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館長の朗読日記2341/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2341  (戦後74年04月28日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月17日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第11回目、レッスン台本・藤沢周平原作「川の音」の第5回のレッスンである。このサークルは降雪のためにレッスンを1回中止したので、今回は第5回だが、仕上げの通し読みをおこなった。

 仕上げの通し読みは、会員の皆さんに読み継ぎ形式で朗読してもらう。それを受けて、私が会員1人づつの朗読について講評するのである。今回は、その他に、次回から今秋9月に開催する朗読発表会「博士の愛した数式」に向けたレッスンを始めるので、その台本を配布するとともに朗読発表会で上演する読み継ぎ朗読の分担を通知する。

 仕上げの通し読みに対する私の講評は、当然、会員のレッスン歴と朗読レベルによって内容が異なる。逆にいえば、第3期生に対する私の講評内容は、第2期生はすでに何回か聴いているはずだし、第1期生には耳タコであろう。しかし、私は、めげずに、第3期生に「感動をつくる朗読」の意義と特長を講評の中でくわしく解説していく

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 また、その会員が何期生であろうと、まだ朗読表現が出来ていない点については、同じことを何度も何度もくり返して講評した。なぜなら、これまでの指導経験によれば、こと朗読表現に関しては、いくらくわしく論理的にくり返して説明しても、自分で出来るようにならない限り、本当の意味で理解することは出来ないと悟ったからである。

 逆にいえば、私の説く朗読表現が出来るようになった会員は、その朗読表現について私が説く内容が、改めて本当に理解できるということなのである。したがって、私は、その会員がその朗読表現的なポイントが出来るようになるまで、そのポイントについて同じことを何度でも繰り返して説明するのが良いと、割り切っているわけである。

 今回はまったくの新規入会者が1人参加していた。そこで、まず「自然な語り口」を修得するべきことを説明した。そして、その「自然な語り口」が、日本の音声言語の母体(=土台)であることを説明した。そして、今の日本の朗読界で主流とされている「朗読流」の語り口が、日本の音声言語表現としては変則的であることを説明した。

 

 

 

 

 

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