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2020年2月

館長の朗読日記2465/第17回「小さな朗読館」に向けた会場スタッフ打合せ

館長の朗読日記2465  (戦後75年02月28日 新規)

 


○第17回「小さな朗読館」に向けた会場スタッフ打合せ(1)

 一昨日(2月26日)の11時00分から、来月の3月24日(火)に開催する第17回「小さな朗読館」に向けた会場スタッフ打合せをおこなった。船橋市民創造館(きららホール)の会場スタッフとの打合せである。すでに10数回もこの会場で開催しているし、舞台進行もほぼ決まっているので、打合せ自体にあまり新味はない。

 ただし、船橋市民創造館(きららホール)の側のサービス提供に変化があった。前回までは、基本的な照明操作を会場スタッフが担当してくれていた。しかし、今回からは、基本的な照明操作を会場使用者側が担当するようにして欲しい、ということであった。仕方がないので、今回からは私自身が照明の操作を担当するつもりである。

 現在、中国の武漢で発生し、世界中で感染が広がっている、武漢コロナの影響について、当然、話題になった。すでにキャンセルになったイベントもいくつかあるという。特に、キャンセルが目立つのは社交ダンスのイベントのようである。たしかに、社交ダンスは濃厚接触の機会が発生しやすいから、用心したくなるのも理解できる。

 


○第17回「小さな朗読館」に向けた会場スタッフ打合せ(2)

 私は、今のところ、来月3月24日(火)に開催予定の第17回「小さな朗読館」を中止するつもりはまったくない。今後、武漢コロナの感染状況が急激に悪化して、会場である船橋市民創造館(きららホール)が使用禁止にでもなれば仕方がないが、会場が使用可能なかぎりただ淡々と「小さな朗読館」を開催していくつもりである。

 今日、私は朝から夕方まで外出したが、その留守中に、チケットの電話予約者の1人から開催の有無についての問い合わせがあったという。開催を中止するなら別の予定を入れるという。家人が予定通り開催する旨を回答すると、それでは予定を変更せず楽しみにして行くということであった。そういう方のためにも立派に開催したい。

 反面、来場者の数が減ってしまうだろうことは覚悟している。これまでの来場者数はほぼ安定して100名を超えていた(前回の来場者数は150名超)が、今回ばかりは100名をかなり下回るかも知れない。しかし、こういう状況下で開催する朗読会は観客の舞台への集中度が半端ではなく、会場の一体感が増強されるものである。

 

 

 

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館長の朗読日記2464/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2464  (戦後75年02月23日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月22日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ5の第8回目、新しいレッスン台本・岡本かの子原作「鮨」の第3回目である。このサークルは発足して16年以上になるが、レッスン歴が6年以上の会員とそれ以下の会員がほぼ同数である。

 新しい会員には、私の朗読観を改めて説明しておく必要がある。今回は、その一環として、心情を籠めるべき箇所で低く下げて表現することは好ましくないという話しをした。それに関して、日本の歌「砂山」「人生劇場」を例にとった「サビ」の表現に関する話しをした。これは、他のサークルにも順次くり返していくつもりである。

 それから、今回の「鮨」の本格的なレッスンに入っていった。今回は、欠席者が3人いた。当人が体調を崩した会員が2人。当人の親の体調が良くなくて、その世話をするために欠席した会員が1人である。この寒い時期には、特にそういう事情のために欠席する会員が多い。武漢コロナの不気味な蔓延にも気をつけなければならない。

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 今回の「鮨」は、鮨屋の店の状況から、主人公の湊の子供時代の思い出話へ、と話題が大きく変わる。その湊の思い出話も、巧みに「視点の転換」が図られている。内容の展開も面白いし、セリフや地の文の朗読表現もやりがいのある面白いものである。前の「家霊」もそうだったが、この「鮨」も朗読のレッスン台本としては面白い。

 レッスン歴の短い会員の「語り口」は、着実に「語りかける語り口」に近づいている。なかには、自分の心情やイメージを自分の言葉で表現する「自然な語り口」の雰囲気が感じられるような朗読をしている会員もいる。どの会員も「語り口」については着実に上達していく。心情&イメージ表現については、作品の解読が欠かせない。

