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2020年1月

館長の朗読日記2454/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2454  (戦後75年01月26日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(1月25日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ5の第6回目、今回から新しいレッスン台本・岡本かの子原作「鮨」のレッスンに入る。今回はその第1回目である。今回は、この「鮨」の内容よりも、語り口を重点に据えたレッスンをした。

 語り口といっても、私が推奨する「自然な語り口」のことだが、この「自然な語り口」を修得するには3段階くらいをたどる必要がある。第1段階は、文の最初(主に主語)を下げずに上げて出ること。同じく、文の最後(主に述語)も下げずに上げて出ること。ただし、これまでの一般的な朗読は、述語は下げるよう指導されている。

 そのため、他で朗読を習ってきた朗読経験者ほど、この第1段階をクリアすることに苦労する。もちろん朗読の初心者は放っておくと文の最初も最後も下げたがるから、それを矯正するのはなかなか大変である。主語はその文の主役であり、述語はその主語の動作や性質などを述べる部分だから、積極的に表現するのが当然なのである。

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 第2段階は、文を構成する各文節をすべて立てて語る語り口を修得する段階である。すべての文節を高く上げて、しかも、それぞれの文節を滑らかにつなげていく。そのためには、文節の最後の部分(主に助詞)を下げずに次の文節につなげていく。ここではくわしい説明は省略するが、この語り口を修得するのもなかなかむずかしい。

 第3段階は、その文でポイントとなるいくつかの言葉をイメージや心情をこめて強調する語り口を修得する段階である。すなわち、特定の言葉を特に際立たせて立てる語り口である。言葉を立てるとはその言葉のアクセントのある部分をくっきりと上げて表現することであるが、ポイントの言葉について特にくっきりと上げるのである。

 今回は、この3段階を、会員の「自然な語り口」の修得レベルに対応させて、いつもよりいくらか丁寧に指導した。どの民族語も同じだと思うが、日本語にも日本人が現実の生活の場で自然に駆使している語り口(これを私は「自然な語り口」と呼んでいる)には基本的な法則性がある。この3段階はその法則性を修得する一環である。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2453/千葉「わかば」の立ち稽古

館長の朗読日記2453  (戦後75年01月24日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の立ち稽古(1)

 昨日(1月23)の10時00分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読発表会『ツバキ文具店』に向けた立ち稽古をおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ2の第19回目、来年2月に開催する朗読発表会用のレッスンの第7回目である。予定は10時00分に始めることになっていたが、交通渋滞のため私が20分くらい遅刻してしまった。

 この台本は2部構成である。まず第1部を通しで読み継いでもらったのだが、会員の皆さんの朗読に今ひとつ気持が籠もっていない。何箇所かにバック音楽を入れてみたのだが、音楽との相性も良くない。立ち稽古がこんな状態で本番に間に合うだろうかと、頭を抱えてしまった。もっと観客に立ち向かって、説得し訴える朗読をするように指導した。

 昼食後、第2部を通しで読み継いでもらった。第2部はいわゆる聴かせどころである。その上、会員が慣れてきたせいもあって、第1部に比べて格段に良く聴こえた。これなら、本番までの練習により、なんとか聴かせられるか、と思った。聴かせどころで会員から提案されたバック音楽を入れてみた。しかし、そのバック音楽は、合わないと感じた。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の立ち稽古(2)

 その後、再び第1部を読み継いでもらった。驚いたことに、今度は多少は聴かせる朗読になっていた。会員の皆さんに訊くと、最初は緊張してうまく朗読できなかったという。本当かね、と思わないでもなかったが、朗読は気持の持ち方によって違ってくることも確かである。第2部で気持の入った朗読をした後に、第1部をやった効果もあると思う。

 本番では直前のリハーサルで第2部をじっくり朗読してもらい、気持の入ったところで本番に臨む手があるかも知れない。今回の朗読発表会で試してみようと考えている。バック音楽は次のリハーサルに向けて構想し直す必要がある。会員から提案されたバック音楽は癒し系の明るめの穏やかな曲想である。試した結果、第1部に採用することにした。

 朗読レッスンをしていてつくづく思うのは、作家によって、あるいは、作品によって、深く読み込むことのできるものと、深く読み込むと設定の不自然さが露出してくるものがある、ということである。その意味で、芥川や太宰や賢治などはさすがである。近年の作家は、その点はかなり甘いと思った。そんなことを実感するのも朗読の面白さである。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2452/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2452  (戦後75年01月22日 新規)

 


