には驚きでしょう。なぜなら学校で、そんなことはやったことがないからです。ようやく、読解について、いちいち説明しないでも、これ読んで、といえるものが生まれました(いや、解説書、あるんだけど、素人には読めないのよね)。作者に心から、ありがとう!をーー。助かったわぁ。本当にありがとうございました」








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アクセス数の推移について(戦後73年版/西暦2018年版)

アクセス数の推移について(戦後73年版/西暦2018年版)

                    (戦後73年08月06日 新規)


ブログ発足後10年間のアクセス数の推移 NEW!

~~11年間総計:246170~~ 

【戦後62年(西暦2007年)8月6日~戦後73年(西暦2018年)8月5日】

  1年平均   22379.1 アクセス 

  1日平均      61.3 アクセス

 11年累計  246170   アクセス

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【発足11年目】 NEW!

戦後72年(西暦2017年)8月6日~戦後73年(西暦2018年)8月5日

  年間総数   22675(対前年比 ー272)

  1日平均    62.1(対前年比 ー0.8)

 11年累計  246170

【発足10年目】

戦後71年(西暦2016年)8月6日~戦後72年(西暦2017年)8月5日

  年間総数   22947(対前年比 ー4914)

  1日平均    62.9(対前年比 ー13.2)

 10年累計  223495

【発足9年目】

戦後70年(西暦2015年)8月6日~戦後71年(西暦2016年)8月5日

  年間総数   27861(対前年比 ー1512)

  1日平均    76.1(対前年比  ー4.4)

  9年累計  200548

【発足8年目】

戦後69年(西暦2014年)8月6日~戦後70年(西暦2015年)8月5日

  年間総数   29373(対前年比 ー5546)

  1日平均    80.5(対前年比 ー15.2)

  8年累計  172687

【発足7年目】

戦後68年(西暦2013年)8月6日~戦後69年(西暦2014年)8月5日

  年間総数   34919(対前年比 +7152)

  1日平均    95.7(対前年比 +19.6)

  7年累計  143314

【発足6年目】

戦後67年(西暦2012年)8月6日~戦後68年(西暦2013年)8月5日

  年間総数   27767(対前年比 +9388)

  1日平均    76.1(対前年比 +25.9)

  6年累計  108395

【発足5年目】

戦後66年(西暦2011年)8月6日~戦後67年(西暦2012年)8月5日

  年間総数   18379(対前年比 +1795)

  1日平均    50.2(対前年比  +4.8)

  5年累計   80628

【発足4年目】

戦後65年(西暦2010年)8月6日~戦後66年(西暦2011年)8月5日

  年間総数   16584(対前年比 +1737)

  1日平均    45.4(対前年比  +4.7)

  4年累計   62249

【発足3年目

戦後64年(西暦2009年)8月6日~戦後65年(西暦2010年)8月5日

  年間総数   14847(対前年比  +208)
 
  1日平均    40.7(対前年比  +0.6)

  3年累計   45665

【発足2年目】

戦後63年(西暦2008年)8月6日~戦後64年(西暦2009年)8月5日

  年間総数   14639(対前年比 ー1540)

  1日平均    40.1(対前年比  ー4.1

  2年累計   30818

【発足1年目】

戦後62年(西暦2007年)8月6日~戦後63年(西暦2008年)8月5日

  年間総数   16179

  1日平均    44.2

  1年累計   16179


《館長のコメント》

 この1年間のアクセス数は22675。昨年の22947に比べ272(約1.2%)減少した。1日平均のアクセス数は62.1。昨年の62.9に比べ0.8(約1.3%)減少した。この1年もアクセス数が減少したが、その減少幅はわずかとなり、約3年前に朗読漫画『花もて語れ』が終了した後の反動減はほぼ終息した。

 朗読漫画『花もて語れ』(片山ユキヲ・東百道)の『週間 BIG COMIC スピリッツ』の連載が約4年前(戦後69年/西暦2014年7月28日発売号)に完結した(第111話=最終話)。朗読漫画『花もて語れ』連載が『週間 BIG COMIC スピリッツ』に移籍した2012年5月後の約2年余、アクセス数が急増したのである。

 ブログ発足11年目の年間アクセス数(年間総数22675、1日平均62.1)は、発足後10年間の平均水準(1年平均22379.1アクセス、1日平均61.3 アクセス
)とほぼ同じだが、まだわずかに高い状態を保っている。ただ、私はアクセス数が増えること自体を目的としていないし、その増減に一喜一憂しない。