 このサークルは4月後半のレッスンから朗読発表会に向けた台本に入っていく。したがって、遅くとも3月後半のレッスンまでには台本を作成し終えなければならない。今回のレッスンの終了後に、会員の皆さんは、そのための準備作業について打ち合わせをしていた。改めて考えてみれば、作業に残された時間はあまりないのである。

 

 

 

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館長の朗読日記2463/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2463 (戦後75年/西暦2020年02月21日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月20日)の15時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」のレッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ2の第15回目。今年4月に開催する朗読発表会「地獄変」に向けた5回目のレッスンである。朗読発表会はこの台本を前半後半の2部に分けてやるが、今回はその前半の3回目である。今回もレッスン前に、私は2つの話しをした。

 1つは、今回から朗読発表会「地獄変」に向けたレッスンも後半に入るに当たり、読み継ぐ体制を見直す件である。2つは、心情を籠めるべき箇所で低く下げて表現する「語り口」に関連した、日本の歌「砂山」「人生劇場」を例にとった「サビ」の表現に関する件である。この2つ目の話しは重要なので、今後、他のサークルに順次くり返していくつもりである。

 朗読発表会用の台本「地獄変」のレッスンは、いつものように基本的にはサークル会員のレベルやその日の朗読に応じて重点の置き方を変えておこなった。まだ「語りかける語り口」が十分でないレッスン歴の短い会員についてはその基本を繰り返し指導する。本人は私の指導に合わせて一所懸命にやっているらしいのだが、客観的にはその効果が表に出てこない。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 先輩会員たちも、ほぼ同じプロセスをたどっているから、私の指導内容に頷いたりしている。しかし、言われている当人は何かまだピンと来ていないような顔をしている。ある程度わかるようになるには、最短でもあと1年くらいはかかると思う。他の大多数の会員は「語りかける語り口」がある程度は身についてきている。そのレベルアップのための指導をする。

 この「語りかける語り口」が身についてきた段階から、本当に自分のイメージや心情を籠めて自分の言葉で「語りかける」朗読ができる段階までには、かなり厚い壁がある。このサークルでも、この壁を突破しつつある会員はまだ数人程度である。突破したように思われる会員もいることはいるが、そういう会員でも完全に突破できたとはまだ言えない段階である。

 私が指導している朗読サークル全体を見渡しても、この壁を完全に突破できた会員はまだ数人ほどしかいない。しかしその数人は、現在の日本においては、一流(ことによると超一流)の朗読レベルに達している、と私は判定している。さらに、現在この壁を突破しつつある会員は続々とその後に続いている。それらの会員が壁を突破したら凄いことになると思う。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン

 昨日(2月20日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンをおこなった。今回は第2期・朗読ステップ6の第13回目、今回から今年6月に開催する朗読発表会に向けた1人1作品の朗読レッスンに突入する。それぞれの作品を前後の2つに分け、毎回、その前後を交互にレッスンしていく。今回は、まず各会員の前半部分をレッスンした。

 ある会員は、レッスン歴が1年半と短いにもかかわらず、今回も「語りかける語り口」の次にある厚い壁を楽々と突破した朗読をした。ただし、声出し全体が少し高めであったので、多少抑えるように指導した。そういう細かい点ではまだ未熟なのである。ある会員は「語りかける語り口」になってきつつあるのだが、まだ助動詞の一部を変に高く上げる癖がある。

 ある会員は、昔話の朗読の経験が長いだけに慣れた「語り口」であるが、助詞を変に高く上げる癖がある。本人は無意識らしいので、自主練習のときに会員同士で逐一注意し合うようにお願いした。ある会員は、今回は詩をいくつか朗読する。そこで、それぞれの詩の章句の意味をどう考えるかを質問していった。詩の解釈はむずかしいが、かなりよく読んでいた。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2462/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2462  (戦後75年02月20日 新規)

 


○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日(2月18日)の9時50分から、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ2の第15回目、今年5月に開催する朗読発表会『赤毛のアン』に向けたレッスンの3回目である。この台本「赤毛のアン」は前半と後半に分け、それぞれを会員全員が読み継ぐ形式で上演する。