○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(1月21日)の9時50分から、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ2の第13回目、今回から5月に開催する朗読発表会「赤毛のアン」に向けたレッスンに入る。今回はその第1回目である。原作は、ルーシー・モード・モンゴメリー原作「赤毛のアン」(村岡花子訳)である。

 レッスン台本「赤毛のアン」は前半と後半に分け、それぞれを会員全員が読み継ぐ形式で上演する。レッスンは、前半と後半を交互におこなっていく。今回は、前半の第1回目のレッスンをやった。今回は、読み継ぐ順番に朗読してもらい、それぞれの朗読を指導したが、重点を登場人物の年齢や性格といったそれぞれの人物像の設定においた。

 このサークルには男性会員が2人いる。私は、この台本の最大の難関は、この2人の男性会員によるアンのセリフ表現だと覚悟していた。今回は男性会員の1人が欠席だった。そこで今回の焦点は、出席した1人の男性会員がアンのセリフをどのようにこなすか、という点にあった。幸いに、少し手直ししたら、とても良いセリフ表現になった。

 


○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 今回欠席したもう1人の男性会員のアンのセリフ表現がこれくらい良ければ、今回の「赤毛のアン」の見通しは明るいと思った。女性会員の場合も、アンのセリフ表現はなかなかむずかしい。可愛ぶった声出しや語り口でなく、アンの心情を自分に重ね合わせて自分の言葉で表現する必要がある。しかし、このサークルの会員ならできると思う。

 女性会員の場合、意外にむずかしいのはマリラやリンド夫人のセリフ表現である。アンのような人間は滅多にいないが、マリラやリンド夫人のような人間はけっこういる。このサークルの女性会員にも、マリラやリンド夫人的な性格が混じり込んでいる。それだけに、そのセリフ表現はかえってむずかしいようである。この練習が大変だと思う。

 このサークルは忙しい。昨年12月に戸越小学校で「もしも魔法が使えたら」の朗読ボランティアをした。今年の3月に定例の品川朗読交流会を開催し、豊葉杜中学校で「白旗の少女」の朗読ボランティアをする。また、今年の6月に社会保険協会主催「えびす大学」に依頼され読み継ぎ朗読を上演する。会員たちは自主練習会で頑張っている。

 

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2451/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2451  (戦後75年01月19日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(1月18日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第4回目、レッスン台本・藤沢周平原作「白い顔」の第4回目である。今回はレッスンを始める前に、今後のレッスン、特に朗読発表会のやり方を見直すことについて問題提起と相談をおこなった。

 ここ何年か、このサークルの朗読発表会は1人1作品形式の朗読上演を採用してきた。この形式の場合、サークル全員の朗読を一挙に上演することは時間的に無理である。そこで、会員を2組に分け、朗読発表会も2回分けて開催してきた。開催時期は6月と10月であった。昨年末の会員減により、この点も要見直しである。

 合わせて、上演形式も、1人1作品形式から、1つの作品を会員全員で読み継ぐ形式に変更することも要見直しの課題になった。現会員のうちで、1つの作品を会員全員で読み継ぐ形式の朗読発表会の経験者はわずか1名である。未経験の会員がその良し悪しを判断することはできないので、一度は体験してみることを勧めた。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 この点の結論は急がないし、第3期・朗読ステップ4の朗読発表会は従来通りの形式と回数で実施するべくすでに準備も進めているので、とりあえず今回は従来のやり方を踏襲することにした。この1年間で、他のサークルの朗読発表会をそういう眼で鑑賞し、1度は1つの作品を会員全員で読み継ぐ形式を体験すべきと思う。

 今年初めの「白い顔」のレッスンは、従来とそれほど変わったことはなかった。レッスン歴の短い会員については「語りかける語り口」を修得する方向でレッスンをした。「語りかける語り口」の基本ができてきた会員には、さらに、言葉を立てる表現、文の中でポイントとなる言葉を特に強調する表現について指導を重ねた。

 それもできてきた会員には、言葉と言葉のつながりや流れを意識した表現、文と文のつながりや流れを意識した表現について指導した。そして、それらの表現を実現するためには、その土台として、文学作品に表現された文字言語の背後にある原作者が表現したかったイメージや心情を解読し把握することの重要性を指導した。

 

 

 

 

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最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第199版

最新のイベント情報(朗読会などのご案内) 第199版

                  (戦後75年01月18日 更新)

 

 

【カレンダー】

 


●戦後75年(西暦2020年)

 


1月23日(木)第51回「ふなばし東老朗読会」 NEW!
 /船橋市東老人福祉センター主催
 /船橋朗読サークル「はなみずき」主宰

2月17日(月)千葉朗読サークル「わかば」朗読発表会「ツバキ文具店」
 /千葉朗読サークル「わかば」主催

3月12日(木)第52回「ふなばし東老朗読会」 NEW!
 /船橋市東老人福祉センター主催
 /船橋朗読サークル「はなみずき」主宰

3月24日(火)第17回「小さな朗読館~感動をつくる朗読をめざして~」
 /感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会主催

 


【くわしいご案内】

 


●戦後75年(西暦2020年)

 


ふなばし東老朗読会(第51回) NEW!

