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2018年10月

館長の朗読日記2253/今日で今年の10月も終わりである

館長の朗読日記2253  (戦後73年10月31日 新規)


○今日で今年の10月も終わりである(1)

 今日は10月31日、今日で今年の10月も終わりである。今年も、残るはあと2ヶ月である。近年は1年の経つのが実に速く感じられる。この時期になると、毎年、そろそろ年賀状の準備が気になってくる。ところが、今年は、その年賀状よりさらに1ヶ月早く喪中の挨拶状の準備をしなければならなかった。思わず溜息が出る。

 それとは別に、永年私の懸案事項だった、大きな2本のライフワークにケリをつけることができた。その1本は、最終論稿を今年の8月末に書きあげることができた。もう1本は、単行本用の原稿の最終校正(執筆者校正)を今月10月末に完了することができた。どちらとも、ここ数10年来の、私の最重要の懸案事項であった。

 大変遅くなったが、来月11月からは、心機一転して『朗読の上達法』『芥川龍之介の文学的軌跡』の執筆に取り掛かることができる。その他に本来のライフワークの3本目が残っているので、その論稿の研究&執筆も併行しておこなっていくつもりである。いずれも、しばらく手を放していたので、ウォーミングアップを要する。



○今日で今年の10月も終わりである(2)

 その他にも、ぜひ取り組みたいことがある。それは、夏目漱石の『坊ちゃん』を2時間で朗読できる台本にするように検討することである。その台本化とは、せっかくの名作をあちこち切り刻むようなカットをすることではない。たとえば、いくつかの章を選択し、それらを何らかの形でつなぎ合わせて朗読するような形式である。

 もし、この台本化がうまくいけば、夏目漱石の他の作品、例えば『門』『道草』『心』なども次々とと台本化できるかも知れない。もちろん、うまくいかないかもしれない、が。この夏目漱石の読み継ぎ形式による朗読上演は、先の大戦の体験的悲劇を読み継ぎ形式によって朗読上演することと並んで、従来からの私の夢であった。

 実は、この夏目漱石の『坊ちゃん』を朗読発表会用に台本化することは、品川朗読サークル「あやの会」が来年5月に開催する朗読発表会に向けて内部提案された案件であった。私は、自分の従来の夢であったその台本化を、わずか1~2ヶ月の短期間にやってもらいたくなかったので、再来年の朗読発表会まで順延してもらった。






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館長の朗読日記2252/朗読発表会用の朗読台本の作成について

館長の朗読日記2252  (戦後73年10月30日 新規)



○朗読発表会用の朗読台本の作成について(1)

 朗読指導を始めてからしばらくは、朗読発表会用の朗読台本を私が作成していた。しかし、各朗読サークルのレベルが上がってくるにつれて、原作選びから台本作りまで各朗読サークルが自立的にやるようになってきている。しかし、今回は、私が船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読発表会用台本「恩讐の彼方に」を作成した。

 なぜならば、この「恩讐の彼方に」はかつて千葉朗読サークル「風」が朗読サークルで上演した台本であり、そのときは私が作成したのである。その関係で、この台本の版下のデータは私のパソコンに保存されていたからである。これは品川朗読サークル「あやの会」の朗読発表会用台本「ユタとふしぎな仲間たち」も同じである。

 この「ユタとふしぎな仲間たち」は、かつて習志野朗読サークル「茜」が朗読発表会で上演した作品である。このときも、この台本は私が作成した。そのために、この台本の版下のデータは私のパソコンに保存されているのである。そこで、昨日と今日の両日をかけて、この「ユタとふしぎな仲間たち」の台本を作成したのである。



○朗読発表会用の朗読台本の作成について(2)

 今回の「恩讐の彼方に」と「ユタとふしぎな仲間たち」には、私にもある想い入れがある。千葉朗読サークル「風」が上演した「恩讐の彼方に」は、全体的にはまあまあの出来栄えであったが、あちこちで意に満たないところがあった。来年の船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読発表会ではさらなるレベルアップを期している。

 習志野朗読サークル「茜」が上演した「ユタとふしぎな仲間たち」については、さらにその想いが強い。正直いって、当時の習志野朗読サークル「茜」は朗読レベルが低い水準に止まっていた。そのために、本来は大変に面白い作品世界であるはずの「ユタとふしぎな仲間たち」が、さっぱり面白くない朗読作品になってしまった。

 当時の習志野朗読サークル「茜」は第1期の段階であったが、現在の品川朗読サークル「あやの会」は第3期の段階に入っている。とにかく、朗読のレベルがまるで違っている。来年の品川朗読サークル「あやの会」では、この作品の本来の面白さを朗読表現し、私にとっての朗読的リベンジを果たしてくれることを期待している。







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館長の朗読日記2251/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2251  (戦後73年10月28日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月27日)の13時30分から八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ4の第2回目、レッスン台本・藤沢周平原作「白い顔」(藤沢周平『三屋清左衛門残日録』から)の第2回目のレッスンである。今回も短い例文をもとに「語り口」の基本について話した。

 現在、構想&執筆中の私の次著『朗読の上達法』においては、この「語り口」の基本構造をキチンと説明しようと考えている。今回のように、実際にレッスン中の台本の中から短い例文を選び、それを題材として日本人の「自然な語り口」の基本構造を説明する試みを、各サークルのレッスンでしばらく続けてみようと思っている。

 今やっている説明の仕方が、もっとも基本的であり体系的ではないかと考えているからである。幸い、この「新・みちの会」のレッスンには、放送アナウンサー系の朗読指導者について永年朗読に取組んできた高いレベルの朗読者が半年ほど参加することになっている。この方の反応を参考に説明の仕方を試行しようと思っている。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 今回のレッスン台本「白い顔」は、朗読ステップ4にふさわしいと考えて選んだ台本である。朗読ステップ4を一言でいえば、演出者の立場から朗読に取り組む段階ということである。そこで、この「白い顔」も演出者の立場から、作品世界の各場面を生き生きととらえ、ドラマチックに朗読することを課題にしようと思っている。

 会員の皆さんは、そのほとんどがよく自宅練習を重ねてくる。今回は、この台本の2回目であるから、すでにかなり読み込んだ朗読表現になってきている。今後は、さらにドラマチックな朗読表現ができるようになっていくと思う。そういう意味で、この「白い顔」はいくらでもドラマチックに朗読表現できる作品だと考えている。

 レッスン後に、次回(来年9月)の朗読発表会のことなどについて、会員の皆さんの打合せがあった。上演形式として、大きな作品の読み継ぎ形式か、短い作品の1人1作品形式か、という議論もあった。この点については、当面は、大きな作品の読み継ぎ形式で上演することに決まった。その他の議論も、いろいろと楽しかった。









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館長の朗読日記2250/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2250  (戦後73年10月26日 新規)



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月25日)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ1の第14回目、来年2月に開催する朗読発表会「あん」のレッスンの第3回目である。この作品は、前半(第1部)と後半(第2部)の2部構成である。今回は前半(第2部)の第2回目である。

 このサークルは、第1期生が4人、第2期生が7人、第3期生が1人という会員構成である。第1期生は朗読ステップ1~6の朗読レッスンをまるまる2回受講しているし、第2期生も朗読ステップ1~6の朗読レッスンをまる1回受講している。したがって、語り口の基本はほぼ修得できているし、朗読自体もかなり上達している。

 第3期生の1人もまったくの初心者ではないようなレベルの朗読をしている。そのために、サークル全体の朗読レベルはかなり高くなってきた、といってよいと思う。そういうレベルのサークルでは、第2回目のレッスンになるとかなり仕上がった朗読になってくる。そこで、私の指導もその作品世界に突っ込んだ内容になっていく。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 このサークルは、全体的に真面目で熱心な雰囲気がある。作品解読も朗読表現も、コツコツと1つ1つ積み上げていくような感じである。しかし、全体的なレベルが上がってくると、徐々に自分の意見を主張するようになってくる。しかも、仲間意識も強くなってきているから、仲間同士で助け合いながら自分たちの意見を主張する。