 レッスンは前半と後半を交互におこなっていく。今回は、前半の第2回目のレッスンの番である。毎回、読み継ぐ順番に朗読してもらい、それぞれの朗読を指導していく。会員1人当たりの朗読時間は4分ちょっとである。私からのコメントは、その会員が自分の分担分を全て朗読してからが良いか、途中で入れるかを訊いてみた。

 会員の大多数が、全て朗読してからコメントすることを希望したので、今回はそのようにした。今回も、前回と同じく「語り口」と文の流れに対応した朗読表現のあり方の指導に重点を置いた。さらに、登場人物の性格と人物像、ならびに、それを踏まえた登場人物のその場面における心情を論理的に推察した朗読表現を指導した。

 


○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 会員1人1人の朗読表現を聴きながら、その朗読表現に私が満足できない部分に印をつけ、なぜ満足できないかの理由をその前後の文章から探っていき、その場でその部分を指摘しながらその理由を説明していき、ときには私ならどう朗読表現するかを実演して見せる。そのほとんどがその場のアドリブなのだからスリル満点である。

 そういう真剣勝負の朗読指導を、途中に短い休憩をとる外はほぼ3時間ぶっ続けにおこなうのだから、レッスンが終わるころには疲労困憊といった按配になる。会員の皆さんは自分の番が終わると、他の会員と私の応答を楽しそうに聴いている。その間にも笑いが絶えない。私もかなり冗談を言うものの、内心は真剣そのものである。

 これはどのサークルも同じだが、この頃になるとサークル会員の朗読レベルもかなり上がっている。したがって、私が少しでも内容的に変なことを言おうものなら、すかさず突っ込みの質問や意見が飛んでくる。まったく油断も隙もないのである。もっとも、私もけっこう図々しいから、そういうスリルを楽しんでいるところがある。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2461/千葉「わかば」の朗読発表会『ツバキ文具店』

館長の朗読日記2461  (戦後75年02月19日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読発表会『ツバキ文具店』(1)

 一昨日(2月17日)13時30分開演で、千葉朗読サークル「わかば」の朗読発表会『ツバキ文具店』を開催した。今回は、第3期・朗読ステップ2の第21回、朗読発表会用台本『ツバキ文具店』の第9回目のレッスンとなる。上演形式は、この『ツバキ文具店』を2部構成としそれぞれを全会員が読み継ぐ形式で公演する。

 舞台構成は前回の『あん』と同じにした。読み継ぎ形式で朗読上演する場合、他のサークルは舞台中央部分に間隔を少し開けて椅子を左右に2席設置し、出演者が2人座って交互に朗読していく上演方法を採る。このサークルはマイクを舞台中央に1台立て、会員が順にそのマイクの前に立ち読み継いで上演することにしている。

 この方法だと、読み継ぐ間にある程度の時間が必要になる。その間に、前に朗読した会員は舞台から退場することができた。今回の開催時期は、武漢コロナの騒動の真っ最中にぶつかった。来場者数を心配したが、結果は90人強のお客様が来場してくれた。今回は、従来以上に、来場者1人1人から後光が射している気がした。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読発表会『ツバキ文具店』(2)

 今回の朗読発表会用の台本『ツバキ文具店』は「代書」という珍しい仕事を扱っている。まだ30歳にならない若い女性が、先代の後を継いで文具店を営みながら、この「代書」という珍しい仕事に取り組んでいる。この作品は普通の小説と同じく地の文とセリフからなっているのだが、地の文は主人公が表現主体になっている。

 会員の皆さんは、私のレッスンだけでなく、自主練習会を何回も開催し、主人公が表現しているときの心情とイメージを読み取ってそれを自分の心情とイメージで表現しようと努力した。会員それぞれの朗読レベルを踏まえて、精一杯朗読していた。観客のなかには、聴いていて涙が出てきたという感想を述べてくれた人もいた。

 この「代書」という仕事は朗読に似ている。依頼人の心情やイメージを把握し、それらを自分のものとした上で、依頼人の人格や人物像に基づいた書体や文章を自筆で書いていく。朗読は原作者が文字言語で作品に表現した作品世界を読み取って、その表現主体の心情やイメージを自分のものとして自分の音声言語で再表現する。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読発表会『ツバキ文具店』(3)