 アクセス数の増減にかかわらず、ブログの継続と充実に努めていくこと。しかし、当然、私の提唱する「感動をつくる朗読」の内容が多くの人(特に朗読に関心をもっている人)に届くようになった結果としてのアクセス数の増加を願っていること、そして日本の朗読文化の向上に資するのを望んでいること、は従来と同じである。

 従って、アクセス数を増やすことそれ自体を目的にした内容をお追い求めることはしない。しかし、私の提唱する「感動をつくる朗読」の内容を少しでも多くの人に知ってもらい、日本の朗読文化の向上に資するために、このブログの充実に努めていく点は点は今後も同じである。そういう意味でのアクセス数の増加を望んでいる。

 ブログ開設後の11年間で、アクセス数の累計が246170アクセスとなり、あと少しで25万アクセスの大台に達する。朗読というマイナーな分野に特化した、しかも、かなり高度な内容を保っているブログとしては、開設後11年間で246170アクセス、年平均22379アクセスというのは決して少ない数字ではない。

 とても熱心に読んでくださっている読者がいるという手応えを、友音に感じている。永年、熱心に朗読に取り組んできた未知の朗読者が、このブログの記事を参考にし、大いに成果をあげているという情報も入ってくる。このブログの目的の1つは、私の朗読指導内容の広範な普及である。その目的は、少しづつだが実現している。

 改めて考えてみれば当然なのだが、当初はあまり想定していなかったのは、私が朗読指導している朗読サークルの会員の皆さんが、熱心にこのブログを読んでいることである。すなわち、このブログの内容が、私の朗読レッスンを補足する役割をはたしているわけである。拙著『朗読の理論』の参考資料になっている可能性もある。

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館長の朗読日記2211/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2211  (戦後73年8月05日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月04日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第17回目。会員の半数は、10月に開催する第19回「小さな朗読館・ちば」に向けて1人1作品のレッスンを行なった。他の半数は、共通レッスン台本・宮澤賢治原作「毒蛾」のレッスンを行なった。

 まず1人1作品のレッスンを行なった。今回は早や4回目のレッスンである。1人1作品は毎回3分の1づつレッスンするから、今回は最初の3分の1の2度目のレッスンになる。この頃になると、会員の皆さんの朗読もかなり進んでくる。それに従って、私の指導もより突っ込んだものになっていく。内容的に面白くなってくる。

 朗読が仕上がってくるにつれて、基本的な細かいところが気になってくる。述語部分の表現の仕方、強調すべき言葉を強調せずにやり過ごした点などである。視点の転換をうっかりしたり、不十分であることもある。登場人物が口に出して言う「セリフ」と、内心の言葉を地の文の中で表現している部分の表現の違え方も気になる。



○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 次に共通レッスン台本・宮澤賢治原作「毒蛾」を行なった。この「毒蛾」は、今秋10月に開催する第19回「小さな朗読館・ちば」では上演しないが、年末に千葉市ハーモニープラザ主催の「ハーモニープラザフェスタ」に参加する際に上演する予定である。今回から、読み継ぎの朗読分担を会員ごとに割り振ってレッスンする。

 この作品は、主人公の文部局の巡回視学官が、自分の巡回視学についての体験を200人くらいの聴衆を相手に講演する、という設定で読み継ぐことにしている。そういう設定での朗読表現が段々とできてきた。この文部局の巡回視学官という役人の立場をどのように受けとめるかで、この作品の内容も朗読もかなり変わってくる。

 今回は、最後の「そして私は大声に笑ったのです」について質問が出た。なぜ「私は大声に笑った」のか、という質問である。私は、その場でとっさに考え、アドリブ的に解説したのだが、われながらなかなか良い解説だったと思う。会員の皆さんは、その解説が私の真剣勝負的なアドリブだとは思わなかったのではないだろうか。





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館長の朗読日記2210/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2210 (戦後73年/西暦2018年08月03日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月02日)の15時00分から船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ1の第7回目、新しいレッスン台本・向田邦子原作「父の詫び状」の第1回目である。まず、先日の第12回「小さな朗読館」における来場者、支援者、司会進行者、ゲスト出演者にお礼を言った。