 身びいき的な仲間意識はあまり好ましくないが、仲間同士が啓発し合いながら自分たちの見解を高め、深め、主張すべきは主張することは大変に好ましい。近年は、対外的な朗読活動も自発・自立的にドシドシと企画&実行している。その核となり推進役となっているのは4人の第1期生のようである。今後も頑張っていって欲しい。

 他のサークルも同じだが、このレベルのサークル会員たちに望みたいのは、文学作品に書かれている文字言語の表現的な流れをもっと深く自分事(わがこと)として読み取ること、原作者が表現している言葉(のイメージ)に対してもっと注意深く敏感になること、である。朗読は文字言語と音声言語の間に架け橋をかけるのだから。











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館長の朗読日記2249/朗読くらぶ「満天星」第7回LIVEを聴きに行った

館長の朗読日記2249 (戦後73年/西暦2018年10月25日 新規)



○朗読くらぶ「満天星」第7回LIVEを聴きに行った(1)

 昨日(10月24日)は、12時30分開場、13時00分開演の朗読くらぶ「満天星」第7回LIVEを聴きに行った。会場は八千代市勝田台文化センター・ホールである。この朗読くらぶ「満天星」のメンバーは7人であるが、その7人の内訳は八千代朗読サークル「新・みちの会」の元会員6人と現会員1人からなっている。

 その全員が、八千代朗読サークル「新・みちの会」の最古参、第1期生である。八千代朗読サークル「新・みちの会」の現在の第1期生は、朗読くらぶ「満天星」のメンバー1人を加えて3人と少数になっている。しかも、その1人は体調を崩して長期休会中である。その代り、朗読くらぶ「満天星」の元会員6人が頑張っている。

 すなわち、私が初めて立ち上げたこの八千代朗読サークル「新・みちの会」においては、その後のまる15年間、最初の会員(第1期生)が9人(そのうちの1人は現在その朗読活動を休止中だが)も朗読を継続し、定期的な朗読会を公演してきたことになる。事情があって退会したが、元会員の6人とも良好な関係を保っている。



○朗読くらぶ「満天星」第7回LIVEを聴きに行った(2)

 例えば、八千代朗読サークル「新・みちの会」と朗読くらぶ「満天星」は、互いの朗読会で会場の受付を引き受けている。今回の朗読くらぶ「満天星」第7回LIVEでも、八千代朗読サークル「新・みちの会」のほとんどの会員(8~9人)が会場の受付席に並んでいた。他の朗読サークルの会員も、数多く観客として来ていた。

 今回の観客数は200人を超えていた(客席数264席)。ほぼ満席に近い大盛況であった。私が指導する朗読サークルの朗読会は、一般の観客にも聴いていただく公演であるが、主目的は1年間の朗読レッスンの成果発表であり、その意味で朗読レッスンの一環である。多くの観客に聴いていただきたいが、集客が目的ではない。

 しかし、朗読くらぶ「満天星」の場合は、朗読練習や仲間同士の親睦ももちろん大切な目的だが、年1回開催する朗読会もそれ自体が大きな目的である。したがって集客にかける意気込みや努力は大変なものがある。今回の大盛況も、これまでの7年間に積み上げてきたそういう努力の結果なのである。実に素晴らしいことである。



○朗読くらぶ「満天星」第7回LIVEを聴きに行った(3)

 朗読くらぶ「満天星」は、朗読会の企画、公演準備、朗読練習、会場運営その他一切を自立的におこなっている。私自身は、広報用のチラシを私が指導している各朗読サークルに配布を依頼されるくらいである。その他は一切関与していない。そういう朗読会を聴きに行く場合は、私はもっぱら朗読を楽しく聴くことに徹している。

 ただし、そうはいっても、やはり元指導者としての立場は離れがたいものがあるようである。加えて、朗読指導法を研究している者として、やはりそういう研究者の立場からの観察をどうしてもしてしまう。私は出演者全員のこれまでの上達プロセスをつぶさに知っているし、退会後の朗読ぶりも昨年以外は毎年聴いて知っている。

 その上で、今回の各メンバーの朗読を聴くと、それぞれの朗読に対するこれまでの取り組み方や、朗読上達(および部分的な退化)の経緯、および、現時点の到達点と課題なども手に取るように分かるのである。これらは大いに今後の私の朗読指導の参考になるし、今、構想&執筆中の次著『朗読の上達法』の参考にもなると思う。



○朗読くらぶ「満天星」第7回LIVEを聴きに行った(4)

 朗読くらぶ「満天星」第7回LIVEの途中の休憩時間に、会場ロビーで濵﨑俊文さんという方から声をかけていただいた。いただいた名刺には「NHK文化センター 朗読講座 講師」と記されている。拙著『朗読の理論』と私が朗読協力・朗読原案者として参画した朗読漫画『花もて語れ』を読んでいただいたとのことである。

 また、来月11月28日に開催する第13回「小さな朗読館」のチケットも予約してくださった。その場で「視点の転換」のことなど、いろいろとお話しを交わすことができた。私は、さらにお話しをうかがいたかったので、休憩後の後半の朗読の間中も席を並べていただいた。その間、朗読の合間に、短いお話をいろいろ伺った。

 濵﨑俊文さんの朗読指導を受けている何人かの方々とごいっしょのご様子だったし、私も私が指導する朗読サークルの現会員や元会員との応接にまぎれてしまって、終演後はお話しする機会がなかった。いずれ、ゆっくりと朗読談義をする機会があることを願っている。今後も放送アナウンサー系朗読指導者との交流を望んでいる。






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館長の朗読日記2248/茜浜ホールの下見その他もろもろ

館長の朗読日記2248 (戦後73年/西暦2018年10月23日 新規)



○茜浜ホールの下見その他もろもろ(1)

 昨日(10月22日)の午前10時に、習志野朗読サークル「茜」の代表など会員3人と私が茜浜ホールの現地に待ち合わせ、第5回「小さな朗読館・ならしの」(来年6月に開催予定)の会場候補として茜浜ホールの会場を下見した。会場は築12年であるが、とてもきれいで広さもちょうど良かった(客席数約100席)。

 ホールは多目的なので、客席はパイプ椅子を並べなければならない。舞台も移動組立式で、その点は船橋市民文化創造館(きららホール)と同じである。バック照明はないが、出演者を照らすための舞台照明は配備されている。音響設備も一応整っていた。緞帳はないが、控室はあって、通常はピアノがその一角に収納されている。

 JR京葉線の新習志野駅から徒歩3分であるが、私の自宅から電車で行くとなるとかなり大回りになる。今回は車で行った。JR京葉線に近い人には、交通の便がとても良いと思う。習志野朗読サークル「茜」の代表など会員3人は大乗り気であった。サークルとしての最終の決定は、次回のレッスンのときに下されると思われる。



○茜浜ホールの下見その他もろもろ(2)

 帰宅後、本来のライフワークに取り組んだり、受信したメールに返信を書いて発信したりした。また、気分直しを兼ねて、喪中の挨拶状の宛名書きをしたりした。その宛名書きは大まかにいって、朗読サークルの会員宛てが2分の1、朗読関係者宛てが4分の1、その他の親類縁者や知人友人宛てが4分の1という案配であろうか。

 朗読レッスン用のレッスン台本のプリント・アウトと製本が、3本分あるのだが、一旦やりだすとけっこう面倒であり時間もかかるので、なかなかやりだす踏ん切りがつかない。うっかりすると、そのまま忘れてしまうこともあるので、何となくいつも気がかりではある。会員の出入りに合わせて名簿も作り直さなければならない。

 そういえば、車の車検も11月中にやらなければならないから、その事前見積りと車検予約をしておく必要がある。今のところ、千葉市の「風」と「わかば」の朗読レッスンには車で出かけている。そうそう、来月11月28日には第13回「小さな朗読館」を開催するが、年3回の開催月には歯の定期検診にいくことにしている。