 そういうことを舞台挨拶で話したが、果たして観客にどのくらい理解してもらえただろうか。場所を変えた打上げ会は楽しかった。事情があって参加できない会員もいたが、参加した会員の皆さんは、和気藹々としながらも、自分の朗読について、また他の会員の朗読について、率直な感想や意見を述べていた。食事も良かった。

 このサークルも今回の朗読発表会を機に第3期の朗読ステップ2が終了する。次回のレッスンから、第1期生はレッスン歴が15年目に突入する。第2期生も9年目に突入する。それに応じて会員の皆さんは年齢を重ね、体調や体力も入会当時のようではない。それぞれに、いろいろな事情を抱えており万全ではなくなっている。

 そろそろ退会を考えている会員も率直に自分の事情を語ってくれた。そういう事情を訊けば無責任に引き留めることは差し控えなければならないと思っている。朗読サークルを存続させ、充実した朗読レッスンを継続するためには、新規に入会会員を募らなければならないと改めて思った。また次代の朗読指導者の育成も必要だ。

 

 

 

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館長の朗読日記2460/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2460  (戦後75年02月16日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月15日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第6回目である。今回から、会員を2組に分け、1組は6月開催の朗読発表会に向けた1人1作品形式の朗読のレッスン、1組は共通レッスン台本・藤沢周平原作「川の音」のレッスンをおこなう。

 今回は、レッスンの冒頭に、私から2つのコメントをした。1つは、非常事態が起こったときの対応策について。1つは、私が主宰している「小さな朗読館」へゲスト出演を依頼する会員の朗読レベルの目安について。これら2つのコメントは、数年おきに繰り返している。徐々に新しい会員が入ってくるので、そうしている。

 今回のレッスンは、1人1作品形式の1組から入った。それぞれ台本を前後に分け、今回はその前半をレッスンした。この組の会員は5人いるのだが、その1人はレッスン歴が2年2ヶ月とまだ短い。前回まで、述語や助詞の上げ方が十分でなく「読む語り口」だったが、今回は見違えるような「語りかける語り口」であった。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 他の4人の会員は、もちろん「語りかける語り口」になっている。その「語り口」を踏まえて、心情&イメージ表現を煮詰めていく。表現主体の人物像、視点の設定と転換、表現主体が表現している心情とイメージの想定などなどを煮詰めていく。それを会員自身の心情&イメージとして「語りかける語り口」で表現していく。

 つぎに、共通レッスン台本「川の音」をレッスンする1組に入った。この組も会員は5人なのだが、現在1人は休会中であり、事情で1人が欠席した。したがって、会員は3人であったが、その1人はレッスン歴がまだ1年3ヶ月である。驚いたことに、今回は「語りかける語り口」になっていた。これは嬉しい驚きであった。

 1人の会員は2期生だが、前回は自分の言葉で「語りかける語り口」の朗読をしていた。ついに壁を突破したかと喜んでいたが、今回はまた前に戻っていた。しばらくはこういうこともある。残る1人は最古参の1期生であるが、この会員はとっくにその壁を突破している。この会員の朗読レベルは現在の日本では一流である。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2459/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2459  (戦後75年02月09日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月08日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ5の第7回目、新しいレッスン台本・岡本かの子原作「鮨」の第2回目である。今回から、この「鮨」の本格的なレッスン、特に「語りかける語り口」の指導に重点を置いたレッスンに入った。

 レッスン歴が1年未満の会員は、主語と述語を上げる第1段階をまだ修得中である。第1期生の場合には、これができるまで3年くらいはかかったと思う。第3期生は、先輩会員の良い見本を普通のことのようにレッスン中に聴けるから、2年もかからずに修得してしまう。こちらも、もう少しの辛抱だと思って根気よく指導していく。

 第3期生でも、レッスン歴が2年以上の会員は、第2段階の「語りかける語り口」を修得中である。各文節を2音目あるいは1音目を中心に1つ1つ上げて立てていく語り口を身につけていく途上である。主語も述語も助詞も下がらないようになっているのだが、未だに時々下げてしまうこともあるし、上げ方も不十分なところがある。