 つぎに、向田邦子原作「父の詫び状」をレッスンする趣旨を、芥川龍之介原作「杜子春」のそれと比較しながら説明した。そして、会員1人1人に順々に作品の7分の1づつを朗読してもらいながら、その部分の作品世界について解説していった。最初は初読みであったから、会員の朗読についての指導ではなく、専ら解説をした。

 会員1人1人の朗読が2巡目に入ってからは、作品世界の解説だけでなく、その会員の朗読についても少しづつ指導していった。朗読の場合は、他の会員の朗読を聴き、それに対する指導内容を聴くことが、とても有用である。朗読者は、他人の朗読とは違って、自分の朗読を自分の耳で客観的に判定するのはなかなかむずかしい。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 今回は作品世界の解説を主としたので、いつもより時間的に余裕があった。そこに、ある会員から、戦前の冬の玄関先の寒さを表現しているところの地の文を3行、もう一度やりたいという提案があった。何人か同調者がいたので、思い切って全員にその部分を朗読してもらうことにした。ここは文中に間をとるべきところである。

 すなわち、寒さを表現している言葉の1つ1つを朗読した後に間をとり、その間によって直前に表現した言葉の内容を聴き手にイメージしてもらうのである。今のような猛暑の季節に、朗読によって冬の寒さを感じてもらうためには、朗読者が寒さを表わす言葉を自分のイメージや心情をこめて表現するだけでは不十分なのである。

 寒さを表現している言葉の1つ1つを朗読した後に間をとり、その間の間に聴き手自身の心の中に冬の寒さのイメージと心情をつくってもらう。これがとても大切である。聴き手自身にに冬の寒さをイメージしてもらうわけである。朗読は朗読者と聴き手の共同作業なのであり、それを通して猛暑の季節に冬の寒さを感じてもらう。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月02日)のの18時10分から、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第2期・朗読ステップ5の第3回目、新しいレッスン台本・芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」の第3回目である。今回の台本は漢字が大変むずかしい。かなりこなれてはきたが、むずかしい漢字はまだ危なっかしい。

 ある程度の朗読レベルに達している場合は、むずかしい漢字のところも余裕をもって朗読する。音読するだけでいっぱいいっぱいであったり、個人的に体調に問題があると、むずかしい漢字のところでトチったり、言い間違えたりする。朗読の上達レベルだけでなく、会員の個々の状況によって、朗読はかなり違ってくるのである。

 むずかしい漢字を読むのがあちこちとおぼつかない場合には、朗読表現的なコメントを付すことができない。音楽演奏の場合に、あちこち音程を外してしまうような場合は、音楽批評ができないのと同じである。また「語りかける語り口」が十分にできない段階での朗読には、イメージや心情の表現指導までは突っ込んでいけない。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 まだ「語りかける語り口」が十分にできない段階の会員には、ある程度まではテクニカル的な指導ができる。しかし、本当に「語っちゃう語り口」を修得させることはむずかしい。それを修得するためには、一種のコツを自ら会得する必要があるからである。会員によっては、スッとできる場合もある。できない会員は大変である。

 本当に「語っちゃう語り口」がほぼ出来てきた会員には、いよいよ本格的なイメージ表現や心情表現の指導に突っ込んでいく。このサークルにも、そのような会員が数人いる。そういう会員に対する最近の私の指導の重点は、地の文を表現するときの朗読者の心情をどのようにつくっていくか、というところにある。これが面白い。

 作品世界の「解読」の仕方、1つ1つの言葉や文や文章の意味と表現の流れ、その他の課題が満載だからである。それらに関する私の指導を他の会員にも真剣に聴いてもらうことが重要である。なぜなら、それが「語っちゃう語り口」の土台になるからである。自分の言葉で朗読するということは、単に技術的な問題だけではない。








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館長の朗読指導メモ 98/日本の朗読文化の水準と館長の朗読活動(その3)

館長の朗読指導メモ 98   (戦後73年08月02日)



日本の朗読文化の水準と館長の朗読活動(その3)



○朗読の指導はどこに重点をおくべきか(1)

 この問題を考える場合、朗読の初心者が朗読的技術という点でどのようなレベルにあるか、ということを的確に理解することが大切である。これを、ピアノの初心者がピアノの演奏技術という点でどのようなレベルにあるか、ということと比較しながら考えてみよう。ピアノの初心者はピアノの演奏がほとんどまったくできない。すなわち演奏技術がほとんど皆無なのである。