〔日時〕戦後75年(西暦2020年)01月23日(木)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市東老人福祉センター・和室

〔プログラム〕

1「浄瑠璃寺の春」堀辰雄原作    御代川裕子
2「雪 女」小泉八雲原作      飯野由貴子
3「稲 妻」池波正太郎原作     久保田和子

〔主催〕船橋市東老人福祉センター

〔主宰〕船橋朗読サークル「はなみずき」

〔参加〕入場無料(定員25名)

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047ー487ー3721 (東)
【注】ただし、この「ふなばし東老朗読会」は、船橋朗読サークル「はなみずき」が自立的に参加&上演する朗読会であり、館長は直接は関与していない。

 


千葉朗読サークル「わかば」朗読発表会「ツバキ文具店」

〔日時〕戦後75年(2020年)2月17日(月)
    開場13時00分 開演13時30分


〔会場〕千葉市民会館・小ホール(地下1階)

〔交通〕JR千葉駅東口徒歩8分

〔演目〕小川糸原作「ツバキ文具店」

〔プログラム〕

 第1部「ツバキ文具店」前半
      <休 憩>
 第2部「ツバキ文具店」後半

〔出演〕

 的場正洋、金子方子、吉野久美子、石井せい子、田中和代、仲田紘基、神田和子、井手陽子、金子可代子、高木幸恵(朗読順/千葉朗読サークル「わかば」会員)

〔朗読指導〕 東 百道

〔主催〕千葉朗読サークル「わかば」

〔参加〕入場無料(全席自由)

〔問合せ〕043-265-5310(高木)

 

 

ふなばし東老朗読会(第52回) NEW!

〔日時〕戦後75年(西暦2020年)03月12日(木)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市東老人福祉センター・和室

〔プログラム〕

1「紫紺染について」宮澤賢治原作 
 御代川裕子、谷千和子、田中幸子、黒田裕子、蟹江平三、前川忠、鳥海治代(船橋朗読サークル「はなみずき」会員7人で読み継ぎ朗読)
2「蜜柑畑」山本周五郎原作    
 亀田和子、久保田和子、昌谷久子、遠田利恵子、中山慶子、直井三枝子、村木ひろみ、小林いさを、飯野由貴子、井上みつ江(船橋朗読サークル「はなみずき」会員10人で読み継ぎ朗読)

〔主催〕船橋市東老人福祉センター

〔主宰〕船橋朗読サークル「はなみずき」

〔参加〕入場無料(定員25名)

【注】お問い合わせは「感動をつくる・日本朗読館」にもどうぞ
    047ー487ー3721 (東)
【注】ただし、この「ふなばし東老朗読会」は、船橋朗読サークル「はなみずき」が自立的に参加&上演する朗読会であり、館長は直接は関与していない。

 


第17回「小さな朗読~感動をつくる朗読をめざして~」

〔日時〕戦後75年(西暦2020年)3月24日(火)
    開場13時00分 開演13時30分

〔会場〕船橋市民文化創造館(きららホール)

〔交通〕JR総武本線・船橋駅/京成本線・京成船橋駅より徒歩2分(フェイスビル6階)

〔プログラム〕

1「葉桜と魔笛」太宰治原作             伊東 佐織
2「硝子戸の中」夏目漱石原作(『硝子戸の中』より) 神田 和子
3「魚服記」太宰治原作               白澤 節子
              <休 憩>
4「風車」山本周五郎原作              久保田和子
5「女侠伝」岡本綺堂原作(岡本綺堂シリーズ4)    東 百道
  
〔司会進行〕飯野由貴子

〔主宰〕 東 百道(ひがし・ももじ)

〔主催〕感動をつくる・日本朗読館「小さな朗読館」きららホール実行委員会

〔参加〕入場料1000円(会場受付/全席自由)

〔申込〕当日券もありますが満席になりしだい消防法のために締め切りとなります
    出来るだけ事前にお電話でお申し込みください
     047-487-3721(東/ひがし)