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館長の朗読日記2247/朗読に関するもろもろの作業

館長の朗読日記2247 (戦後73年/西暦2018年10月22日 新規)



○朗読に関するもろもろの作業(1)

 一昨日(10月20日)は、本来ならば千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンをおこなうべき日なのだが、日にちをずらして第19回「小さなン朗読館・ちば」を開催したため、この日のレッスンは無くなった。昨日(10月21日)は日曜日であり、もともと休日であった。そこでこの週末は久しぶりに2日間の休日となった。

 次著『朗読の上達法』の執筆の準備のために、拙著『朗読の理論』を読み直したりした。また、朗読発表会に向けた台本についての作業もした。船橋朗読サークル「はなみずき」が、本来は来年4月にやる朗読発表会を5月に延期して、読み継ぎ形式で菊池寛原作「恩讐の彼方に」を上演する。その読み継ぎの朗読分担を検討した。

 品川朗読サークル「あやの会」も、来年5月の朗読発表会で三浦哲郎原作「ユタと不思議な仲間たち」をやはり読み継ぎ形式で上演する。その台本づくりの作業を少しやった。このサークルは、夏目漱石原作「坊ちゃん」を読み継ぐ企画案も出たのだが、朗読時間を2時間にするカットは1年かけて慎重にやってもらうことにした。



○朗読に関するもろもろの作業(2)

 朗読発表会で1人1作品形式で朗読を上演するサークルの場合、その1人1作品はサークルの会員自身に選んでもらうし、私を含めた全員分の台本も作成してもらうことにしている。しかし、新規入会者の場合はまだ不慣れであろうから、最初の朗読作品は斎藤隆介の童話作品から私が選び、その台本も私が作成することにしている。

 大田朗読サークル「くすのき」の次の「おさらい会」には新規入会者2人が斎藤隆介の童話を朗読する。習志野朗読サークル「茜」の次の朗読発表会には新規入会者1人が斎藤隆介の童話を朗読する。千葉朗読サークル「風」の来年の「小さな朗読館・ちば」にも新規入会者1人が斎藤隆介の童話を朗読する。それらを私が選定する。

 今年の3月に私の実兄が亡くなった。したがって、年内に喪中の挨拶状を作成し、郵送しなければならない。今回はその喪中の挨拶状の印刷を最寄りの郵便局に発注した。その印刷が出来上がって、昨日の午前中に配送されてきた。これから、少しづつ宛先を書いていくつもりである。私の場合はそのほとんどが朗読の関係者である。










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館長の朗読日記2246/館長の当面の大まかな予定

館長の朗読日記2246 (戦後73年/西暦2018年10月20日 新規)



○館長の当面の大まかな予定(1)

 今年も10月の下旬になった。私の朗読に関する予定は月2回の各朗読サークルの朗読レッスンが主軸となっている。ただし、年末12月はその朗読レッスンも月1回に減らしており、気分は年末始の朗読レッスン休み(冬休み)になっていく。実質的な朗読収めは11月末に開催する第13回「小さな朗読館」ということになる。

 そこで、私自身の心覚えのためにも、また、この時期の私の行動記録のためにも、この10月下旬から11月末までの大まかな予定を記しておこうと思う。ただし、朗読における私の行動パターンは、毎年同じようにエンドレスにくり返されていく。したがって、常に先へ先へと次のための準備をしていく行動の予定になっている。



○館長の当面の大まかな予定(2)

 10月下旬の予定は以下のとおりである。

・10月22日/習志野「茜」の朗読発表会用会場(茜浜ホール)の下見
・10月24日/朗読くらぶ「満天星」朗読会の鑑賞
・10月25日/千葉「わかば」の朗読レッスン
・10月27日/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン
・10月31日/第13回「小さな朗読館」のリハーサル



○私の当面の大まかな予定(3)

 11月の予定は以下のとおりである。

・11月01日/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン
         船橋「はなみずき」の朗読発表会用台本配布&朗読分担通知
・11月03日/千葉「風」の朗読レッスン&朗読発表会打上会
・11月06日/品川「あやの会」と大田「くすのき」の朗読レッスン
・11月08日/千葉「わかば」の朗読レッスン
・11月10日/「きららホール」会場予約申し込み(第16回「小さな朗読館」用)
         八千代「新・みちの会」の朗読レッスン
・11月15日/船橋「はなみずき」と習志「茜」の朗読レッスン
・11月17日/千葉「風」の朗読レッスン
・11月20日/品川「あやの会」と大田「くすのき」の朗読レッスン
         大田「くすのき」の「おさらい会」用台本の配布(新規入会者のみ)
・11月22日/千葉「わかば」の朗読レッスン
・11月24日/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン
・11月28日/第13回「小さな朗読館」主宰




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館長の朗読日記2245/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2245 (戦後73年/西暦2018年10月19日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月18日)の15時00分から船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ1の第11回目、レッスン台本・向田邦子原作「父の詫び状」の第5回目である。次回はこのレッスン台本の第6回目、最後の仕上げの通し読みである。その次からは朗読発表会用の台本となる。

 前回は、例文「その時、私は『お母さん』と言った」を用いて、日本語の共通語(=標準語)における「語り口」のごく基本的な問題を解説した。今回は、レッスン台本「父の詫び状」の中にある短めの文を選んで、同じような解説をした。私の解説で、果たして会員の皆さんが十分納得したか否かを、確認したかったからである。

 その最中に、最近入会した会員が、以前朗読を習っていた声優系の指導者から「2字目を切り上げる」ように指導された、という話しを披露してくれた。このときの私の解説の中でも、私が「2音目をくっきり上げる」ことの重要性を強調したのだが、それに関連してその話しをしてくれたのである。私は「なるほど!」と思った。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 この「2字目を切り上げる」という言い方が、声優系の音声言語表現における一般的な教訓になっているのかどうかは分からない。いずれ調べてみようと思っているが、今のところは不明である。名古屋の方の狂言の世界では「2音目をくっきり上げると、言葉が観客の心に届く」というような教訓が、代々伝えられているという。

 前回も記したが、このような教訓は、日本語の音声言語(=話声言語)における「語り口」のアナリーゼ(分析)の一端であり、その成果の真髄を端的に表現したものなのである。普通の日本人はこうした「語り口」を無意識におこなっている。無意識におこなっているために、朗読の場では意識しないとそういう表現ができない。

 したがって、朗読のレッスンでは、無意識ではできない表現を、最初は意識して表現するように指導する。そして、そういう表現が身について、無意識にできるまで、指導する。現実の場では、会員たちは無意識でそういう表現をしているのだから、いわば「無意識」→「意識」→「無意識」のプロセスをたどっていくことになる。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月18日)の18時10分から、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第2期・朗読ステップ5の第7回目、今回から新しいレッスン台本・山本周五郎原作「狐」のレッスンを開始した。今回は、その第1回目でもある。前の「或日の大石内蔵助」は言葉がむずかしく会員は歯をかいていた。

 そこで今回は、同じ時代物ではあるが、言葉のやさしい山本周五郎原作「狐」を選んだのである。ところが、なかには予習をして来なかった会員もいて、たどたどし語り口で朗読している。私は、国語の先生ではないから、漢字の読み方などは指導しない。また私は放送アナウンサーではないから、アクセントの指導などはしない。

 したがって、事前に配布してあるレッスン台本を、事前の予習もせずにレッスンに参加して、たどたどしい音読をされたのでは、どうにも「感動をつくる朗読」をめざした朗読指導のしようがないのである。せいぜい「ちゃんと漢字やアクセントの予習をしてきてください」という、指導にもならない指導をすることしかできない。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 このサークルにも、前回、例文「その時、私は『お母さん』と言った」を用いて、日本語の共通語(=標準語)における「語り口」のごく基本的な問題を解説した。今回は、山本周五郎原作「狐」の中にある短めの文を選んで黒板(白板)に書き、符号をつけて解説した。会員の皆さんが果たしてどのくらい納得したか分からない。

