« 館長の朗読日記2231/朗読におけるバック音楽としてのピアノ演奏について | トップページ | 最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第184版 »

館長の朗読日記2232/溝口直彦先生の没後10年によせて

館長の朗読日記2232  (戦後73年9月26日 新規)



○溝口直彦先生の没後10年によせて(1)

 猛暑の夏もようやく過ぎて、今年も秋分の境を越した。暑さ寒さも彼岸までというが、暑さが和らぐどころか、今日などは肌寒いほどであった。彼岸だからというわけでもないが、家人が香典記録を見ながら「溝口先生が亡くなったのは平成20年だったのね」と言った。溝口先生が亡くなって早や10年が経ったわけである。

 溝口直彦先生は、私に朗読を初めて教えくださった朗読上の恩師である。私には直接的・間接的な恩師が他に何人かいるが、そのほとんどは亡くなっている。私の死生観は、吉本隆明の感化で、人間は「死ねば死に切り」というものである。従って、恩師たちの死後の年数を気にしたことはない。溝口先生の場合も同様である。

 しかし、早くも10年が経ってしまったかという感慨は、やはり私の胸中に湧いてきた。こういう場合、このブログに「館長の朗読日記」を掲載していたのは役に立つ。すぐに、戦後63年(西暦2008年)2月03日に掲載した「館長の朗読日記 105」の中に「溝口直彦先生の逝去について」という記述を見い出した。



○溝口直彦先生の没後10年によせて(2)

 溝口直彦先生が逝去されたのは、戦後63年(西暦2008年)1月31日である。享年86歳であった。告別式は2日後の2月02日に行なわれている。現在、山梨県は朗読が非常に盛んであるが、その最初の種を蒔いたのが溝口直彦先生であった。さらに、土地を耕して朗読の種を数多く増やしたのが河野司先生であった。

 その河野司先生は、溝口直彦先生が逝去された前の年、すなわち戦後62年(西暦2007年)の11月に66歳で亡くなった。すなわち、その時点で現在の山梨県の朗読を隆盛に導いた2人の朗読指導者が相継いで亡くなったのである。その2人の朗読指導者の後継者が、山梨県の朗読の隆盛を守って支えているわけである。

 今年の彼岸もようやく過ぎて、予想以上に涼しくなって、私も柄に無く感傷的になったようである。今日はふとしたきっかけで10年前の「館長の朗読日記」を読み返し、溝口直彦先生と河野司先生のことを思い返してしまった。特に、河野司先生の享年66歳というのは残念だ。後10年あったら、どんなに良かったことか。








|

« 館長の朗読日記2231/朗読におけるバック音楽としてのピアノ演奏について | トップページ | 最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第184版 »

05館長の朗読日記(戦後73年/西暦2018年)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 館長の朗読日記2231/朗読におけるバック音楽としてのピアノ演奏について | トップページ | 最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第184版 »