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2020年7月

館長の朗読日記2510/船橋「はなみずき」の朗読レッスン

館長の朗読日記2510 (戦後75年/西暦2020年07月31日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月30日)の15時00分から船橋朗読サークル「はなみずき」のレッスンをおこなった。本来は6月04日に予定していたレッスンが武漢コロナウイルスのせいで中止になったので、その分を今回にスライドさせたのである。今回は、第3期・朗読ステップ3の第4回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第4回目のレッスンである。

 武漢コロナウイルスの感染防止のために、全員がマスクを使用している。前回は、そのマスクのせいで私のコメントが聴こえにくかったらしい。そこで今回は、私だけマイクを使用した。この「毛利先生」では、主人公・毛利先生のセリフ表現に会員は苦労している。この毛利先生のセリフに不可欠な、緊張感、切実感、必死感のこもった朗読はむずかしい。

 特に会員の皆さんは毛利先生の「金切声」に苦心している。この「毛利先生」は文学作品として面白く、芥川龍之介の作品のなかでも傑作に入ると思われる。また、朗読をするための原作としても歯ごたえがあって練習し甲斐があると思う。しかし、朗読サークルのためのレッスン台本としては、あまり適切ではなかったか、と思い直しているところである。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 サークル会員の朗読は、着実にレベルが上がってきている。古参の第1期生は、いつの間にか、かなり自然な語り口になってきた。あとは、朗読における精神的な「技」に磨きをかけることであろう。芥川龍之介原作「毛利先生」は良くも悪くもメリハリの利いた表現をしている。深い心を表現している地の文の朗読には、この精神的な「技」が必要である。

 今や中堅となった第2期生は、なめらかに語っているような語り口で、文や文章の流れで表現されているイメージや心情を表現することができる実力はついてきている。今後は、その文や文章を構成している1つ1つの文節にこめられたイメージや心情をも表現できる実力をつけていくべき段階である。また、その会員本来の声で朗読することが必要である。

 レッスン歴がまだ数年の第3期生は、みな朗読経験者である。レッスンを重ねるうちに、私がめざす朗読のスタイルに慣れてくると共に耳も肥えてきて、第1期生や第2期生の朗読のレベルが分かってきたようである。語りかける語り口と共に、文学作品に表現されているイメージや心情を自分の朗読表現にどのようにこめるか、という課題に取組んでいる。

 

 

 

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館長の朗読日記2509/武漢コロナウイルスから私の朗読活動が受けた被害(その8)

館長の朗読日記2509  (戦後75年07月29日 新規)

 


〇武漢コロナウイルスから私の朗読活動が受けた被害(22)

 武漢コロナウイルスの新規感染者数が7月になってかなり増加している。先月6月は6月23日までは50人前後で推移していたものが6月24日から100人前後に倍増し、今月7月02日から200人前後にさらに倍増し7月09日から400人前後にさらに倍増し、7月16日からは400人~1000人の間で上下している。

 マスコミはこの新規感染者数の動向を大げさに報道している。しかし、重要な重症者数と死亡者数の動向には注意を向けない。重症者数は5月01日の328人をピークに徐々に減少し、6月05日に100人を下回った。その後も減少傾向はつづき7月10日に31人と底を打った。その後はまた増加し7月28日は76人である。

 死亡者数は、新規の死亡者数が3月23日~4月09日は10人以下であった。4月10日~4月19日は10人~20人で推移。4月20日~5月28日は10人~30人の間で上下。5月29日以降は10人以下、それも0人を含めて数人の範囲に収まっている。日本のマスコミは、こういう少ない数値のことは大きく伝えない。

 


〇武漢コロナウイルスから私の朗読活動が受けた被害(23)

 朗読レッスンは、6月後半以降は、ほとんどのサークルで再開され、7月29日現在では全部で再開された。サークルの朗読発表会は、今年2月に開催したものを除いて、その後は今秋9月までに予定していたものはすべて中止に追い込まれた。今秋10月に予定している千葉朗読サークル「風」は、粛々と開催の準備を進めている。

 私が主宰している「小さな朗読館」は年3回の公演をすべて来年に順延した。これまでは毎年3月、7月、11月に定期(年3回)公演をおこなってきた。しかし、3月と7月の公演は会場(船橋きららホール)が使用できずに中止せざるを得なくなった。残る11月の公演も、公演中止の後処理の煩雑さに懲りて中止したのである。