 また、ピアノの初心者は、ピアノ作品の楽譜をほどんどまったく読めない。すなわち、作曲家が作曲した音楽作品の楽譜を見ても、そこに記されている楽譜を演奏するとどのような楽曲が聴こえてくるかということが分からない。当然、その音楽作品に作曲家がどのような曲想や楽想や思想を込めているか、などをイメージすることなどはほとんどまったくできないのである。

 朗読の場合はこの点の事情がまったく異なる。普通の日本の成人なら誰でも日本語の音声言語表現の達人といってよい。ピアノでいえばプロのピアニスト並みの実力がある。また、普通の日本の成人なら、皆、作家が創作した文学作品の文字言語を読むことなどすぐできる。そこに描かれている登場人物や場面も、作家がその文学作品で何を言いたいのかもかなり理解できる。



○朗読の指導はどこに重点をおくべきか(2)

 結局、たとえ朗読の初心者であっても、アクセント、イントネーション、発声、発語などの、日本語の音声言語表現の基本的なレベルを指導するなどということは、いわば釈迦に説法なのである。もちろん、ごく厳密な意味では間違ったりズレているかも知れない。しかし、現実の生活で問題がない程度には修得できているはずである。そうでなければ実際に生活できないのだから。

 朗読の演技の本質的な意味は、文字言語で表現されている文学作品の作品世界を朗読者の音声言語で再表現するところにある。朗読者が自分の朗読で再表現しようとしている文学作品には、複数の登場人物がそれぞれのセリフを表現する。さらに、文学作品の原作者までが地の文で表現している。朗読の場合は、原則として、1人の朗読者がその総てを1人の朗読で表現する。

 文学作品においては、表現主体である登場人物と原作者の視点は、空間的、時間的、表現主体的、あるいは、その内面的にも、まさに自在に転換される。それに伴ない、表現されている場面も空間的、時間的に自在に転換している。そのような作品世界を舞台上に視覚的に表現することは不可能である。朗読が表現するものは、視覚的な作品世界ではなくイメージなのである。



○朗読の指導はどこに重点をおくべきか(3)

 結局、朗読においては、たとえ観客を前にした舞台の上で朗読する場合であっても、演劇的な意味での視覚的な作品世界を舞台の上に表現することは無意味なのである。無意味どころか、かえって観客のイメージづくりを邪魔してしまう危険さえある。もし視覚的効果や音響的効果を考えるとすれば、観客のイメージづくりを助長することを目的とする方向が良いと思われる。

 それでは、朗読の指導はどこに重点をおくべきか。まず、土台となるのは文学作品の作品世界を的確に解読し、そのイメージを的確に想像・創造する力を修得させることである。ピアノ演奏でいえば、音楽作品の曲想や楽想や思想を読みとる力を修得させることである。重要なのは、そのための視点と方法(クラシック音楽でいえばアナリーゼの方法)を指導することである。

 朗読の表現技術という点では、日本の成人ならば、当人が現実の生活の場で駆使している日本語の音声言語の表現技術以上のものはない。問題は、他人(=原作者)が書いた文学作品を朗読する場で、当人のその表現技術を十全に発揮させる点にある。これが想像以上にむずかしい。すなわち、自分の言葉で自然な「語りかける語り口」で朗読するように指導することである。






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最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第183版

最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第183版

                  (戦後73年08月01日 更新)



【カレンダー】



●戦後73年(西暦2018年)




8月23日(木)夏季朗読特別講座「やまなし」(第1日目)
 /船橋朗読サークル「はなみずき」第2期生有志企画

8月30日(木)夏季朗読特別講座「やまなし」(第2日目)
 /船橋朗読サークル「はなみずき」第2期生有志企画

9月22日(土)「新・みちの会」朗読発表会「星の王子さま」
 /八千代朗読サークル「新・みちの会」主催

10月14日(日)第19回「小さな朗読館・ちば」 NEW!
 /千葉朗読サークル「風」主催

11月28日(水)第13回「小さな朗読館~感動をつくる朗読をめざして~」 NEW!
 /感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会主催



【くわしいご案内】



●戦後73年(西暦2018年)



夏季朗読特別講座「やまなし」(第1日目)

