館長の朗読日記2875/品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン
館長の朗読日記2875 (戦後78年08月02日 新規)
〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)
悪性の夏風邪をひき込んで、7月06日からの朗読レッスンをすべて中止してきた。翌月となったこの8月から、全面的に朗読レッスンを再開することにした。最初のレッスン相手は、品川朗読サークル「あやの会」である。このサークルのレッスン会場までは、電車その他で約2時間の行程である。しかし、気分は意外にしっかりしていた。
朗読レッスンのやり方はいつもと同じである。すなわち、レッスン台本「冬の王」を7つのパートに分け、会員の一人一人がそれぞれのパートを順番に朗読していく。そして、それぞれの朗読に対して私からコメントやら注意やら指導やらをしていく。その内容も、我ながらかなりしっかりしていた。気力、体力、知力もかなり回復してきたようだ。
普段のようにいろいろ気をまわす余裕がないだけに、直截な表現でかえって分かりやすかったかも知れない。もちろん耳も痛かったと思う。しかも、枝葉のことにあれこれ言及することが面倒で、かなり本質的なコメントやら注意やら指導やらが直截的に表現できたのではないかと、思っている。会員の皆さんはどう受け取ったであろうか。
〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)
朗読の仕方は、朗読作品によって大きく変わる。童話やちょっと実際にはあり得ない主人公や場面や出来事が記されている作品の場合は、朗読する方もその作品を表現するにふさわしいように、思い切って異次元的な朗読表現世界を創り上げる。童話や非現実的な内容の作品を朗読する場合である。これはこれで大変面白い。
しかし、今回のレッスン台本「冬の王」のような作品は、朗読者が自分の全人格を思い切って晒して、自分自身の「心情の直接表現」を全面的に聴き手に訴えかけていく。そうして、自分が感じた想い、自分が解読した内容、自分が感動した部分を、聴き手に表現して、同感、同情、感動を共有してもらう。これは非常にむずかしい。
なぜならば、そのためには、朗読者が自分の本気の「心情の直接表現」を思い切って全面的に開放して、聴き手に訴えかけなければならないからである。朗読の場合、聴き手は日本語の達人である。いわば、世界的なピアニストの前でピアノを弾くようなものである。欠点や不十分なところは、すべて見抜かれていると考えた方が良い。
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