 今年は、3月が第17回目、7月が第18回目、11月が第19回目の「小さな朗読館」であった。その第17回~第19回の「小さな朗読館」を、ゲスト出演者とプログラムをほぼそのまま来年にスライドして開催する計画である。私は来年の武漢コロナウイルスの動向を楽観している。マスコミのミス・リードだけが問題である。

 


〇武漢コロナウイルスから私の朗読活動が受けた被害(24)

 昨日、ある朗読サークルの元会員から、暑中見舞いの葉書が届いた。この会員は、現役の声優であるが、私が指導している朗読サークルに5年ほど在籍していた。その暑中見舞いの文面では、今回の武漢コロナウイルスで私の朗読活動が大変だったのではないかと心配してくれていた。私は生業としての声優のことはよくわからない。

 結婚式などの司会を現役の生業としている他の朗読サークルの現会員から、今年の3月~9月はパッタリと仕事が途絶えているという話しを聴いていた。テレビ番組の制作が中断されているという話題も耳にするから、声優という仕事も武漢コロナウイルスによって大きな影響を受けているのではないか、と心配していた矢先である。

 密かに心配していた相手から、逆に今回のような気遣いをされると、非常にありがたく感じると共に、相手の方もかなり大変なのではないかと却って心配にもなる。まあ、この元会員は声優としてかなりの実力の持ち主だから、余計な心配かも知れないが。私の朗読活動は半生業半ライフワークだから、良くも悪くも余裕だけはある。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2508/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2508  (戦後75年07月26日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月25日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ5の第10回目、レッスン台本・岡本かの子原作「鮨」の第5回目のレッスンである。今回は、武漢コロナウイルスのせいで3月~6月の長期の中断をした後の、レッスン再開の第2回目である。

 最近は、どのサークルにおいても、会員の1人1人に順々にレッスン台本の約2頁づつを朗読してもらい、その2頁分を3つのパートに分け、それぞれの朗読表現について指導なりコメントをするようにしている。今回は、このサークルについてもその方法を意識的に適用した。このレッスン方法は我ながらなかなか良いと思っている。

 前回のレッスンで単語の2音目(ないしは1音目)が上がっていなかったレッスン歴の長い会員が、今回はさすがに直っていた。やればできるのである。前回は練習をまったくしていなかったから、というのが当人の言い訳である。しかし、それは、語りかける語り口の基本が十分修得できていないという意外のことを意味していない。

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 今回のレッスンが2回目という新規入会者が、しっかりした朗読をしていた。そこで、つい、いろいろな注文をしてしまった。一度にたくさんの注文をしては情報過多になる恐れがある。こういう会員には慎重に様子を探りながら指導していく必要がある。良い声出しだが、硬い朗読をしていた会員が、今回は柔らかい語り口になった。

 これは大きな朗読的な飛躍である。まったくの初心者として2年数ヶ月前に入会してきた会員が、今回、ようやく初心者っぽさが消えて、いわゆる「らしい朗読」をしていた。おそらく、イメージ表現や心情表現のなにかを掴んだものと見える。これも一種の朗読的な飛躍である。朗読レベル的にはまだまだだが、今後が楽しみである。

 レッスン歴はまだ2年数ヶ月だがなかなかの朗読をする会員と、レッスン歴が約6年でかなりの朗読をする会員には、セリフと地の文のつなげ方、間の取り方、視点の転換など、高いレベルの基本のダメだしをする。もはや指導者格となっている最古参の会員は、私のダメ出しについて、傍から絶妙の助言や解説をして補完してくれる。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2507/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2507  (戦後75年07月24日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月23日)の13時30分から千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第6回目のレッスン、レッスン台本・芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」の第2回目である。今回から、各会員に台本2頁弱を順番に朗読してもらうが、それぞれを3つのパートに分けて、指導することにした。

 今回のレッスンは、ベテランの第1期生と入会後のレッスンがまだ2回目の新規会員の組合わせである。ベテランの会員はこれまでのレッスン歴があるから、それぞれの会員の現在の到達点や到達経緯を私は熟知している。その上達過程を踏まえて、現時点での朗読を評価し必要な指導をしていくから、一種の確信をもって指導することができる。