〔日時〕戦後73年(西暦2018年)8月23日(木)
     13時30分~16時30分

〔会場〕船橋市海神公民館(京成本線 海神駅 下車徒歩1分)

〔講師〕東 百道(ひがし・ももじ)/感動をつくる・日本朗読館

〔内容〕第1日目

・宮澤賢治原作「やまなし」の解読
・ミニレッスン「やまなし」

〔参加〕東百道が指導する朗読サークルの会員のうちの希望者

〔料金〕

・受講料 3000円(全2日分)
・会場費 500円(清算後に残金を後日返金予定)

〔企画〕船橋朗読サークル「はなみずき」第2期生有志

〔幹事〕村木(047-462-8050
     飯野(090-8508-3799)



夏季朗読特別講座「やまなし」(第2日目)

〔日時〕戦後73年(西暦2018年)8月30日(木)
      13時30分~16時30分

〔会場〕船橋市海神公民館(京成本線 海神駅 下車徒歩1分)

〔講師〕東 百道(ひがし・ももじ)/感動をつくる・日本朗読館

〔内容〕第2日目

・ミニ朗読発表会「やまなし」
・講評/東百道

〔参加〕東百道が指導する朗読サークルの会員のうちの希望者

〔企画〕船橋朗読サークル「はなみずき」第2期生有志

〔幹事〕村木(047-462-8050
     飯野(090-8508-3799)



八千代朗読サークル「新・みちの会」朗読発表会「星の王子さま」

〔日時〕戦後73年(西暦2018年)9月22日(土)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕八千代市勝田台文化センター 3階 ホール

〔交通〕京成本線/東葉高速線 勝田台駅より徒歩5分

〔出演〕

植本眞弓、江本なつみ、小畑勝彦、倉林成年、篠原知恵子、竹川則子、中島浩美、丸山節子、山上さつき、山村弥生、吉﨑瑠璃子、渡辺澄子(五十音順/八千代朗読サークル「新・みちの会」会員)

〔プログラム〕

第1部 「星の王子さま」第1部
       <休憩>
第2部 「星の王子さま」第2部   

〔朗読指導・演出〕 東 百道(ひがし・ももじ)

〔参加〕入場無料(全席自由)

〔主催〕八千代朗読サークル「新・みちの会」

〔後援〕八千代市教育員会

〔問合せ先〕043-253-4977(小畑勝彦)

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047-487-3721 (東)



第19回「小さな朗読館・ちば」 NEW!

〔日時〕戦後73年(2018年)10月14日(日)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕千葉市ハーモニープラザ・3Fイベントホール

〔プログラム〕

1「モチモチの木」斎藤隆介原作       森本 依里
2「小さい太郎の悲しみ」新実南吉原作   松尾佐智世                
3「黄色いスカーフ」安房直子原作      細川美智子
4「どんぐりと山猫」宮澤賢治原作        杉山佐智子                
5「つる」大川悦生原作                 大島 範子                
                <休 憩>
6「私とヌク」佐々木丞平原作            石田 幸子
7「また明日・・・」小川洋子原作           藤田多恵子
8「著物」幸田文原作                   内田 升子
9「粋人」太宰治原作                  吉永裕恵子

〔朗読指導〕 東 百道

〔主催〕千葉朗読サークル「風」

〔参加〕入場無料(全席自由)

〔問合せ&申込み先〕043(294)2766/森川

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047(487)3721 (東)





第13回「小さな朗読~感動をつくる朗読をめざして~」 NEW!

〔日時〕戦後73年(西暦2018年)11月28日(水)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市市民文化創造館(きららホール)

〔プログラム〕

1「ひのきとひなげし」宮澤賢治原作     竹川則子
2「草履」幸田文原作                高木幸恵
3「虎」久米正雄原作               内嶋きみ江
                  <休 憩>
4「流人えびす」さねとう あきら原作      志村葉子
5「心中」森鴎外原作(森鴎外シリーズ3)    東 百道

〔司会進行〕飯野由貴子

〔主宰〕 東 百道(ひがし・ももじ)

〔主催〕感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会

〔参加〕入場料1000円(会場受付/全席自由)

〔申込〕当日券もありますが満席になりしだい消防法のために締め切りとなります
     出来るだけ事前にお電話でお申し込みください
     047-487-3721(東/ひがし)








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