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 第2期生は、第2段階の「語りかける語り口」がほぼ修得できている。今は、第2段階とその次の第3段階の間にある厚い壁を突破する途上にある。これが、なかなかむずかしい。こちらも、手を変え品を変え指導しているのだが、なかなかその壁を突破できない。この点は、前に記したことだが、会員のセンスや才能も関係している。

 ただし、この第3段階には、時間が経てばどの会員も必ず到達できるものと私は確信している。なぜなら、この第3段階の「語りかける語り口」は、普通の日本人ならば、誰でも現実の生活の場で普通に駆使している「語り口」だからである。技術的にはすでに修得しているのだが、朗読の場でその技術を発揮できないだけなのである。

 会員のセンスや才能が関係しているのは、自分の技術を朗読の場で発揮するためのセンスであり、才能なのである。逆に言えば、会員によっては、第2段階と第3段階の間にある厚い壁を突破するために、他人が背中を押す必要があるのである。私は、説得したり、おだてたり、叱ったり、冷やかしたりして、懸命に背中を押している。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2458/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2458 (戦後75年/西暦2020年02月07日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月06日)の15時00分から、船橋朗読サークル「はなみずき」のレッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ2の第14回目。今年4月に開催する朗読発表会「地獄変」に向けた4回目のレッスンである。朗読発表会はこの台本を前半後半の2部に分けてやるが、今回はその後半の2回目である。レッスン前に、私は特別に2つの話しをした。

 1つは、レッスンや朗読発表会の最中に非常事態が発生した場合に備えた予防対策についてである。2つは、私が主宰する「小さな朗読館」へゲスト出演を依頼する場合、および「ふなばし東老朗読会」に出演する場合の基準についてである。このサークルは、何年か前の非常事態対策は残っているが、その後の変更はしていないという。早速現状化をお願いした。

 このサークルは、私が主宰する「小さな朗読館」の他に、自立的に「ふなばし東老朗読会」と「朗読日和」を開催している。最近発足した「朗読日和」は、私は初めからまったくノータッチであるが、開催回数が50回を超える「ふなばし東老朗読会」は発足当初は私もかなり関わっていた。朗読会のレベルを保つために他のサークルにゲスト出演を依頼していた。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)
 
 朗読発表会用の台本「地獄変」のレッスンは、基本的にはサークル会員のレベルやその日の朗読に応じて真剣勝負的におこなう。まだ「語りかける語り口」が十分でないレッスン歴の短い会員についてはその基本を繰り返し指導していく。大多数の会員は「語りかける語り口」がある程度は身についてきている。その「語り口」のレベルアップのための指導をする。

 この「語りかける語り口」がある程度は身についてきている段階から、本当に自分のイメージや心情を籠めて自分の言葉で「語りかける」朗読ができる段階までには、私が想定していた以上に厚い壁がある。このことが、最近、ようやく分かってきた。この壁は、人によってかなり厚さが異なるために、一般的な場合の壁の厚さに容易に気がつかなかったのである。

 その壁の厚さを乗り越えてもらうために、最近の私はあの手この手と悪戦苦闘しているのだが、なかなか思うような指導の成果が出ていない。逆に、そのために、朗読における「語り口」についての上達過程が、理論的にかなり明確になってきた。現在は、その理論に基づいて指導しているのだが、まだその成果は明らかに出ていない。しばらく時間が必要である。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月06日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスンをおこなった。今回は第2期・朗読ステップ6の第12回目、レッスン台本・藤沢周平原作「川の音」の6回目である。今回は、このレッスン台本「川の音」の仕上げの通し読みをやった。今回も、もともと少ない会員のうちの2人が欠席したので、寂寥感が漂う通し読みであった。

 仕上げの通し読みの後には、いつものように私の講評を行なった。次回以降は今年6月の朗読発表会に向けて1人1作品形式の朗読レッスンに入って行くので、今回の講評はかなり総括的な内容とした。会員の1人は、入会時に比べれば格段に朗読のレベルが上がっている。この会員の課題は明白だ。さらに観客に向って主体的に訴えかける表現をすることである。

