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館長の朗読日記2840/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2840  (戦後78年03月29日 新規)

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 昨日(3月28日)の9時50分から品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ5の第17回、また今夏5月に開催する朗読発表会『月の光』に向けたレッスンの第5回でもある。今回は、『月の光』の台本の前半(第1部)の第3回のレッスンである。

 今回は、この台本の前半(第1部)は第3回であるが、台本そのものとしては第5回のレッスンである。第5回のレッスンともなると、サークル会員もこの台本をかなり読み込んでくる。朗読レベルの高い会員は、それが朗読表現に反映されてくる。そこまで行かない会員は、なかなか朗読表現に反映しない。

 会員の朗読を一人一人聴きながら、どのような心情&イメージを心に描いて朗読したのかを訊いてみた。そうすると、その会員が朗読分担している部分の作品世界について、私が驚くくらい深くて豊かに解読しており、その結果、極めて深くて豊かな心情&イメージに基づいて朗読表現していることが判明した。

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 朗読レベルの高い会員の朗読とそこまで行かない会員の朗読との差は、会員が心に描いている心情&イメージを思い切って朗読の表現に出すか出さないかの違いだけのように思えてくる。そのくらい、会員の皆さんが心に描いている心情&イメージは十分に深くて豊かなのである。その思い切りがむずかしい。

 なぜなら、思い切って自分の心情&イメージを朗読することは、技術の問題というより、意志の問題だからである。技術は教えることができる。しかし、意志は、結局その人がその気にならなければ何ともできない。イギリスの諺に「馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ますことはできない」というのがある。

 しかし、そうはいっても、この「あやの会」の皆さんは、自主練習会を盛んに催し、お互いの朗読表現を活発に啓発し合っている。今回の朗読発表会用の作品『月の光』の読み継ぎ朗読も、相当なレベルまで仕上がってきている。残る通常のレッスンは1回、後は立ち稽古とリハーサル、そして本番へと続いていく。

 

 

 

 

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