 声優系の指導という「2字目を切り上げる」は、分かりやすかったようである。元々、このサークルの会員の朗読には「2字目」が「切り上げない」表現が多々あった。その点を指摘しながら、痛感したのは、この「2字目を切り上げる」という教訓と、私の「2音目をくっきり上げる」は似て非なるものであるということだった。

 声優系の「2字目を切り上げる」という指導は、1つ1つの言葉をキチンと立てながら明瞭に発声するためのものだと思われる。会員の多くは「1字目」と「2字目」を同じ音程で平らに続けて発声しやすい。そうすると、すべての言葉がただズラズラト平板に続いていくだけで、1つ1つの言葉が平板で明瞭には聴きとりにくい。







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館長の朗読日記2244/品川「あやの会」と大田「くすのき」の朗読レッスン

館長の朗読日記2244  (戦後73年10月18日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(10月16日)に、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ1の第9回目、レッスン台本・向田邦子「父の詫び状」の第3回目のレッスンである。レッスン台本も3回目になると、会員の朗読はかなり仕上がってくる。それに応じて私の指導も、会員毎にポイントが絞られてくる。

 第1期生は古参会員だから、基本的な語り口はほぼ修得済みである。語り口の指導はほとんどしないで済む。指導のほとんどは演出的なものとなる。第2期生は中堅会員であるが、プロの声優やら相当の朗読経験者やらまったくの初心者やら、実に多士済々である。しかし、皆一様に、まずは基本的な語り口の修得を指導の中心的としている。

 最近は、その基本的な語り口がかなり修得できてきたので、指導の中心が1つ1つの言葉のイメージ表現や《間》の取り方、および、言葉と言葉や文と文のつなげ方(積み重ね方)の方に移ってきている。第3期生は、今はまだ1人だが、すでに私の『朗読の理論』を読んだらしい。初めからかなり高いレベルからレッスンに取り組んでいる。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 最近、日本の共通語(標準語)の語り口のもっとも基本的な部分を、黒板(白板)に短文を書いて、それに符号をつけるやり方で説明している。このやり方が、会員の皆さんに分かりやすいか否か、試しているのである。私自身は、この説明の仕方が、シンプルで本質を射ているように思っているのだが、会員の皆さんの判定や如何、である。

 今回は、レッスンの冒頭で、次回の朗読発表会の原作をどうするかを相談した。このサークルは、毎年、読み継ぎ形式の朗読上演をしている。したがって、原作に何を選ぶかが、朗読発表会の成否を左右する重要問題になるのである。私は、基本的に、こういう場合の原作選びはサークル会員の総意に任せている。それがなかなか決まらない。

 サークル会員の総意といっても、複数の候補作品に意見が分かれて、お互いに譲らないから、なかなか満場一致というわけにいかない。最終の採決結果が、1位は6票、2位は4票などということになる。会員総数は16人であるから、1位の作品でも過半数には遠く及ばない。これでは、とてもサークル会員の総意ということにはならない。



〇大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(1)

 一昨日(10月16日)に、大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスンをおこなった。今回は第1期・朗読ステップ2の第10回目、レッスン台本・太宰治原作「兄たち」の第4回目のレッスンである。朗読ステップ2は、主に登場人物のセリフ表現をレッスンする段階である。この「兄たち」は、地の文すべてをセリフとして指導する。

 このサークルは、私が指導している朗読サークルのなかでは会員数が5人ともっとも少ない。会員数が少ないので、私の朗読指導が理解できているのか否かを試すにはもっとも適しているかもしれない。そこで早速、日本の共通語(標準語)の語り口のもっとも基本的な部分を、黒板(白板)に短文を書き、それに符号をつけて説明してみた。

 このサークルには、語りを30年ほどやってきたその道のベテランがいる。その会員は、その他に放送アナウンサー系の朗読指導者についての朗読経験もあるという。私が、放送アナウンサー系の語り口を実演してみせると、その通りの指導を受けたと笑っていた。この会員は、私が黒板(白板)に書いた語り口の基本を高く評価してくれた。



〇大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(2)

 その他の4人の会員の反応も、まあまあだったように思われた。今後も、他のサークルにも順々に、この日本の共通語(標準語)の語り口のもっとも基本的な部分を、黒板(白板)に短文を書き、それに符号をつけた説明をくり返してやっていこうと考えている。その結果が良ければ、次著『朗読の上達法』にも採用しようか、と考えている。

 このサークルには朗読経験者が2人いる。朗読の初心者は3人である。朗読経験者の2人はもちろん、朗読初心者の3人も、今回の私の語り口の説明を聴いて、基本的な語り口がしっかりしてきたように思われた。訊けば5人の会員とも、今回の私の説明を念頭に置いて朗読したということであった。ある程度の効果があることが、判明した。

 朗読経験者の2人はともかく、朗読初心者の3人は、朗読歴(=朗読レッスン歴)が、まだ1年前後に過ぎない。そのような段階の初心者に、若干でも効果があったことは注目すべきだと思う。今後とも、他の朗読サークルでも試していこうと考えている。サークル会員の朗読レッスンは試行錯誤であろうが、私の指導も試行錯誤なのである。







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館長の朗読日記2243/千葉「風」の第19回「小さな朗読館・ちば」

館長の朗読日記2243  (戦後73年10月17日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の第19回「小さな朗読館・ちば」(1)

 10月14日(日)の13時30分開演で、千葉朗読サークル「風」主催の第19回「小さな朗読館・ちば」を開催した。朗読レッスンとしては、今回は第3期・朗読ステップ2の第21回目、第19回「小さな朗読館・ちば」に関しては第8回目である。観客数は約70人(観客席数は208席)で、若干少なめの入りであった。

 本舞台はぶっつけ本番だが、この会場も今回で2度目なので、午前中の舞台リハーサルもサークル会員がドシドシ自立的に進めていく。蔭マイク、司会進行、出演者の登場&退場のタイミングと所作、客電(客席の照明)の消灯と緞帳の上げ下ろしのタイミング、最後の舞台挨拶の段取りなどを、つぎつぎと実行しながら確認していく。

 今回の出演者は、全会員の半数。残りの半数は、今回は受付や舞台周りの役割を分担する。このサークルは、毎年6月と10月の2回にわけて会員が半数づつ1人1作品形式で朗読を上演する。他の半数の会員は、朗読会の支援役を担うのである。支援役の会員は、支援しつつも、比較的気軽に仲間の会員の朗読を楽しんでいた。


○千葉朗読サークル「風」の第19回「小さな朗読館・ちば」(2)

 本番の朗読は、出演した会員はそれぞれの持ち味を十分に発揮していた。前半に5人、休憩を挟み後半に4人が朗読したが、いずれの会員もそれぞれの現在の実力の最高のものを発揮していた。絶対的なレベルもかなり高く、全体的にかなり見事な朗読会になっていた。来場者も個々の朗読を十分に楽しんだのではないかと思う。

 古参会員である第1期生は、レベルの高い会員はもはやどこに出しても恥ずかしくない一流の朗読家になっている。そこまで行かない会員も個性的な朗読で観客を魅了していた。中堅会員である第2期生も、最近いちじるしく実力が上がってきた。何よりも語り口と声出しがしっかり安定してきた。今回の朗読は様になっていた。

 このような朗読会に出演するのは初めてという第3期生も、しっかりと落ち着いた良い朗読をしていた。第1期目の頃は、入会希望者の多くは朗読の初心者であった。近年は、他所で相当朗読をやってきた強者が多くなった。初心者は初心者なりに、経験者は経験者なりに朗読指導はむずかしいが、反面、非常に面白いのである。








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館長の朗読日記2242/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2242  (戦後73年10月15日 新規)



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(10月13日)の13時30分から八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ4の第1回目、今秋9月22日に開催した八千代朗読サークル「新・みちの会」朗読発表会「星の王子さま」の直後のレッスンである。今回から第3回目の朗読ステップ4に入っていく。