 そのためには、さらに文の述語部分を上げ気味の声で動的に表現する必要がある。会員の1人は、そういう文の述語部分を上げ気味の声で動的に表現することができている。文の中の1つ1つの言葉も立ってきた。この会員の唯一最大の課題は、1つ1つの言葉をもっと明瞭に発声することであったが、言葉が立ってきたのにつれて、発声も明瞭になってきていた。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 会員の1人は、永年にわたり昔話の朗読を経験してきただけに、ある意味で慣れた「語り口」の朗読ができるようになっている。それはそれで1つの朗読スタイルになっている。しかし、たまに助詞を変に上げてしまう読み癖がある。本人は無意識であるだけに矯正がむずかしい。会員の1人は、レッスン歴が1年半と短いが、今回、私がびっくりする朗読をした。

 すなわち、一般的な「語りかける語り口」の次に控えている厚い壁を楽々と突破して、自分のイメージや心情を籠めて自分の言葉で「語りかける」朗読をやってのけていたのである。もちろん、まだまだ未熟な点が多い朗読であり、言語表現ではある。しかし、台本の文字言語を読まされている朗読ではなく、台本の文字言語を主体的に自分の言葉で表現している。

 訊いたかぎりでは、入会前の朗読経験、あるいは音声言語にかかわる舞台経験はまったくないという。そういう朗読の初心者であるにもかかわらず、レッスン歴がわずか1年半でこういう「語り口」ができるようになるというのは驚きである。センスとか才能という言葉を安易には使いたくないが、もっとも縁遠いと思った朗読にもそういう面があるかも知れない。

 

 

 

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館長の朗読日記2457/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2457  (戦後75年02月05日 新規)

 


○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月04日)の9時50分から、品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ2の第14回目、今年5月に開催する朗読発表会「赤毛のアン」に向けたレッスンの2回目である。今回はレッスンの冒頭に2つのことを話した。その話しは、新しい会員のために、定期的に繰り返すのである。

 1つは、レッスンや朗読発表会の最中に非常事態が発生した場合に備えた予防対策についてである。2つは、私が主宰する「小さな朗読館」へゲスト出演を依頼する場合の選定基準についてである。このサークルは、何年か前に話した非常事態対策が今もキチンと保持されていた。これには感心した。他のサークルも、是非そうであって欲しい。

 この台本「赤毛のアン」は前半と後半に分け、それぞれを会員全員が読み継ぐ形式で上演する。レッスンは、前半と後半を交互におこなっていく。今回は、後半の第1回目のレッスンをやった。毎回、読み継ぐ順番に朗読してもらい、それぞれの朗読を指導していくが、今回は重点を「語り口」と文の流れに対応した朗読表現のあり方に置いた。

 


○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 私は朗読の「語り口」として、主に「語りかける語り口」さらに「自然な語り口」を目標において指導している。最近、この「語り口」の上達過程には3つの段階があることが分かってきた。第1段階は、聴き手に語りかける意識をもち、主語と述語を声を上げ気味にして、各文節末の助詞を下げずに次に滑らかにつなげて表現する段階である。

 第2段階は、各文節をすべて立てて表現していく段階である。文節を立てるとは、各文節のアクセントのある2音目ないしは1音目を中心に高く上げて発声することである。しかも、各文節は立てながらも、その前後の文節と滑らかにつなげて表現していく。これは、第1段階の表現を踏まえた、その発展形である。これがなかなかむずかしい。

 第3段階は、それぞれの文のなかで、特に強調したい文節を選定し、それを特にくっきりと立てて表現することを身につける段階である。どの文節を特に強調して表現するかは、ただ朗読者の感性に頼ってはいけない。それなりの法則性をしっかりと踏まえた上で、それに朗読者の感性を加味するのである。これができれば一流の朗読家である。

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2456/千葉「わかば」の舞台リハーサル

館長の朗読日記2456  (戦後75年02月04日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の舞台リハーサル(1)

 昨日(2月03)の13時00分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読発表会『ツバキ文具店』に向けた舞台リハーサルをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ2の第20回目、今年2月に開催する朗読発表会用のレッスンの第8回目である。初めの30分は舞台の準備などをおこない、リハーサルそのものは13時30分から始まった。

