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館長の朗読日記2366/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2366  (戦後74年06月16日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(6月15日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ3の第14回目、第21回「小さな朗読館・ちば」に向けたレッスンの第1回目である。この「小さな朗読館・ちば」は、毎年2回、会員の半数づつの2組が交代で1人1作品の朗読形式で上演する。

 先日(6月09日)に開催した第20回「小さな朗読館・ちば」で1人1作品の朗読形式で上演した半数の会員は、今度は共通レッスン台本・芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」に取り組む。そして、これまで共通レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」のレッスンに取り組んできた半数の会員が1人1作品に取り組む。

 今回は、第20回「小さな朗読館・ちば」を開催した直後であるから、まずそれに関する知人友人からの意見や感想を訊いた。ついで1人1作品に取り組む半数の会員にレッスンした。さらに、共通レッスン台本「或日の大石内蔵助」のレッスンの冒頭に、私から「文学作品の《解読》とはなにか」というテーマで話しをした。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 今回は、レッスン後に第20回「小さな朗読館・ちば」の打上げ会をおこなった。そこで、いくつか興味深い話題が出た。1つは、先日の朗読会を聴いた人から、朗読を聴いてこんなにイメージが湧いてくることに驚いた。従来の朗読のイメージがまったく変わったという感想があった、という我が意を得たりの報告であった。

 2つは、朗読した皆さんの声がとても良かった、という感想を得たという報告であった。良い声とは、美声という意味ではない。心情とイメージのこもった声というのは、聴き手の心に届き、良い声に感じられる、という意味である。これも、我が意を得たり、の感想である。私のレッスンは、いわゆる発声練習を一切しない。

 3つは、古参会員からの質問。私の提唱する「自然な語り口」をマスターした後の主な課題は何か、というものであった。朗読における「語り口」が一定水準に達すると、一種の停滞感に陥る。その後の主な課題は、作品世界のイメージや心情を深める点にある。これは「文学作品の《解読》とはなにか」に深く関連している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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