 

 

 

 

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館長の朗読日記2450/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2450 (戦後75年/西暦2020年01月17日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(1月16日)の15時から、船橋朗読サークル「はなみずき」のレッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ2の第13回目。今回は今年4月に開催する朗読発表会「地獄変」に向けた3回目のレッスンである。台本は、芥川龍之介原作「地獄変」。朗読発表会はこの台本を前半後半の2部に分けてやるが、今回はその前半の2回目である。

 前半の2回目といっても、通常のレッスンは前半と後半に分けるから各3回しかレッスンできない。すなわち今回が2回目ということは、レッスンは後1回しかないということになる。そういうことを自覚してこの年末始にしっかり自宅練習をしてきてくれることを期待していたが、朗読を聴くと、必ずしも全員がそうしてくれたわけでもなさそうである。

 今回は、この物語の語り手(今回はこれを一門の歴史を語り継ぐ語り部と設定した)がいろいろなことを語っている際に、どのような心情に基づいて表現しているのか、を主テーマにしてみた。語り手の心情が理解できなければ、自分事(わがこと)として朗読できないからである。登場人物のセリフと違い、地の文を語る語り手の心情把握はむずかしい。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 登場人物のセリフの場合は、その前後の地の文によって、そのセリフを述べるときの登場人物の心情がかなり丁寧に説明されている。しかし、地の文を語る語り手の心情が説明されていることは先ずないといってよい。場面の状況から朗読者自身が読み取らなければならないのである。そういうことをいくら口で説明しても、実行することは容易ではない。

 レッスン歴の短い3期生はもちろん、ある程度「語りかける語り口」を身につけてきた2期生の場合も、それを実行できている会員は少ない。しかし、さすがに1期生の場合は、ある程度はそれらしい朗読表現をしていた。このサークルが取り組んでいる「地獄変」は、主要な部分がその地の文からなっている。読み継ぎでこれを仕上げるのは大変である。

 現に今回は、レッスンのほとんどを、この地の文を語る語り手の心情分析に費やしてしまった。したがって、会員の朗読表現についての具体的なダメ出しはほとんど出来なかった。多くの会員の朗読表現が、そういう具体的なダメ出し以前の段階にとどまっていたからである。いやはや、このサークルは何ともむずかしい作品を選んでしまったものである。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン

 昨日(1月16日)の18時30分から、習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンをおこなった。今回は第2期・朗読ステップ6の第11回目、レッスン台本・藤沢周平原作「川の音」の5回目である。今回は、会員の半数が欠席することになってしまった。このサークルはただでさえ会員数が少ないのでは、まことに寂寥この上ないレッスンになった。

 時間はたっぷりあったので、他のサークルに比べて会員1人当たりのレッスン時間は倍くらいとったと思う。しかし、それに見合う効果があったかというと、そういうことはなかったと思う。会員1人当たりのレッスン時間よりも、会員1人当たりが他の会員の多種多様な朗読を聴く時間と、それに対する私の指導を聴く時間が長い方が効果があると思う。

 それらを参考にして自宅練習をどれだけ試みるか。その時間の長い方が効果がある。また、例えば自主練習会などで、会員同士が相互啓発をはかること、あるいは、他人の朗読を指導すること。そのことが逆に自分の朗読を上達させるために絶大な効果がある。こういうことは、実際に実践してその効果を体験しなければなかなか納得できないとは思うが。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2449/今年の年賀状について感じたこと

館長の朗読日記2449  (戦後75年01月12日 新規)

 


○今年の年賀状について感じたこと(1)

 年に1度の年賀状のやりとりについては、毎年、少しづつ変化している。しかし、今年の年賀状については、特にその変化の度合いが目立ったように感じられた。毎年、まず気になるのは事前に配達される喪中の挨拶状である。今回は、その喪中の挨拶状が届くのが、私の年賀状の投函に間に合わなかった事例が2件あった。

 いずれも先方の不幸が12月に発生していた。また、今回をもって年賀状の最後にしたい、と記された年賀状が数枚あった。今後は、このような年賀状を辞する事例が増えていくことであろう。私が特に親しくしている4人の友人のうち、すでに2人は年賀状を辞退している。また他の1人からは喪中の挨拶状が届いていた。

 さらに最後の1人は、年末ギリギリに不幸が起こって、挨拶状を送る時間がなかったということで「松の内」が終わった直後に寒中見舞いの葉書が届いた。結局、今年は4人のうち1人もまともな年賀状の授受がなかったわけである。また、こちらからの年賀状に対して、まったくなんの反応がなかった相手も何人かあった。