 新規会員は、朗読の経験があるというが、その朗読履歴はくわしく分からない。これまでの2回のレッスンでの朗読を聴くと、かなりしっかりとした語り口である。作品世界のイメージづくりもしっかりとできている。私が指導する朗読スタイルにも納得しているようである。私の指導もまだ手探り状態であるが、まず基本の指導から始めている。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 ベテランの会員は確実に力をつけてきている。今回は、会員の一人が朗読的な飛躍を見せた。数回前のレッスンからその兆候はあったのだが、今回の朗読でそれがはっきりした。仲間のベテラン会員もそのことが分かったらしく、的確な評価をしていた。そういう仲間の会員の朗読的な飛躍が、お互いの刺激にも、また無上の参考にもなっていく。

 来年2月に開催予定の朗読発表会は1人1作品形式で上演することになった。武漢コロナウイルスの感染を恐れて2人の会員が長期休会中で、出演者が4~5人と少ないためである。このサークルは読み継ぎ形式の朗読発表会を志向していたが、少人数での読み継ぎは好ましくないと判断したのである。たまには1人1作品形式の上演も悪くない。

 会員数を増やす方策についても相談した。会員から、レッスン会場とレッスン時間を変更したらどうか、という提案があった。千葉市は、市報に会員募集の広告が載せられず、公的施設にポスターやチラシを置く条件も限定的(使用している施設に限定)である。また平日では仕事をもっている人は参加できない。会場と時間の変更は妙案である。

 

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2506/体調を維持するための散歩について(その7)

館長の朗読日記2506  (戦後75年07月23日 新規)

 


〇体調を維持するための散歩について(13)

 今年も梅雨の季節になり、ずっと雨の日がつづいていた。しかも、武漢コロナウイルスのせいで中断を余儀なくされた朗読レッスンも、先月6月の後半から本格的に再開できるようになった。それやこれやで、しばらくは散歩をしなかった。一昨日は珍しく雨が降らなかったが、品川朗読サークル「あやの会」のレッスンがあって、できなかった。
 
 昨日(7月22日)も雨が降らなかったので、日の傾く夕方には散歩しようと考えていた。昼間は、書斎で本来のライフワークをしたのだが、永年の懸案箇所にいたって、また少し行き詰ってしまった。折よく夕方にもなったので、思い切って散歩に出かけた。玄関を出た途端に、行き詰った箇所について妙案が閃いた。これが散歩の効用である。

 私は若い頃は散歩が好きで、書斎仕事に行き詰ると気軽に頻繁に出かけたものである。そうすると、不思議なくらい良いアイデアが浮かんできた。近年は、体力ないしは気力が衰えてきたためか、昔ほど頻繁に散歩に出かけなくなっていた。そのために、ついこの散歩の効用を忘れていた。今回の効用は、久しぶりのせいか特大級のものであった。

 

 

〇体調を維持するための散歩について(14)

 いつもの散歩コースをたどっていったが、1番目の公園はいつものように子供が遊んでいた。ただし、今日は2人だけだった。2番目の公園は、しばらく見ないうちに、クローバーが中央部分も覆っていた。ピンクと白の花も咲いていたが、以前のような美しさはなくなっていた。一度、全面的に刈られた影響であろう。また、来年に期待しよう。

 最後の3番目の公園も変化があった。以前には何種類かの鳥が闊歩していたが、今回は一匹もいなかった。梅雨のせいなのか、近隣で新築工事がつづいて騒音がでていたせいか、あるいは、武漢コロナウイルスによる学校閉鎖の影響で近所の子供が脇の通路でバスケットボールのドリブル練習をしていた音に怯えたせいなのか。原因は分からない。

 一見すると、そうそう変化の無さそうな住宅街の小さな公園でも、散歩のついでながら子細に観察してみると、いろいろと小さく変化していることが分かる。今後は、若い頃のように、気軽に散歩に出かけて、散歩の効用にあずかろうと考えている。これは、朗読の研究をふくめたライフワークのためでもあり、また、自分の健康のためでもある。

 

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2505/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2505  (戦後75年07月22日 新規)

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月21日)の9時50分から品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第3回目、レッスン台本「毛利先生」の第3回目のレッスンでもある。会場は、いつもの荏原第五区民集会所であるが、武漢コロナウイルス感染防止のために部屋は定員百人の第一集会室であった。

 今回も実質的なレッスン時間は10時00分~12時10分であった。今回は欠席者が2人いたので、レッスン時間は1人当たり約10分。何とか時間ギリギリで間に合ったが、内心はヒヤヒヤであった。しかし、緊張していたせいか、会員1人1人に対しても、またそれを聴いている他の会員に対しても、良い内容だったと思う。

