館長の朗読日記2872/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン
館長の朗読日記2872 (戦後78年06月25日 新規)
○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(1)
昨日(6月24日)の13時00分から八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第4期・朗読ステップ2の第15回、今秋9月に開催する朗読発表会『赤毛のアン』のレッスンの第4回である。今回も、このサークルは武漢コロナウイルスの感染予防のため、前半組と後半組に分けてレッスンした。
朗読発表会向けの台本『赤毛のアン』のレッスンは、前後に分けて各3回づつやることになっている。今回はレッスンそのものは4回目であるが、後半のレッスンは2回目である。しかし、各会員ともかなり仕上げてきているので、私の指導もそれだけ具体的になる。もちろん、レッスン歴の長短あるいは朗読レベルによって内容は違ってくる。
ある会員は、レッスン歴は2年に満たないが、演劇を仕事としているようである。演劇の場合は、舞台の上で登場人物そのものを演じなければならないので、セリフ表現も叫ぶところは本当に思い切り叫ばなければならない。しかし、朗読の場合は、登場人物がセリフを叫ぶ様子を聴き手の頭と心の中にイメージしてもらうことが肝要となる。
○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン(2)
逆に、演劇のようにそのセリフ表現を本当に思い切り叫ばれると、朗読者そのものがあたかも実際の登場人物であるかのようにせせり出てきてしまい、かえって聴き手の頭と心の中のイメージづくりを邪魔してしまう。たとえば、文学作品における登場人物は性別や年齢が様々であり、朗読者の性別や年齢とかけ離れている場合が多いのである。
こういう演劇と朗読の本質的な違いを、演劇出身者に、とりわけ現役バリバリの若い人に、理屈ではなく本当に理解してもらうのは大変である。この会員は、素質も十分にあり、本気になって朗読に取り組んでくれているようなので、時間をかけてじっくりと説明していき、本人にもいろいろと体験してもらって、良い朗読者に成長して欲しく思う。
その他の会員たちも、着実に朗読レベルが向上している。上手だが、表面的な「声出し」や「心情&イメージ表現」であったものが、心の底からの「声出し」や「心情&イメージ表現」に急激に変わってきた会員も何人かいる。独りよがりな「声出し」や「心情&イメージ表現」であったものが、聴き手を意識した朗読に変わってきた会員たちもいる。
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