 第1部が通しで約60分であるから14時30分までかかった。第1部の休憩と反省を約30分やって、第2部の通しを15時00分から始めた。第2部の通しが約60分だったから、その終了は16時00分ごろになった。その第2部の反省を約40分ほどやって、最終的に会場を17時00分前に撤収した。以上が今回の大体の時間配分である。

 今回は、会員の役割分担を明確にした。受付2人、陰マイク1人、照明1人、音響助手(音響責任は私)1人、緞帳&ベル1人、そして、全体のコントロール2人、である。今回のリハーサルでは、それぞれの役割分担を実地で確認した。その結果、本番でもまあまあ行けると感じた。私からは、当日の危機管理について何点か具体的な助言をした。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の舞台リハーサル(2)

 今回のリハーサルは、半日しか時間をとらなかったので、大まかな朗読指導しかできなかった。あとは、サークルの自主練習会で会員相互で補足してもらうしかない。会員の皆さんはある程度のレベルには達しているし、急に良くなるわけでもないので、全体の通しを一通りやるくらいで切り上げた。後は本番当日の午前中に手直しをするしかない。

 今回のリハーサルで私がもっとも注力したのは、朗読とバック音楽の相性のチェックと音量のバランスの調整であった。この場合、バック音楽のことばかりを気にしているわけにはいかない。肝心の朗読者の声が、ちゃんとマイクに入っているようにマイクの音量だけでなく朗読者の立ち位置も指導&調整する必要があった。全く忙しいことである。

 今回のバック音楽については、会員の一人が提供してくれた2曲の癒し系の音楽がとても役立った。台本『ツバキ文具店』の内容にピッタリの音楽だったので、一種のテーマ曲のようにして、今回のバック音楽に多用した。しかし、バック音楽はあくまでバック音楽である。主役である朗読表現が、決め手である。会員の皆さんには頑張って欲しい。

 

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2455/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2455  (戦後75年02月02日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(2月01日)の9時30分から、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第5回目、レッスン台本・藤沢周平原作「白い顔」の第5回目、今回はこの台本の仕上げの通し読みをおこなう。今回は欠席者が2人いたために、出席した会員数に合わせてこの台本を分け直した。

 レッスン会場の壁際に2人分のパイプ椅子を置いて臨時のステージとし、この作品を読み継ぎ形式で出席した会員全員で仕上げの通し読みをしてらった。会員1人当たりの朗読時間は6分前後である。この藤沢周平の作品は、朗読者の実力がそのまま出てくる。したがって6分前後も朗読すればその会員のレベルがよく分かる。

 近年は、新規入会者にも朗読経験者が多くなった。今回の通し読みにも、レッスン歴がまだ3年前後の会員が参加した。その会員たちは、私が提唱し指導している「語りかける語り口」さらには「自然な語り口」に熱心に取り組んでいる。その結果、レッスン歴が5年~6年の会員に比べて遜色のない「語り口」になっていた。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 そのレッスン歴が5年~6年の会員たちは入会したときは、皆、全くの朗読初心者であった。逆に言えば、これらレッスン歴が5年~6年の会員たちは、入会前にそれなりの朗読経験を積んでいた3年前後のレッスンを受けた会員たちと、ほぼ拮抗した「語り口」を身につけていたことになる。これはこれで大したものである。

 今回、私がさすがと思ったのは、レッスン歴が9年弱と15年弱の会員の朗読であった。その朗読表現、特に「語りかける語り口」が、他の会員のそれと画然と違っていた。単なる「語りかける語り口」を超えて、ほぼ完全な「自然な語り口」になっていた。特にレッスン歴9年弱の会員は、今回なにかをつかんだようである。

 レッスンの最後に、つぎの新しい共通レッスン台本・藤沢周平原作「川の音」を配布した。このサークルは、年に2回朗読発表会を開催し、半数づつの会員が交互に1人1作品形式の朗読を上演する。出演しない半数の会員には、この共通レッスン台本をレッスンするのである。今回は、両方の会員に同じ台本でレッスンする。

 

 

 

 

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