 1人1人の会員に、台本の約2頁(約4分)を朗読してもらう。それを大まかに3つに分け、最初の3分の1で切って、いくつかのポイントを注意する。つぎの3分の1で切って、良くなった点と良くなっていない点を注意する。最後の3分の1で仕上げてもらう。今回も会員の皆さんが、少しだが着実に上達したことを実感した。

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 帰りの電車で会員の1人と乗り合わせた。その会員は耳が少し遠いが、民話の語りを30年間やってきた実績をもつ。この会員は戦後72年(西暦2017年)に私が講師を務めた大田文化の森運営協議会主催公募企画事業「朗読入門講座」に参加し、仕上げの「花咲き山」の読み継ぎをしたときに会場の雰囲気を変えた人である。

 わずか数分の朗読で会場の雰囲気を変えるほどの実力をもちながら、私のレッスンを聴いて「今までの自分はなにをやってきたんだろ」と思ったというくらい、高く評価してくれている。朗読漫画『花もて語れ』第3巻の「花咲き山」のところを読んで、自分の「花咲き山」の語りが大きく変わったという。その感性が素晴らしい。

 その深化した語りを、ある朗読会で上演したところ、それを聴いた人から「感動した。是非再演して欲しい」と言われたという。また、品川朗読サークル「あやの会」の皆さんが、グングンと上達していくのを目の当たりにしてびっくりしているという。そういう体験も初めてだという。語りと朗読は少し違うが本質は同じである。

 

 

 

 

 

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館長の朗読日記2504/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2504  (戦後75年07月19日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月18日)の9時30分から千葉朗読サークル「風」のレッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第11回目、今秋10月に予定している朗読発表会に向けた台本「ヴィヨンの妻」の第3回目のレッスンでもある。この「ヴィヨンの妻」を前後の2部に分け、その前後を交互にレッスンする。今回は前半の2回目である。

 前2回のレッスンで、この「ヴィヨンの妻」をひと通りたどり終えた。会員の皆さんが、自分の分担部分をどのように読みとり、どのように朗読するかも、ひと通りわかった。今回からが本格的な指導である。それぞれの分担部分を3分の1に分け、その3分の1を朗読し終わるごとに、セリフを表現する心情と地の文の視点を確認していった。

 大まかに言って、会員の皆さんが表現主体の心情や場面のイメージの理解の仕方が十分でないことがわかった。逆にいえば、それだけこの太宰治の「ヴィヨンの妻」がむずかしいということであろう。それをまた逆にいえば、この「ヴィヨンの妻」が、朗読表現的に面白い作品だということになる。それだけに、さらなる努力が必要なのである。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 この「ヴィヨンの妻」の通常のレッスンはあと3回である。その後は立ち稽古(通し稽古)と舞台リハーサルが1回づつ、そしいて本番となる。通常のレッスンがあと3回しかないということで、会員の皆さんに一種の危機感が醸成された。そこで、私が、他のサークルが読み継ぎ形式で上演する場合には、自主練習会をやっていると助言した。

 この「風」は、かなり前から1人1作品形式の朗読発表会ばかりをやってきた。ほとんどの会員は読み継ぎ形式の朗読発表会の経験がない。この1人1作品形式の朗読発表会の場合は、会員同士が互いの朗読表現に対して相互啓発的な意見が言いにくいから、自主練習会もまったくやっていない。この貴重な朗読練習の機会がなかったのである。

 朗読発表会までまだ3ヶ月もある。会員の皆さんは、この3ヶ月間で自主練習会をやっていくという。大いに結構なことである。自主練習会の場で、会員同士が相互啓発と場面イメージや表現主体の人物像や心情についての認識を統一させていく。そういうなかで、会員間のさらなる団結心も醸成される。読み継ぎ形式の朗読上演の効用である。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2503/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2503 (戦後75年/西暦2020年07月17日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 今回は、第3期・朗読ステップ3の第3回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第3回目のレッスンである。このレッスン台本「毛利先生」については、会員の皆さんは主人公・毛利先生のセリフ表現に苦労している。なにしろ、金切声を張り上げ、しかも、日本語が苦手で言葉が直ぐには出てこない、というセリフである。

