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館長の朗読日記2514/船橋「はなみずき」と習志野「茜」の朗読レッスン

館長の朗読日記2514 (戦後75年/西暦2020年08月07日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月06日)の15時00分から船橋朗読サークル「はなみずき」のレッスンをおこなった。今回は、第3期・朗読ステップ3の第5回目、レッスン台本・芥川龍之介原作「毛利先生」の第5回目のレッスンである。今回は、この「毛利先生」の最後のレッスンであり、仕上げの通し読みとそれに対する私の講評をおこなった。

 今回の私の講評は語り口のレベルを目安におこなってみた。逆にいえば、今回の「はなみずき」会員による「毛利先生」の仕上げの通し読みを、語り口のレベルを評価することを中心に置いて、その出来栄えを判定したということになる。その結果、第1期生を中心に全体の約3分の1の会員が自分の言葉で語る語り口と判定できた。

 その他の会員もほとんどは、語りかける語り口になってきていた。この判定は少々甘いという気もしないではない。しかし、当たらずといえども遠からず、くらいの精度はあると思う。考えてみれば、第1期生は15年近く、第2期生も6年から9年近くもレッスンを継続している。やはり、朗読は「継続は力なり」なのだと思った。

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン(2)

 もちろん、朗読は語り口がすべてではない。朗読にとって、語り口は表現の土台となる重要な要素ではあるが、もう一つの重要な要素としてイメージ&心情表現がある。そして、土台である語り口のレベルが上がっていくにしたがって、このイメージ&心情表現の重要度が加速度的に増大していくわけである。これが本体なのである。

 自分の言葉で語る語り口は、現実の生活では誰でも修得している「技」である。したがって、誰でも、それを意識したレッスンを継続していれけば、到達できる「技」である。言い換えれば、現実の生活を通して既に修得している「技」を、朗読の場で発揮する「技」を修得すれば良いわけである。つまり誰でも到達可能なのである。

 しかし、イメージ&心情表現の方は、文学作品を解読する力、その解読を土台にして作品世界を豊かにイメージする力、表現主体の心情を深く理解する力を涵養しなければ、なかなか修得することはできない。それをレッスンによって修得するために私が考案したのが、朗読ステップ1~6なのである。語り口はその土台なのである。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(1)

 昨日(8月06日)の18時30分から習志野朗読サークル「茜」のレッスンをおこなった。今回は、当初は今年の6月に、そして武漢コロナウイルスのせいで今秋10月に延期された朗読発表会に向けた8回のレッスンのうちの第6回である。1人1作品の後半の3回目である。ただ、その今秋10月の朗読発表会も再延期された。

 そこで、今秋9月の8回目のレッスンで立ち稽古をおこない、再延期された朗読発表会に備えることにした。いわば、その立ち稽古をもって最後の仕上げにしようというわけである。そこで今回は、レッスンに先立って、その立ち稽古の日程と場所をどうするか相談した。その結果、通常のレッスンと同じようにすることに決定した。

 現在、長期休会中の会員2人が立ち稽古に参加するとしても、出演者は全部で6人である。会員1人当たりの朗読時間を15分に抑えているから、最長でも朗読時間は90分で収まる。それに司会者の所要時間10分を入れても100分。また私の講評を20分に抑えれば、通常のレッスン時間120分で収まると計算したのである。

 


○習志野朗読サークル「茜」の朗読レッスン(2)

 サークル代表が司会用の原稿をつくってきてくれたので、その後に、前半の司会をやる会員と後半の司会をやる会員に、実際にその原稿を読んでもらった。司会役が実際に読んでみると、私だけでなく、会員からもいろいろと要修正点や要改善点や要追加点が出てきた。そのようにして、今秋9月におこなう立ち稽古の下準備をした。

 その他、照明をどうするのか、という問題提起も出された。たしかに、昨年の朗読発表会においては、出演者の登壇や降壇に合わせて客席とステージの照明を点けたり消したりした。しかし、昨年は照明を担当した2人の会員が退会して今年はいない。人手不足のため再延期された朗読発表会では照明は点けっぱなしにすると決めた。

 その後にレッスンに入ったが、同じ1人1作品の台本を6回もレッスンする段階になると、各会員もそれなりに仕上がってくる。会員1人1人には、それぞれに長所もあれば短所もある。また、それぞれにいろいろな事情もある。もちろんこれまでのレッスンの過程も異なる。それらを総て抱えながらも、それなりに仕上がってきた。

 

 

 

 

 

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