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館長の朗読日記2338/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2338  (戦後74年04月21日 新規)

 

 

○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(4月20日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ3の第10回目、6月09日に開催する第20回「小さな朗読館・ちば」に向けたレッスンの5回目でもある。この「小さな朗読館・ちば」は毎年2回、2組交代で1人1作品の朗読形式で上演している。

 このサークルは、会員数は10人台後半で多い方なのであるが、いろいろな事情で欠席あるいは遅刻&早退する会員数も多い。個人的な事情で半休会中の会員が2人いる。仕事の事情あるいは家族の介護で、欠席あるいは遅刻&早退することのある会員が4人ほどいる。その他の会員も、皆、なんらかの事情を抱えているのである。

 それぞれの事情を抱えながら、月2回の朗読レッスンを継続し、私が提唱する「感動をつくる朗読」を目指して頑張る会員の皆さんに、私は内心で頭の下がる想いをしている。当然、私の方も朗読指導に真剣に取り組まざるを得ない。その結果、私の指導内容と朗読表現も日進月歩で進化していく。その成果をまた会員に還元する。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 今回の第20回「小さな朗読館・ちば」に出演しない半数の会員には、共通レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」のレッスンをした。この「毛利先生」の中で私がもっとも泣ける場面は、毛利先生がロングフェロウの詩の授業中、人生ということについて、自分の体験を介しながら、生意気な中学生たちに語るくだりである。

 この毛利先生の切実な訴えに対して、レベルの低い生意気な中学生たちは誤解と嘲笑をもって対応しただけでなく、柔道を習っている生徒などは正面から文句を言うのである。それに対して、毛利先生は「いや、これは私が悪い。私が悪かったから、重々あやまります」と「泣いてでもいるような微笑を浮べて」あやまるのである。

 レベルの低い相手に、レベルの高い話しを聴かせて、通じない哀しみをこれほど見事に表現している作品を、寡聞にして私は他に知らない。私だったら「レベルの低い連中め!」と怒るところだが、この毛利先生は「私が悪かった」とあやまっているのである。この私のコメントに、照れたように苦笑いをした会員は、感度が良い。

 

 

 

 

 

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