 朗読の場合、こういうセリフは、セリフだけを上手に表現しようとしてもうまくいかない。そのセリフにつながる直前の地の文の表現と、それとセリフの組合わせ(《間》をふくめて)を工夫しなければならない。これがうまくできれば、今の日本では最高レベルの朗読家と評価できると思う。それほど、この「毛利先生」はむずかしい。

 このサークルの最古参の会員でも、この「毛利先生」には手を焼いているようである。最古参の会員レベルになると、通常の朗読表現については、あまり指導すべきことがない。したがって、こまかな不注意部分を指摘するだけで足りる。あとは、上記のような毛利先生のセリフと地の文の組合わせの表現を何とか実現させるだけである。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 指導する立場からいうと、準ベテランの会員(第2期生)がもっとも指導しやすい。かなり実力がついてきているし、その分だけ耳も肥えてきている。私の指導内容も良く理解できるし、わりあい感度良く私の指導に応えることができる。少々手厳しいことを言っても、逞しく受け止めてくれる。ときどき朗読的飛躍もして見せてくれる。

 新規入会者あるいはレッスン歴が数年の会員に対しては、本来は言いたいことを言っている私も、さすがに少々慎重になる。どんな内容を、どんな言い方で、どの程度いったら良いかを、相手の反応を見ながら探り探り指導している。まさに真剣勝負の心境である。まあ、そんなことを言っても、結局、言うべきことを言っているのだが。

 今回は、朗読するときの声を少し抑えることのむずかしさを改めて実感した。一所懸命に朗読すると、どうしても声を張るので、普段よりも音域が高くなる。それがあまり高くなりすぎると、少々耳にさわって聴きずらくなる。それに比べると、普段の声はすばらしく良い声に聴こえる。この場合の良い声とは、いわゆる美声とはちがう。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月16日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」のレッスンをおこなった。今回は、今秋10月に計画している朗読発表会に向けた8回のレッスンのうちの第5回である。1人1作品の前半の3回目である。このサークルはもともと会員数が少ない上に、家庭の事情で2人の会員がほぼ毎回休会状態である。今回のレッスンも4人である。

 今回は、レッスンの前に、今秋10月に開催する計画であった朗読発表会について議論があった。このサークルの朗読発表会は、前回から習志野市東習志野図書館が主宰する一般講座の一環として、図書館主催でおこなっている。今秋10月の朗読発表会もそのつもりで計画していた。ところが武漢コロナウイルスのせいで、図書館は主催できないという。

 習志野朗読サークル「茜」が主催するなら、東習志野図書館としても会場を貸すのに吝かでないという。そこで、習志野朗読サークル「茜」が主催して朗読発表会を開催するか否かを、あらためて議論したわけである。会員4人による議論と採決の結果、今秋10月の朗読発表会は、武漢コロナウイルスの感染騒ぎが一段落するまで延期することになった。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 実は、私は、この習志野朗読サークル「茜」の朗読指導を、今秋10月の朗読発表会を最後に終了することにしており、このサークルの会員にもすでにこのことを伝えていた。その朗読発表会が延期になった場合にも、朗読レッスンは今秋9月で終了することにしていた。今秋9月の最後のレッスンは立ち稽古(通し稽古)とし、ひと通りの仕上げとする。

 その後は、この習志野朗読サークル「茜」は、朗読愛好会として存続させ、現在の会員6名が自主的に集まって朗読を練習し、定期的に朗読会を開催する。その朗読会は、習志野市東習志野図書館との条件が合えば、習志野市東習志野図書館主催の一般講座の一環として開催することがのぞましい。私も、依頼があれば、朗読会の準備の指導を引き受ける。

 とにかく、現在レッスン中の作品については、いずれ武漢コロナウイルスの感染騒ぎが収まれば、朗読発表会で上演する計画である。その際、本番に備えたリハーサルと本番における朗読の指導と演出については、私が引き受けることを約束した。今秋9月の立ち稽古と延期した朗読発表会のリハーサルをつなぐのは、会員の自主練習会ということになる。

 

 

 

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館長の朗読日記2502/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2502  (戦後75年07月12日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月11日)の13時30分から、八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ5の第9回目、レッスン台本・岡本かの子原作「鮨」の第4回目のレッスンである。今回は、武漢コロナウイルスのせいで3月~6月の長期の中断をした後の、約4ヶ月間ぶりのレッスンである。

