館長の朗読日記2851/千葉「わかば」の朗読レッスン
館長の朗読日記2851 (戦後78年04月28日 新規)
○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)
昨日(4月27日)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ6の第4回、新しいレッスン台本/ハンス・ランド原作/森鴎外翻訳「冬の王」の第4回のレッスンである。会員の皆さんも、この作品の朗読そのものにはかなり慣れてきた。
しかし、この作品そのものに慣れてきたかといえば、どうもそうではないらしい。特に、この作品の地の文の表現から、その地の文が表現している心情やイメージ、さらにいえば発想や思想を汲み取ることが、なかなか出来ないようである。私の解説を聴いてやっと「そういうことなのか!」と理解できるというのである。
それでは、私の解説が普通の人がなかなか気のつかない内容であるかというと、決してそんなことはない。端的にいえば、私はその作品に実際に書いてあることしか言っていないのである。したがって、会員の皆さんもその書いてあることを眼にしているはずなのである。それなのになぜ読み取ることができないのか。
○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)
簡単にいえば、会員の皆さんは、作品に書かれている文字言語を、作者の立場で読んでいないからである。すなわち、その作品、その文章、その文、その言葉、あるいは、地の文やセリフを、作者がその作品世界あるいは場面や登場人物をどうやって描き出すかと考える立場に立って読んでいないからである。
ただし、これはそう簡単に出来る芸当ではない。それなりの真剣勝負的な修練と長い経験がいる。すなわち、朗読レッスンを重ねたら必ず修得できるものとは限らない。したがって、ある程度以上の朗読表現をしようと思ったら、そういう力をもった人間に解説してもらい、それを参考にするのも一つの方法である。
たとえば、演劇では専門の演出者がその役を担う。映画では専門の監督がその役を担う。西洋音楽のオーケストラでは専門の指揮者がその役を担う。朗読の場合も、朗読のレベルがそれほどでもないうちはその必要もないが、かなりのレベルになった段階では専門の解説者がその役を担う方法なのである。
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