 朗読ステップ4は、演出者の立場から朗読に取組む段階である。そのレッスン台本には藤沢周平原作『三屋清左衛門残日録』から「白い顔」「川の音」を選んだ。今回は、その1本目として「白い顔」のレッスンをおこなう。今回は朗読発表会「星の王子さま」の直後であるから、先ずそれに対する知人友人の感想・意見を訊いた。

 また、朗読発表会「星の王子さま」に対する総括的な講評と、朗読した会員1人1人に対する寸評をおこなった。古参の第1期生も、中堅の第2期生も、そしてレッスン歴の短い第3期生も、それぞれ1年毎に着実に上達している。それぞれ伸び幅はいろいろと異なるが、毎年着実に上達している点が指導する私の誇りなのである。



○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 今回から久喜市から「白い顔」のレッスン(6回分)に限定参加する特別入会者に自己紹介してもらった。習志野朗読サークル「茜」から仕事の都合で移籍した会員にも自己紹介してもらった。それから、朗読ステップ4の目的と概要、および、そのために藤沢周平の時代劇をレッスン台本に選んだ理由・目的を簡単に説明した。

 ほとんどの会員は、それぞれ予習をしてきたらしく、初めからかなり上手な朗読をした。予習を怠ってきた会員の朗読については、レッスンの場で指導の仕様がない。私は、その会員が現在どのような上達段階にあり、当面は何をポイントに取り組むべきかを考えて指導する。予習を怠ってきた会員には指導すべき点が見当らない。

 久喜市から参加する会員は、相当な朗読経験者である。放送アナウンサー系の朗読指導者について永年朗読に取組んできたという。放送アナウンサー系の朗読スタイルで実演してくれた朗読は、実に素晴らしかった。今後のレッスン方針の希望を訊いたら、語りかける語り口に取り組みたいという。そこで次回からその方針でいく。




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館長の朗読日記2241/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2241  (戦後73年10月12日 新規)



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月11日)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンを行なった。今回は、第3期・朗読ステップ1の第13回目、来年2月に開催する朗読発表会「あん」のレッスンの第2回目である。この作品は、安易な気持では朗読できない。説教調でも、おセンチ調でもなく、心をこめた朗読が必要である。

 この台本は、前半(第1部)と後半(第2部)に分けたので、今回は後半(第2部)をレッスンした。この後半(第2部)は心に響く内容である。朗読する方も、そして、恐らく朗読を聴く方も涙なくしては聴くことができないのではなかろうか。それにバック音楽を重ねたら相当な感動をつくることになるのではないかと思われる。

 それだけに一層、朗読する側の心が問われてくる。かつて先の大戦における特攻隊の実話を描いた作品を朗読発表会で上演したことがある。終演後、会場のロビーで、特攻隊の元隊員だったという方からご挨拶いただいことがある。その時は、心底、冷汗が出た。改めて、こういう作品を安易な心で上演してはいけないと自戒した。



○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 今回は欠席者が2人いた。読み継ぎ形式の朗読上演の場合には、万が一に急きょ欠演者が出たときに備えて、その前後の朗読を分担している会員が、半分づつ補完して朗読することにしている。果たして誰が急きょ欠演するか分からないのだから、結局、全員が自分の前後を読み継ぐ会員の分担部分を練習しておかなくてはならない。

 今回は欠席者が2人出た。そこで、その欠席者の前後の会員に補完的な朗読をしてもらった。該当した会員たちは、さすがに少し慌てたようであったが、意外にしっかり朗読していた。なかには、自分本来の分担部分より上手に朗読した会員さえいた。ただし、練習不足なのは明白だったので、チャンと練習しておくように注意した。

 私が朗読指導を始めてから、まるまる15年が経った。当初からの会員も私も、それだけ年齢を重ねたことになる。最初の頃は、朗読発表会に欠演者が出ることなど、正直言って本気では心配していなかった。しかし、近年は、本気で心配しなければならないと思っている。会員の皆さんにも、本気でその備えをするように注意した。







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館長の朗読日記2240/森鴎外の文学作品について少々

館長の朗読日記2240  (戦後73年10月10日 新規)



○森鴎外の文学作品について少々(1)

 今年の「小さな朗読館」で、私は森鴎外シリーズとして「高瀬舟」「冬の王」「心中」を朗読している。そこで、森鴎外の文学作品について少し記してみたい。ただし、私は森鴎外の文学作品の愛読者ではないし、彼の作品を少ししか読んでいないことを予め断っておく。したがって「森鴎外の文学作品について少々」なのである。

 振り返ってみれば、私はいわゆる文学青年ではなかった。本格的にその作家の全集をまるまる愛読したのは夏目漱石くらいのものである。他の作家の文学作品を本格的に読み込んだのは、私が40歳代になって朗読を始めた以降のことである。他の作家といっても、わずか芥川龍之介、太宰治、宮澤賢治の3人くらいのものである。

 私は、明治維新後における日本文学の主軸は、夏目漱石、芥川龍之介、太宰治の3作家であり、その主軸の両側に世界的な作家として樋口一葉と宮澤賢治が存在している、と考えている。この考えには、もちろん私なりの論拠がある。しかし、その論拠は今のところそれほど明確ではない。私の直感によるところも大きいのである。



○森鴎外の文学作品について少々(2)

 森鴎外は明治~大正時代における日本の代表的な作家である。しかし、私は森鴎外の文学作品があまり好きでないし、その文学が明治維新後の日本文学の主軸をなすとも考えていない。しかし、森鴎外の文学作品を朗読してみると、今回の「高瀬舟」「冬の王」「心中」を初めとして、朗読的な意味で実に面白く飽きないのである。

 特に「高瀬舟」「冬の王」「心中」の3作品は、私の貴重な朗読レパートリーであると考えている。特に「心中」という作品は、当時の日本の文芸評論家たちから「高級落語」と揶揄された森鴎外の一連の作品と思われる。それほど文学的な深みや趣きのある作品とも思えないが、不思議なことに何回朗読しても飽きないのである。

 今後の「小さな朗読館」で朗読する作品を探すために、江戸川乱歩や海野十三などの作品をいくつか読んでみた。この「心中」と似た内容の作品も見かけた。内容的には、より変化に富んだ面白そうな作品もあった。そこで試しに朗読してみたが、何回朗読しても飽きない作品とは思えなかった。分からないが何かが違うのである。



○森鴎外の文学作品について少々(3)

 この違いは何であろうか。この違いは次の事情にも通じている。すなわち、ある作品は1回読めば十分という気持ちになる。他の作品は何回読んでもくり返して読みたくなる。個人的な好き嫌いでは必ずしもないような気がする。内容的な変化の有無や複雑さの度合いでもない。文学性の高低なのだろうが、その正体は何であろう。

 吉本隆明は、三浦つとむ『日本語はどういう言語か』(講談社学術文庫版)の「解説」で、「わたしは、これを緒口に、〈場面〉、〈選択〉、〈転換〉、〈喩〉の順序を確定し、この四つが、現在までのところ、言葉で表現された作品の美を、成り立たせているだろうという、理論の根幹を、形成することができた」と記している。

 文学作品の文学性の高低を解析的に把握するためには、吉本隆明の記しているような経路をたどらなければならないのかも知れない。しかし、もっと大づかみで把握できる違いがあるようにも思える。この問題は、朗読表現にも直結しているように思われる。文学の重要テーマとして、朗読者の立場から考えていこうと思っている。






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館長の朗読日記2239/「小さな朗読館」についてのアレコレ

館長の朗読日記2239  (戦後73年10月09日 新規)



○「小さな朗読館」についてのアレコレ(1)

 私は「小さな朗読館~感動をつくる朗読をめざして~」を年3回主宰している。毎回、私が指導している朗読サークルから4人の会員にゲスト出演してもらう。その人選がなかなかむずかしい。一応の目安は、私の朗読レッスンをステップ1~6まで6年間履修した会員、さらに「語りかける語り口」を修得した会員、としている。