 久しぶりのレッスンなので、いろいろと実務的な作業があった。月謝の清算、開催を中止した3月の「小さな朗読館」のチケット代金の返金、新しい名簿の配布など。また、今秋9月に予定していた朗読発表会を中止した関係で、今後のレッスンの日程を再調整した。また武漢コロナウイルスに対する私の朗読レッスン方針を説明した。

 また、レッスンの冒頭に、私の朗読レッスンの基本的なやり方と、それに対する会員の皆さんの受け止め方について、改めて解説した。今回は、個人的な事情でしばらくレッスンを休む会員が2人いた。また、無断で欠席した会員が2人いた。それらを確認してから久しぶりに岡本かの子原作「鮨」の第4回目のレッスンをおこなった。

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)

 会員が少しづつ順番に「鮨」の朗読をし、その度にその部分の朗読に対して私から指導やコメントをしていく。これまでの長期の中断中に、自宅で良く読み込んできたことがわかる会員も何人かいた。また、そこそこに自宅練習をしてきたであろう会員も何人かいた。しかし、この4ヶ月の間、朗読的にボーと過ごしてきた会員もいた。

 驚いたことに、レッスン歴が長い会員の1人が、単語の2音目(ないしは1音目)を上げる朗読をしていないことに気がついた。レッスン歴が長いから、朗読そのものは手慣れた感じなのだが、表現的には棒読みになっている。逆に、改めて、棒読みというものの本質がわかったような気がした。これも得難い体験であり、知見である。

 このサークルが第3期・朗読ステップ5を終了するまで、あと4回のレッスンがある。通常は1本のレッスン台本につき6回のレッスンをする。したがって、レッスンが2回分あまることになるので、その2回分のレッスンをどうするか相談した。結論は出なかったが、今回の様子を見るとこの「鮨」をミッチリとやるべきだと思った。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2501/千葉「わかば」の朗読レッスン

館長の朗読日記2501  (戦後75年07月10日 新規)

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月09日)の13時30分から千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第5回目の朗読レッスン、新しいレッスン台本・芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」の第1回目でもある。今回は初回であるから、とりあえず台本を2ページ弱づつ順番に朗読してもらい、私からのコメントはなるべく省略した。

 その後、私から、この芥川龍之介原作「或日の大石内蔵助」について大まかな解説をした。その内容は、何年か前に「東百道・講演と朗読の会」で講演したもので、その構造を芥川龍之介の「河童」と対比したものである。そして、この作品の主人公を芥川龍之介の分身としてとらえ、当時の芥川龍之介が一種の板ばさみの状態であった点を象徴化したものとした。

 前回のレッスン後に意見交換会をおこなった。テーマの1つは、この武漢コロナウイルス禍で朗読レッスンを続けるべきか否かということ。テーマの2つは、今年2月に開催した朗読発表会『ツバキ文具店』の原作をかなりカットして上演したことに対する是非であった。この意見交換会の後に、会員の1人が退会し、会員の1人が2ヶ月間休会することになった。

 


○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)

 反対に、前回のレッスンを見学に来ていた見学者が今回から新規会員として朗読レッスンに加わった。その結果、千葉朗読サークル「わかば」の会員は7人、休会中の会員が3人、当面のレッスン参加者は4人、ということになった。このレッスン参加者のうちの3人は第1期生であり、残りの1人は新規入会者という構図になった。まことに奇しき結果ではある。

 このサークルの次回の朗読発表会は来年の2月である。現在の休会者3人のうちの2人は、来年2月までの長期休会者である。休会者の残り1人は2ヶ月の休会予定であるから、次回の朗読発表会の出演者は多くて5人ということになる。そこで今回は、朗読発表会を前回のように読み継ぎ形式で上演するか、1人1作品形式で上演するか、という意見交換をした。

 1期生の3人は、以前に出演者6人で深沢氏七郎原作『楢山節考』を読み継ぎ形式で上演した実績がある。以前から、この『楢山節考』を再上演しようというアイデアはあったのだが、休会中の2人の会員がこの『楢山節考』の再上演を楽しみにしていたというのである。そこで、別の作品を選ぶか、それとも1人1作品形式の上演をするか、を相談したのである。

 

 

 

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館長の朗読日記2500/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2500  (戦後75年07月08日 新規)

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月07日)の9時50分から品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ3の第2回目、レッスン台本「毛利先生」の第2回目のレッスンでもある。会場は、いつもの荏原第五区民集会所であるが、武漢コロナウイルス感染防止のために、定員百人の第一集会室が当てられた。

