館長の朗読日記2880/千葉「わかば」の朗読レッスン
館長の朗読日記2880 (戦後78年08月31日 新規)
○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(1)
先日(8月24日)の13時30分から、千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ6の第10回、レッスン台本・森鴎外原作「高瀬舟」の第3回のレッスンである。今夏は、私が悪質な風邪を長くひき込んでレッスンを中止してしまった。それにお盆のためにレッスン日を大幅にずらしたことが重なり、今回は約2ヶ月ぶりのレッスンとなった。
このレッスン台本「高瀬舟」は、朗読的にむずかしいが、重要なポイントが沢山あり、じっくりとレッスンしたかった。ところが、私が風邪をひき込んだために2回もレッスンが減ってしまった。仕方なく第4回である次回に、急きょ仕上げの通し読みをすることになった。サークル会員の皆さんには申し訳なく思うと共に、私も残念でならない。今後、他のレッスン台本で補っていくしかないと思う。
サークル会員の中には、性格的に演劇的な演技が好きな人(出来る人)と好きでない人(出来ない人)がいて、大きくこの二つのタイプに分かれる。演劇的な演技が好きな人(出来る人)は、朗読表現にも早めに対応できるが、長期的に見ると必ずしも良いとは言えない。逆に、好きでない人(出来ない人)は、朗読表現になかなか対応できないが、必ずしも悪いとは言えない。
○千葉朗読サークル「わかば」の朗読レッスン(2)
なぜなら、朗読の場合は、実際に朗読表現をする前に、文学作品を読み込んでその作品世界を自分事(わがこと)としてイメージするという重要な前段階をこなさなければならないからである。演劇的な演技が好きな人(出来る人)は、すぐ朗読表現ができるだけに、この前段階がまどろっこしく感じるのではあるまいか。すべてではないが、そのような傾向があるように思われるのである。
朗読をする場合、文学作品を読み込んで、その作品世界を自分事(わがこと)としてイメージするというこの前段階はとても重要である。このイメージが深く豊かになれば、それだけ朗読表現も深く豊かになる。逆に、そのイメージが浅い表面的なものにとどまれば、朗読表現も浅い表面的なものにとどまってしまう。このイメージをするための前段階、この重要性はいくら強調してもし足りない。
森鴎外が彼の医者的リアリズムを盛り込んだこの「高瀬舟」は、作品世界を自分事(わがこと)としてイメージするというこの前段階を修得するための絶好の教材といえる。もちろん、基本は同じだから、他の文学作品でも構わない。まあ、気を取り直して他のレッスン台本に取り組んでいくとしよう。千葉朗読サークル「わかば」の皆さんにはレッスンを中止して申し訳なかったと痛感している。
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