 毎回、同じサークルから複数のゲスト出演者を出さないことも原則としている。近年は、かなりの朗読経験者や実力者(プロの声優や司会者など)もたまに新規入会してくることがある。そういう実力のある会員を、ゲスト出演まで6年間も待たせておくのも変である。また、年齢とか体調やその他の事情も考えなければならない。

 そういう諸々のことを勘案すると、ゲスト出演者の人選もなかなかむずかしい。それに加えて、この「小さな朗読館」にゲスト出演することによって、その会員の朗読レベルがグッと飛躍する場合もある。壁に突き当たって伸び悩んでいる会員に、飛躍のきっかけを提供することも、この朗読会の重要な役割と考えているのである。



○「小さな朗読館」についてのアレコレ(2)

 私が指導している朗読サークルには、高齢の会員が少なくない。また、会員の近親者にも高齢者が少なくない。かくいう私も年齢を重ねている。したがって、何やかやの事情で、ゲスト出演者が急きょ出演できなくなる事態も考えなければならない。当然、かくいう私自身が急きょ出演できなくなる事態も想定しなければならない。

 ゲスト出演者は毎回4人いるから、その1人が欠演しても、来場者は何とか勘弁して下さると思う。しかし、主宰者であり、レギュラー出演者でもある私が欠演した場合は、果たしてどうであろうか。そういう不測の事態が起こる場合の対応策を、真剣に考えておかなければならない状況になってきている。全く、ヤレヤレである。

 不測の事態といえば、出演者が出演中に急きょ体調を崩した場合の応急策も考えておかなければならない。これは、決して他人事ではない。私自身がそういう事態を引き起こすことも十分に考えられる。当人については、救急車や医療機関に任せるしかないが、朗読会の運営については、主宰者側で善後策を考えておく必要がある。



○「小さな朗読館」についてのアレコレ(3)

 「小さな朗読館」の会計収支については、現時点での心配はあまりない。ただし、懸念材料がまったくないわけではない。常の会場にしている船橋市民文化創造館(きららホール)が、近年、確保しにくくなっている。現に、来年3月の第14回「小さな朗読館」はこの会場が確保できず、東京都千代田区内幸町ホールで開催する。

 客席数等の条件からみて、他に適当な会場が見当たらないからである。ところが、会場の賃貸料は東京の内幸町ホールの方がかなり高い。このような事態が頻発するようだと、会計収支が悪化していく危惧がある。累積の会計収支は黒字であるから、当面は累計赤字になる心配はないが。チケット代と諸経費は最低限に抑えている。

 私とマネージャー役の家人は、全くのボランティアである。支出は、ゲスト出演者や司会進行役に対する実費の概算払い(おそらく交通費にも満たないほど)と主宰者側の実経費(会場&設備費、チラシ代その他)。収入は、チケット代金のみ。私は、累積の会計収支が赤字になった時が「小さな朗読館」の終焉時だと思っている。










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館長の朗読日記2238/千葉「風」の朗読リハーサル

館長の朗読日記2238  (戦後73年10月07日 新規)



○千葉朗読サークル「風」の朗読リハーサル(1)

 昨日(10月06日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の第19回「小さな朗読館・ちば」に向けた朗読リハーサルを行なった。今回は第3期・朗読ステップ2の第20回目。会員の半数は共通レッスン台本・宮澤賢治原作「毒蛾」、他の半数は次回「小さな朗読館・ちば」に向けた1人1作品のリハーサルを行なった。

 今回は、まず共通レッスン台本・宮澤賢治原作「毒蛾」の読み継ぎ形式のリハーサルを行ない、その直後に私が講評した。この「毒蛾」の読み継ぎ形式の朗読は、年末に開催される平成30年度「千葉市男女共同参画センターまつり」で上演することになっているので、今回はその少し早めのリハーサルという位置づけで行なった。

 講評の冒頭に、基本的な話しとして、例文「その時、私は『お母さん』と言った」に基づいて、日本語(共通語=標準語)における音声言語(=話声言語)の「語り口」の基本を解説した。そして、その基本を基準にして、リハーサルにおける会員1人1人の読み継ぎ朗読について、講評していった。果たして理解されただろうか?



○千葉朗読サークル「風」の朗読リハーサル(2)

 つぎに、今月10月14日(日)に開催する第19回「小さな朗読館・ちば」に向けた1人1作品形式の朗読上演のリハーサルを行なった。1人1作品形式の朗読の場合は、それぞれの作品を会員自身が選定して朗読する。したがって、それぞれの作品に対してそれぞれの会員の想いがあるはずだから、各自の心情表現を尊重する。

 朗読後の講評も、基本的な「語り口」についてもコメントするが、主には「イメージ表現&心情表現」に関して、聴き手の立場からの助言を行なった。プログラムの前半は、童話あるいはメルヘンチックな作品を集めた。5人の会員は、それぞれ個性的な朗読に仕上げてきていた。作品もバラエティーに富み、それぞれ面白かった。

 プログラムの後半は、大人向けの作品というか、それぞれに一癖も二癖もある内容の作品世界を表現している。こちらの4人の会員も、それぞれ個性的な朗読に仕上げてきていた。作品世界が、それぞれに凝った内容、あるいは、濃厚な内容であるので、聴いていて大いに楽しめた。最後に、舞台挨拶のチェックを少しして終えた。









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最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第185版

最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第185版

                  (戦後73年10月06日 更新)



【カレンダー】



●戦後73年(西暦2018年)



10月14日(日)第19回「小さな朗読館・ちば」
 /千葉朗読サークル「風」主催

10月24日(水)朗読くらぶ「満天星」第7回LIVE
 /朗読くらぶ「満天星」

11月04日(日)ワークショップ「感動をつくる朗読」 NEW!
 /習志野朗読サークル「茜」上演
 /習志野市「みんなでまちづくり実行委員会」主催

11月07日(水)「わかば朗読会」
 /千葉朗読サークル「わかば」主催

11月28日(水)第13回「小さな朗読館~感動をつくる朗読をめざして~」
 /感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会主催



【くわしいご案内】



●戦後73年(西暦2018年)



第19回「小さな朗読館・ちば」

〔日時〕戦後73年(2018年)10月14日(日)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕千葉市ハーモニープラザ・3Fイベントホール

〔プログラム〕

1「モチモチの木」斎藤隆介原作       森本 依里
2「小さい太郎の悲しみ」新実南吉原作  松尾佐智世                
3「黄色いスカーフ」安房直子原作       細川美智子
4「どんぐりと山猫」宮澤賢治原作       杉山佐智子                
5「つる」大川悦生原作                大島 範子                
              <休 憩>
6「私とヌク」佐々木丞平原作           石田 幸子
7「また明日・・・」小川洋子原作         藤田多恵子
8「著物」幸田文原作                 内田 升子
9「粋人」太宰治原作                吉永裕恵子

〔朗読指導〕 東 百道

〔主催〕千葉朗読サークル「風」

〔参加〕入場無料(全席自由)

〔問合せ&申込み先〕043(294)2766/森川

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047(487)3721 (東)



朗読くらぶ「満天星」第7回LIVE

〔日時〕戦後73年(2018年)10月24日(水)
     開場12時30分  開演13時00分

〔会場〕八千代市勝田台文化センター・3階ホール

〔プログラム〕

第1部 司会:大野栄子
1「屋根の上のサワン」井伏鱒二原作     小林正子
2「本日は、お日柄もよく」原田マハ原作    櫻井芳佳
3「青い火花」浅田次郎原作            譽田信子
4「十三夜」樋口一葉原作              成川洋子
                <休憩>
第2部 司会:成川洋子
5「よだかの星」宮澤賢治原作          江本なつみ
6「墨丸」山本周五郎原作              上田悦子
7「盆土産」三浦哲郎原作              大野栄子

〔主催〕朗読くらぶ「満天星」

〔参加〕入場無料(全席自由/客席数216)

〔問合せ&申込み先〕047(450)6648/上田悦子(満天星代表) 

【注】この朗読くらぶ「満天星」LIVEは、朗読くらぶ「満天星」が自立的に主催する朗読会であり、館長は一切関与していない。



ワークショップ「感動をつくる朗読」 NEW!

