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館長の朗読日記2365/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2365  (戦後74年06月15日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 一昨日(6月13日)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ2のレッスンの第7回目のレッスン、新しいレッスン台本・宮澤賢治原作「雁の童子」の第1回目のレッスンであった。今回は冒頭に「文学作品の解読」と「朗読における棒読み」について解説した。

 このように特定のテーマについて少しまとまった解説をする場合、どのサークルに解説したかをキチンと記録しておかないと、同じ解説をダブっておこなったり、解説をしないままに長く放置してしまいかねない。サークルごとにレッスン・ノートをつくり、極力そういう事態を予防するべく努めている。自分の年齢を考えてしまう。

 特に「文学作品の解読」について大切なのは、文学作品の文字言語や作品世界の中に《謎》を発見することである、と強調した。ところが、今回からレッスンを始める新しいレッスン台本・宮澤賢治原作「雁の童子」は、文字通り《謎》だらけの作品なのである。さっそく、会員から、さまざまな《謎》が指摘された。大変に面白い。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 会員から「ところで、それらの《謎》について、先生はどのくらい解読しているのか?」という質問を受けた。私は「まったく解読していない」とはっきり答えたものである。先の「紫紺染について」のように、比較的《謎》」が少ない作品についても、その《謎》の解読には相当時間がかかった。ましてこの作品の解読はむずかしい。

 実際「文学作品の解読」はむすかしいし、時間がかかる。私が樋口一葉「わかれ道」、宮澤賢治「セロ弾きのゴーシュ」「春と修羅」、太宰治「黄金風景」等の《謎》を解読した場合にも、数年~数十年の時間がかかった。そういう長期間にわたって、それらの文学作品の解読に専念していたわけではないが、問題意識は持続させた。

 それらの文学作品の《謎》を《謎》として、心に抱きつづけることが大切なのである。今後、この「雁の童子」の《謎》を少しづつ解読していくわけであるが、先ず、その《謎》がどういう《謎》なのか、どういう点が《謎》なのか、それらの《謎》を《謎》として明確にしていくことから始めなくてはならない。その作業も楽しい。

 

 

 

 

 

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