 定員百人の集会室に講師の私を含めて15人がバラバラにすわるのだから、部屋はガラガラの雰囲気である。前回は第3期・朗読ステップ3の第1回目の朗読レッスンということで、実務的なことや全体的な説明などに時間をとられた。今回から、1人1人にミッチリレッスンしようと思っていたが、レッスン時間が足りなかった。

 レッスン時間は午前9時50分~12時00分である。しかし、いつもは、このサークルの自主練習のために午後も同じ会場を確保してくれている。そこで中間の昼休み時間(12時00分~13時00分)も使用できる。そのため、つい13時近くまでレッスンをつづけていた。それが12時00分に部屋を出なければならない。

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 私も、数ヶ月ぶりのレッスンなので、今一つレッスンの勘が戻らない。特に時間管理はむずかしい。今回は、最後の方は12時00分までに全員の朗読とそれに対する私の指導ができるかどうか、内心ハラハラしながらやっていた。この「毛利先生」は朗読的に面白い作品なので、私の指導にも思わず熱が入るからなおさらである。。

 この「毛利先生」は、毛利先生のセリフ表現がむずかしい。毛利先生が金切声をあげたり、どもったり、つっかえたりするセリフ表現をどのようにするか、工夫を要するのである。その毛利先生のセリフの直前の地の文の読み方と《間》の取り方が勝負である。会員の皆さんは、それぞれの段階と水準において確実に上達していた。

 会員数が10人以上になると、毎回のレッスンで朗読的に飛躍する会員が数人はいる。ある会員は、語り口に自在感が出てきた。ある会員は、マスクのせいか声に力が入ってきた。ある会員は、気取った語り癖が消えて自然になってきた。何人かの会員たちは、毛利先生のセリフを芝居気たっぷりに表現していた。なかなか面白い。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2499/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2499  (戦後75年07月05日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月04日)の9時30分から千葉朗読サークル「風」のレッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ4の第10回目、今秋10月に予定している朗読発表会に向けた台本「ヴィヨンの妻」の第2回目のレッスンでもある。この「ヴィヨンの妻」を前後の2部に分け、その前後を交互にレッスンする。今回は後半の1回目である。

 この「ヴィヨンの妻」は、作品としても、朗読的にもきわめて面白い。前半の第1部は、太宰治の分身である大谷が馴染みの居酒屋から大金を盗み、居酒屋の夫婦が自宅に押しかけて詰問するという物語の発端と、大谷が逃亡した後に居酒屋の亭主が主人公である大谷の妻(さっちゃん)にこれまでの経緯をくわしく語った内容からなっている。

 後半の第2部は、主人公である「さっちゃん)が、居酒屋で働き始め、大谷が盗んだ大金を馴染みのバーのマダムに建て替えてもらって一段落させ、主人公である「さっちゃん)が新たな生活を始めるという内容である。この後半の第2部には、いろいろとひっかかる箇所がある。今回は、主にそのひっかかる箇所の指摘とその理由を説明した。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 そのひっかかる箇所についての解読ないしは解釈について、サークル会員の皆さんの意見を訊いた。会員の皆さんは活発に自分の意見を発表してくれた。私は、そういうひっかかる箇所についてはあまり簡単にわかったつもりにならないように注意した。そういう箇所を大切に心にとめて長期間を経過するとある瞬間に新たな発見の糸口になる。

 そういうひっかかりをどのように受けとめ解読ないしは解釈するか、それ次第でその箇所の朗読表現は大きく変わってくる。特に、そういうことを何も意識せずに、ただボーと朗読する場合とはまったく違った朗雄になる。したがって、そういうひっかかりの多いこの「ヴィヨンの妻」のような作品を朗読する場合は、精神的に大変なのである。

 今回の読み継ぎ形式の場合、会員1人当たりの朗読時間は、前後それぞれ5~6分である。これはボクシングの試合の2ラウンド分に相当する。会員の皆さんには、この作品を本気になって1回分の朗読をすれば、精神的にフラフラになるはずだ、と脅かしておいた。今回は後半の第2部の1回目のレッスンである。次からは徐々に大変になる。

 

 

 

 

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館長の朗読日記2498/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2498 (戦後75年/西暦2020年07月03日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 今回は、武漢コロナウイルスのせいで中断してから、久しぶりに朗読レッスンを再開した2回目の朗読レッスンである。また今回は、第3期・朗読ステップ3の第2回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第2回目のレッスンである。今回は、私の朗読レッスンの全体的な組み立て方とそれに対する会員の受けとめ方について簡単に説明した。