〔日時〕戦後73年(2018年)11月04日(日)
      13時00分~14時00分

〔会場〕習志野市役所/会議室C

〔プログラム〕

1 「やまなし」宮澤賢治原作            平野かほる
2 「ねこじゃののさん」千葉県香取郡伝説  松本 恵                
3 「小僧の神様」                    土田 和子                 

〔上演〕習志野朗読サークル「茜」

〔主催〕習志野市「みんなでまちづくり実行委員会」

〔参加〕入場無料(予約不要/入場無料)

〔問合せ先〕090-3802-0117(平野)

【注】このワークショップ「感動をつくる朗読」は、習志野朗読サークル「茜」が自立的に参加&上演する朗読会であり、館長は一切関与していない。



「わかば朗読会」

~お気軽に ご参加下さい!~

〔日時〕戦後73年(2018年)11月07日(水)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕都賀コミュニティセンター(1階)サークル室

〔プログラム〕

1 「死の舞台」星新一原作          仲田紘基
2 「山桜」藤沢周平原作            田中和代                
3 「おじいさんがおばけになったわけ」  井出陽子
  キム・フォップス・オーカソン原作                 

〔主催〕千葉朗読サークル「わかば」
     (第2、第4木曜日 13時30分/都賀コミュニティセンター)
     会員募集中!!

〔参加〕入場無料(定員27名/予約不要/入場無料)

〔問合せ先〕080-6704-3572(金子)

【注】この「わかば朗読会」は、千葉朗読サークル「わかば」が自立的に主催する朗読会であり、館長は一切関与していない。



第13回「小さな朗読~感動をつくる朗読をめざして~」

〔日時〕戦後73年(西暦2018年)11月28日(水)
     開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市市民文化創造館(きららホール)

〔プログラム〕

1「ひのきとひなげし」宮澤賢治原作     竹川則子
2「草履」幸田文原作                高木幸恵
3「虎」久米正雄原作                内嶋きみ江
                 <休 憩>
4「流人えびす」さねとう あきら原作     志村葉子
5「心中」森鴎外原作(森鴎外シリーズ3)  東 百道

〔司会進行〕飯野由貴子

〔主宰〕 東 百道(ひがし・ももじ)

〔主催〕感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会

〔参加〕入場料1000円(会場受付/全席自由)

〔申込〕当日券もありますが満席になりしだい消防法のために締め切りとなります
     出来るだけ事前にお電話でお申し込みください
      047-487-3721(東/ひがし)






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館長の朗読日記2237/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2237 (戦後73年/西暦2018年10月05日 新規)



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月04日)の15時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ1の第10回目、レッスン台本・向田邦子原作「父の詫び状」の第4回目である。同じ台本のレッスンが第4回目ともなると、会員の皆さんもかなり仕上げてくるので、時間的にも順調に進む。

 10月のレッスンから、例文「その時、私は『お母さん』と言った」を用いて、日本語の共通語(=標準語)における「語り口」のごく基本的な問題を解説した。これは、日本語の音声言語(=話声言語)における「語り口」のアナリーゼ(分析)の一端なのである。普通の日本人はこうした「語り口」を無意識におこなっている。

 この解説を聴いた品川朗読サークル「あやの会」、大田朗読サークル「くすのき」、そして、今回の船橋朗読サークル「はなみずき」の会員の皆さんは、今回の私の解説の内容と意義をどのくらい理解してくれただろうか。もし反応が良ければ、今、執筆&構想中の『朗読の上達法』の中に、この解説を採用しようかと考えている。



○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 このサークルの会員は、かなりの部分が「語りかける語り口」になってきている。しかし、せっかくのその「語りかける語り口」で、台本を読んでしまっている会員が依然として多い。思い切って「語っちゃえ」と発破をかけるのだが、その一線を飛び越えるのは意外とむずかしいらしい。こればかりは本人の意思次第なのである。

 今回、前回の私の「語っちゃえ」という発破に果敢に応えようと頑張って朗読した会員がいた。結果、その会員の朗読はなかなか良い表現になってきていた。この思い切って「語っちゃえ」の一線を飛び越えることは、日本人なら誰でも必ずできる。しかし実際に飛び越えるためには、この会員のように熱心に取り組む意思が要る。

 この点は鉄棒の逆上がりに似ている。普通の小学生ならば、逆上がりくらいは身体能力的には誰でもできる。しかし、子どもによってはなかなかできない場合がある。何回もあきらめずに練習していると、あるとき何かの拍子にできるようになる。いわゆるコツがつかめるのである。コツさえつかめば、後は何回でも簡単にできる。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月04日)の18時10分から、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第2期・朗読ステップ5の第6回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」の第6回目でもある。第6回目のレッスンであるから、今回は「或日の大石内蔵助」の仕上げの通し読みをやることを意味する。

 このサークルは第2期になってから会員数が激減し、少数の会員が頑張ってきた。今年になって新規入会者が3人もあり、やっと会員数が10人の大台を回復できそうになってきた。ところが、その新規入会者の1人が、仕事の関係で他のサークルへ移籍することになった。他の会員も私もがっかりであるが、どうにも仕方がない。

 その結果、現在の会員数は8人になったが、今回は欠席者が1人いたので、仕上げの通し読みは7人でおこなった。レッスン台本「或日の大石内蔵助」を7人で読み継いでもらったのだが、あらためてこの台本の朗読的なむずかしさを痛感した。会員の大多数はレッスン歴が6年以内の2期生であるから、ある程度は仕方がないが。



○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 仕上げの通し読みの後、休憩を挟んで、私から講評をした。まず冒頭に、例文「その時、私は『お母さん』と言った」を用いて、日本語の共通語(=標準語)における「語り口」のごく基本的な問題を解説した。レッスン歴が6年以内の「語り口」がまだ十分でない2期生にとって、タイミングの良い解説ではなかったかとも思う。

 それから、冒頭の解説の内容を主軸として、会員1人1人の朗読について講評していった。この作品は、朗読的にむずかしいから、作品世界の「イメージ表現&心情表現」まではなかなか手が届かない。いきおい、講評の重点を「語り口」の問題に置くことになる。そうすると、冒頭の解説がピタリと講評の主軸に収まるのである。

 習志野市の「市民活動フェア」の第15回「みんなでまちづくり」における「ワークショップ」の一環として、習志野朗読サークル「茜」が11月04日の13時00分~14時00分に習志野市役所会議室Cにおいて、朗読会「感動をつくる朗読」を上演する。それに関する現状報告がなされ、出来上がったチラシが配布された。





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館長の朗読日記2236/品川「あやの会」と大田「くすのき」の朗読レッスン

館長の朗読日記2236  (戦後73年10月03日 新規)



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月02日)に、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ1の第8回目、レッスン台本・向田邦子「父の詫び状」の第2回目のレッスンである。レッスン台本も2回目になると、会員の朗読に対する指導が本格化する。第1回目はどうしても作品解読の方に重点を置きがちになる。

 実際の朗読表現は、大きく2つの要素からなっている。1つは「語り口」であり、1つは「イメージ表現&心情表現」である。前者の「語り口」の土台は人間が現実の場で母国語として駆使している音声言語(会話)表現である。後者の「イメージ表現&心情表現」の土台は、文学作品の解読に基づくその作品世界(場面)のイメージである。

 私の指導は、この2つの要素を主軸に置く。第1期生には「イメージ表現&心情表現」に軸足を置いた指導を、第2~3期生には「語り口」に軸足を置いた指導をする。もちろん、会員には個人差があるから、一概には言えない部分がある。しかも「語り口」と「イメージ表現&心情表現」は互いに密接に関連しているからなお更なのである。



○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 今回は面白い事例があった。このサークルに今年6月に入会した第3期生が1人いる。この会員は朗読経験者で「イメージ表現&心情表現」のレベルはかなり高い。しかし「語り口」の点では、まだ「語りかける語り口」になっていない。そこで、その点を指導しているのだが、たまたま前回とまったく同じ個所を同じように指摘したらしい。