 


○今年の年賀状について感じたこと(2)

 昨年までは、まったく反応がなかった相手はこちらとの年賀状関係を解消したいのだろうと推察するだけだった。しかし、今年は、相手が衰えて、年賀状を書けなくなったか、書く気力がなくなったせいではないか、と推察するようになった。年賀状を辞退するという暗黙の意思表示なのではないかとも考えるようになった。

 また年賀状は届いても、その文面が決まり文句が印刷してあるだけの相手も、毎年、少なからずある。こういう年賀状をもらっても、返事の書きようがない。かといって、相手と同じように決まり文句だけを印刷した年賀状などは出したくもない。これも、相手が衰えたため手書き文が書けなくなったと推察することにした。

 朗読サークルの会員に対しては、私からの年賀状にどのような反応があろうとも、私からの通信簿替わりの年賀状は今後も発出し続けていくつもりである。朗読を介して知り合った朗読関係者、あるいは、朗読以外の知人友人親戚に対しては、以上に記したいろいろな反応に応じて、今後は年賀状の発出を見直すことにした。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2448/七草粥の日

館長の朗読日記2448  (戦後75年01月07日 新規)

 


〇七草粥の日(1)

 今日は戦後75年(西暦2020年)01月07日、七草粥を食する日である。私は近年まで、七草粥とはいいながら、その七草が全部そろった粥を食したことがなかった。しかし、近年は便利なもので、スーパーに行けば七草粥に必要な七草を一そろい袋に入れて「七草セット」として販売しているらしい。

 お陰で、私の家でも今朝は七草が全部そろった七草粥を食することができた。また、今日までを「松の内」といい、元旦から今日までが年賀状をやり取りする期間であるという。私の家では午後3時半ごろに郵便が配達される。今日もその時刻に年賀状が届いたので、今日までに受け取った年賀状を整理した。

 そして、それを基にして、来年の「松の内」に年賀状を届けるべき宛先リストを作成したのである。今回は、来年からの年賀状を辞退する旨の断り書きをした年賀状がけっこうあった。また、返事のない年賀状もけっこうあった。それらは、私の年賀状相手が年齢を重ねて年賀状から撤退している結果である。

 


〇七草粥の日(2)

 私が指導している朗読サークルの会員には、相手から返事があろうがなかろうが、毎年こちらから年賀状を発出している。そのサークル会員も、私の年齢が重なっていくにつれて、少しづつ減少していくと思う。それらの結果、私がやり取りする年賀状は少しづつ減少していく。寂しい反面、楽になっていく。

 私の朗読レッスン的な冬休みは、今月の15日(水)までである。翌16日(木)が、私の今年の朗読レッスン初めということになる。この冬休みもあと10日を切ってしまったが、その間に本来の私のライフワークを少しでも進めておきたいと思っている。この仕事もそろそろ尻に火がついてきているのだ。

 しかし、これがかなりの難問で、なかなかスッキリとした解明ができない。傍から見ているとサボりサボりやっているように見えるかも知れないが、やっている方は延々と匍匐前進をしているようなもので、かなり精神的にきついのである。しかも、これが仕上がらないと、朗読関係の仕事に取り掛かれない。

 

 

 

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館長の朗読日記2447/新年のご挨拶を申し上げます

館長の朗読日記2447  (戦後75年01月01日 新規)

 


○新年のご挨拶を申し上げます

 今日は戦後75年01月01日(水)です。本年の初日です。昨年はわが家は喪中でしたが、今年は通常の正月として新年を迎えました。そこで、このブログをご覧くださっている方々に、通常の新年のご挨拶を申し上げることができます。このブログをご覧になっている方には、昨年の私のように喪中の方がおられるかも知れません。

 しかし、いずれの方にも、今日が本年の初日であることには変わりはありませんし、今回が今年の初めての「館長の朗読日記」であることにも変わりはありません。そこで、いずれの方にも、今回のこの「官庁の朗読日記2448」において、今年もどうぞよろしくという新年のご挨拶を申し上げます。どうぞ、この1年間もお元気で。

 今回は、今年の抱負を記すことは控えたいと思います。私の朗読活動は、朗読の実技と、朗読の指導と、朗読の研究という3つの分野にわたっています。そして、そのいずれも、この数年間は、多少の進展はあったものの、あらためて新たな抱負を開陳するほどの進展はなかったからです。今年は、実績で抱負を表示しようと思います。

 

 

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