 前回は、久しぶりのレッスンであるのと、第3期・朗読ステップ3の第1回目のレッスンであるのと、新しいレッスン台本「毛利先生」の第1回目のレッスンであるのとで、会員ひとりひとりの朗読に対する指導やコメントができなかった。そこで、今回は、前回の初読の朗読と合わせた2回分の朗読に対する指導やコメントをひとりひとりにおこなった。

 もちろん、ひとりひとりの朗読に対して、前回の初読の朗読はこうで、今回の2回目の朗読はこう、というような指導やコメントをしていったわけではない。前回の朗読を踏まえた今回の朗読の表現の仕方や語り口について、私なりの指導やコメントを付していったのである。このサークルは、レッスンの度にくじ引きで席を決め、席順で朗読をしていく。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 その結果、朗読する順番はレッスン歴の長短や男女などが順不同に入り乱れている。朗読する会員の方もいろいろ緊張すると思うが、指導&コメントする方も真剣勝負の度合いが増す。傍目からは気楽にやっているように見えるかも知れないが、これでなかなか大変なのである。しかし、会員数が多いから毎回のように飛躍する会員がいる点が励みになる。

 まして、前回のレッスン再開まで約3ヶ月半の長期の中断期間があった。そのためか、何人かの会員が、内心で眼を見張るような上達をしている。棒読みに近い朗読表現をしていた会員が、いつの間にかしっかりとした心情表現やイメージ表現をするようになっている。語り口や間のとり方がモタモタとぎごちなかった会員が、実に自然な朗読をしている。

 これまでも休会空けの会員がスッと上達している事例を何回か体験してきたが、今回は全会員が長期の休会明けをしたようなものである。レッスンを長期に中断した方が、朗読が飛躍的に上達するなどということは、朗読指導者としてはいささか心外な面もないではない。しかし、これを独り練習の大切さの現われとみれば、十分に頷けることなのである。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(7月02日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」のレッスンをおこなった。今回は、今秋10月に計画している朗読発表会に向けた8回のレッスンのうちの第4回である。1人1作品の後半の2回目である。このサークルはもともと会員数が少ない上に、家庭の事情で2人の会員がほぼ毎回休会状態である。今回のレッスンも4人である。

 会員数が少ない分、会員1人当たりのレッスン時間は比較的長い。しかし、前回も記したように、朗読レッスンというものは、会員1人当たりのレッスン時間が長いから内容が充実し、会員の上達が速くなるというものではない。むしろ逆である。会員が、お互いの朗読に慣れてしまって、新しい刺激を受ける機会があまりないため、惰性に流れてしまう。

 あまり上達しないままにレッスンの回数だけが多く繰り返されると、同じレベルの朗読表現に馴染んでしまい、それなりに慣れた朗読表現になる。それなりのレベルの朗読ではあるが、それなりに慣れた朗読になってくると、それはそれでそれなりに聴かせる朗読、と言えないこともない。その殻を破ってレベルアップを図ると従来の朗読が崩れてしまう。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 前回、大変に興味深い朗読的な試行錯誤をおこなった会員がいた。その会員が、今回はどのような高さの声出しで朗読するか、私は内心で楽しみにしていた。朗読の前半は、高過ぎもせず、低過ぎもしない、かなり自然な声出しであった。その反面、心情の入り方が少し弱かった。朗読の後半は、少しづつ声出しが高くなって、心情の入り方が強くなった。

 自然な声出しと的確な心情の入れ方は、まだまだ不十分だが、前回に比べ格段に進歩している。この1週間でかなり自宅練習をしてきたに違いない。この会員の1人1作品は、小川未明の作品である。少し早いかと思ったが、小川未明に独特な、文末を「ました」で締める文体を朗読するむずかしさと、その作品世界をイメージする視点について解説した。

 これは、私が朗読漫画『花もて語れ』に朗読協力&朗読原案をしたさいに、小川未明原作「野ばら」を主人公・佐倉ハナが朗読する話のときに解説したものである。朗読漫画『花もて語れ』では、その私の解説をほぼそのまま再現していた。まさか、レッスン歴が2年弱の会員にこういうレベルの解説をするとは思わなかった。その結果は、どう出るかな。

 

 

 

 

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