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館長の朗読日記2224/ちょっとした秋休み(後)

館長の朗読日記2224 (戦後73年/西暦2018年09月12日 新規)



○ちょっとした秋休み(3)

 このちょっとした秋休み(9月07日から9月12日までの6日間)も今日が最後である。その後半にやったこと、やっていること、考えてきたことを簡単に記しておく。まず、単行本『朗読の上達法』の執筆を再開した。ただし、これまで執筆した内容を読み返し、全体の構想を見直すことをやったに過ぎない。本格的な執筆再開はこれからである。

 つぎに、今年11月に開催する第13回「小さな朗読館」の広報をしてもらうよう色々と手配した。千葉県域の『地域新聞』のイベント情報欄に掲載を申し込んだ。また、前回の第12回「小さな朗読館」のときに先方からイベント情報掲載の打診があったので掲載をお願いした『船橋よみうり』に、今回はこちらからチラシを送って掲載を依頼した。

 その第13回「小さな朗読館」(11月28日公演)に、私は森鴎外原作「心中」を朗読するので、その練習もした。さらに、再来年の「小さな朗読館」に朗読する文学作品をいろいろと検討した。来年は、岡本綺堂シリーズと決め、シリーズとして朗読する3つの文学作品もすでに選定済みである。しかし、再来年の作家のシリーズは検討中である。



○ちょっとした秋休み(4)

 自分が朗読する作品だけでなく、朗読サークルが朗読発表会で上演する文学作品についても、その選考過程で色々と相談されることがある。朗読サークルが選考した複数の候補作品に眼を通すこともある。そのように、色々な文学作品に眼を通す過程で、感じたことがある。すなわち、文学作品には1回読めば十分という作品があるということである。

 その反対に、何回読み返しても面白い作品もある。それでは1回読めば十分という作品が面白くないかといえば、それが必ずしもそうではない。たしかに1回目に読んだときは面白いのである。しかし、2度読む気にはなれないという感じなのである。逆に、何回読み返しても面白い作品が、複雑で非凡で高尚な内容かというと必ずしもそうではない。

 これは、必ずしも私の主観的な判断ではない。朗読サークルの会員の大多数も同じ判断なのである。そういう判断の根拠はなんなのだろうか。読み手の側の好き嫌いというのとはちょっと違う。作家のネームバリューというのとも違う気がする。こういう場合の読み手の判断を分ける原因は、文学作品の方にあることは間違いない。面白い問題である。




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