 その会員は、賢いから、そのことを指摘しながらも「私がまだ出来ていないから同じご指摘になるんですよね」という言葉を添えてくれた。私は、各サークルの会員に前回どのような指摘をしたのか、細かい点はまったく忘れている。近年は特にそうである。逆にいえば、前回と同じことを指摘したのは、私の指導がブレていない証でもある。

 私は、永年指導してきた会員1人1人について、その会員の大きな上達過程は把握している。その大きな上達過程を把握した上で、今のこの会員の当面の重点課題はなにかにポイントを絞って指導している。当然、その会員がそのポイントをクリアするまで同じような指導をし続けることになる。その結果、こういうことも起こるわけである。



〇大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(1)

 昨日(10月02日)に、大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスンをおこなった。今回は第1期・朗読ステップ2の第9回目、レッスン台本・太宰治原作「兄たち」の第3回目のレッスンである。朗読ステップ2は、主に登場人物のセリフ表現をレッスンする段階である。この「兄たち」は、地の文すべてをセリフとしてレッスンする。

 この「兄たち」は、太宰治が自分の兄弟たちを回想する内容である。そのため、地の文はすべて話体で書かれている。もちろん、兄弟たちのセリフもカギ括弧を付けて記されている。そのカギ括弧が付いているセリフ部分は、割合「語りかける語り口」で朗読できる。しかし、地の文の部分はどうしても「読むような語り口」になってしまう。

 このサークルには、朗読経験者が2人いるが、その2人もそうである。もちろん、初心者である他の3人とは朗読そのもののレベルはかなり違う。しかし、地の文の「語り口」は、まだ「語りかける語り口」にはなっていない。他のサークルも、第1期の朗読ステップ2においては同じであった。他のサークルと同じ上達プロセスが始まった。



〇大田朗読サークル「くすのき」の朗読レッスン(2)

 この大田朗読サークル「くすのき」が、サークルとして他のサークルと同じ上達プロセスをたどっていくには、サークルそのものが長期にわたって存続することが必要である。しかも、単にサークルうが存続するだけでなく、同じ会員が長期にわたってサークルにとどまり、レッスンを継続していくことが必要である。少なくとも主要会員が。

 しかし、この点で、この大田朗読サークル「くすのき」は1つの大きな岐路に立たされている。昨年6月にサークルを立ち上げたときの主要会員が、今年5月に開催した「朗読おさらい会」の上演後に、ゴッソリと退会してしまった。最多時には10人だった会員が、一気に5人になってしまった。その後に2人が入会し、7人まで回復した。

 しかし、その後2人が退会し、5人に逆戻りした。構成は、発足以来の主要会員が3人、最近入会した会員が2人である。今回のレッスンでは、半分の時間を割いて今後のサークルのあり方を相談した。結論は、来年5月に開催予定の「朗読おさらい会」まではレッスンを続ける。その時点で、サークルの存否を決める、というものであった。













○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 今回は面白い事例があった。このサークルに今年6月に入会した第3期生が1人いる。この会員は朗読経験者で「イメージ表現&心情表現」のレベルはかなり高い。しかし「語り口」の点では、まだ「語りかける語り口」になっていない。そこで、その点を指導しているのだが、たまたま前回とまったく同じ個所を同じように指摘したらしい。

 その会員は、賢いから、そのことを指摘しながらも「私がまだ出来ていないから同じご指摘になるんですよね」という言葉を添えてくれた。私は、各サークルの会員に前回どのような指摘をしたのか、細かい点はまったく忘れている。近年は特にそうである。逆にいえば、前回と同じことを指摘したのは、私の指導がブレていない証でもある。

 私は、永年指導してきた会員1人1人について、その会員の大きな上達過程は把握している。その大きな上達過程を把握した上で、今のこの会員の当面の重点課題はなにかにポイントを絞って指導している。当然、その会員がそのポイントをクリアするまで同じような指導をし続けることになる。その結果、こういうことも起こるわけである。








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館長の朗読日記2235/佐藤久也のヴァイオリン演奏を聴きに行く

館長の朗読日記2235  (戦後73年10月01日 新規)



○佐藤久也のヴァイオリン演奏を聴きに行く(1)

 昨日(9月30日)、クラシック音楽マニアで佐藤久也の大ファンである長男が、佐藤久也のヴァイオリン演奏を聴きに行くというのでくっついていった。ただし、佐藤久也の演奏会ではない。正式名を「2018 男女平等推進ファーラム講演会 レクチャーコンサート/心揺さぶる珠玉の音色―知られざる女性作曲家の世界―」という催しなのである。

 小林緑(国立音楽大学名誉教授)のレクチャーをまじえつつ、佐野隆哉(ピアノ)と佐藤久也(ヴァイオリン)と江口心一(チェロ)が女性作曲家の作品を演奏するのである。プログラムはつぎのようなものであった。

【前半】
 セシル・シャミナード(1857~1944)作曲
  「ピエレット(女道化師)」「森の精」のピアノ独奏
 ルイーズ・ファランク(1804~1875)作曲
  「チェロとピアノのためのソナタ」のチェロとピアノの演奏
 ポリーヌ・ガルシア=ヴィアルド(1821~1910)作曲
  「ヴァイオリンとピアノのための6つの小品」のヴァイオリンとピアノの演奏
【後半】
 エルフリーダ・アンドレ(1841~1929)作曲
  「ピアノ三重奏曲ト短調」のヴァイオリンとチェロとピアノの演奏



○佐藤久也のヴァイオリン演奏を聴きに行く(2)

 近年の私は、こうした演奏会を聴きに行った場合、演奏そのものはもちろん大いに楽しむのだが、そればかりではなくイベント全体の設営ぶりや運営ぶり、あるいは、演出ぶりや進行ぶりに注意を払うようになっている。朗読会の主宰者ないしは主催者の視点でイベントを見るようになってきているのである。今回のイベントでも、いろいろと気になった。

 司会者は素人なので仕方がないが、講演者(レクチャー役)の語り口とマイクの使い方は、およそ大学名誉教授とはいえないような下手さであった。否、大学名誉教授だからこそ下手だった、というべきか。大学教授は、マニアックな人間が多いから仕方がないともいえるが、せめては少しでも朗読を習えば多少は良くなるのだが、と内心で慨嘆していた。

 演奏の最中に、遅れてきた来場者が案内係といっしょに会場の通路をウロウロするのには閉口した。通常の演奏会では、演奏が一区切りつくまで、遅延者を会場に入れないものだが、このイベントではそういうマナーも守られていなかった。演奏途中で入れるなら、せめて会場の最後列に静かに座らせるべきである。会場案内係の教育がなっていなかった。



○佐藤久也のヴァイオリン演奏を聴きに行く(3)

 肝心の音楽演奏は、とても良かった。ただし、私はクラシック音楽については門外漢である。演奏の良し悪しも本当のところはよく分からない。しかし、クラシック音楽通で演奏会を熱心に聴きに行っている長男も、良い演奏だったと感心していたから、たしかだと思う。作品は「知られざる女性作曲家の世界」というだけあって知らない曲ばかりだった。

 もっとも、私はクラシック音楽についての門外漢であるから、ほとんどの作品は知らない曲ばかりなのであるが。それはともかく、知らない曲ばかりであったが、なかなか良い作品だと思わせる曲が多かった。ピアノ、チェロ、ヴァイオリンの演奏も良かった。特に後半に演奏したエルフリーダ・アンドレ作曲「ピアノ三重奏曲ト短調」とてもは良かった。

 特に、お目当ての佐藤久也のヴァイオリンは熱演であった。今回の3人は演奏仲間であるらしく、最後に1人1人が短い挨拶(コメント)をするなかで、江口心一(チェロ)が「作曲家が女性であろうと男性であろうと、久也は久也だと思いました」と述べた言葉が、とても説得力があり、また、とても印象的であった。音楽とは、そういうものであろう。






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