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館長の朗読日記2347/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2347  (戦後74年05月12日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(5月11日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第12回目、今回から今秋9月に開催する朗読発表会「博士の愛した数式」のレッスンに入る。この台本は2部構成で、それぞれを会員全員で読み継いで上演する。今回は第1部をレッスンした。

 この作品には数式が出てくるが、その数式の数字の読み方について議論した。例えば「220」について「ニー、ニー、ゼロ」と読むか、あるいは「二百二十」と読むかという問題である。どうも、統一的に決めるより、ケース・バイ・ケースで決める方が良さそうな感じである。この手の問題はサークル会員の総意に拠ることにしている。

 単なるこういう読み方の問題だけでなく、数式にまつわる登場人物の会話(セリフ)の朗読表現も問題である。観客は、台本を見ることなく、耳だけで朗読を聴き、内容を理解しなければならない。少しでも複雑な数式にまつわる朗読表現は、よほど丁寧に分かりやすいものでないと、観客にその内容をイメージしてもらうことはできない。

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 さらに、この作品は、斬った張ったというような派手なストーリーや場面展開がない。どちらかというと地味な、心理的な展開が主なのである。ストーリーの起伏や山場がないわけではないが、それらもどちらかというと心理的なものといえる。それを朗読表現で120分間前後の長時間、観客を舞台に引きつけつづけるのは容易ではない。

 よほど豊かなイメージと深刻な心情を心に抱いて朗読表現しなければ、観客に作品世界のイメージと心情を共有してもらえないし、感動を共有してもらうこともできない。そういう意味で、非常にむずかしい作品である。前回の「星の王子さま」もむずかしかったが、今回のこの「博士の愛した数式」はまた別の意味でむずかしいのである。

 特に、主人公の博士の記憶が80分しかもたないという設定がむずかしい。今回は初回であるからまだまだであるが、今後は、記憶が80分しかもたない人間の心理・心情、あるいは、そういう人間のイメージがどのようなものかを、会員の皆さん1人1人が自分事(わがこと)として想像・創造的にイメージしていって欲しいものである。

 

 

 

 

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