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館長の朗読日記2888/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記2888  (戦後78年09月21日 新規)

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(1)

 一昨日の9月19(火)9時50分から品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回は第3期・朗読ステップ6の第6回である。今回から、新しいレッスン台本・森鴎外原作「高瀬舟」の朗読レッスンに入る。冒頭に、私の朗読というもののとらえ方、取り組み方、その取り組みの成果、について今回改めて整理した説明をした。

 それから新しいレッスン台本「高瀬舟」について概括的な説明をした。これは、かつて私が「感動をつくる・小さな朗読館」で森鴎外の「心中」を朗読したことがあるが、イラストレーターの池田憲昭さんがメールで感想を送信してくれた際に、森鴎外の作品は「医者的リアリティ」に満ちているということを書いてくれた。私は「なるほど!」と大いに感心したのである。

 それ以来、私は森鴎外の文学作品については「医者的リアリティ」あるいは「医者的リアリズム」という解説をおこなっている。そして、この「高瀬舟」という作品は、その「医者的リアリティ」あるいは「医者的リアリズム」の極致といってよい内容なのである。それは、後半の弟を安楽死させてしまう場面だけでなく、作品全体の表現に当てはまることなのである。

 


〇品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン(2)

 今回は、この「高瀬舟」のレッスンの初回であるから、会員の皆さん一人一人の朗読を指導するというより、作品そのものの全体的な解説をした。作品のいたるところに見られる「医者的リアリティ」的、あるいは「医者的リアリズム」的な描写を、具体的に指摘して解説していった。朗読者は、その描写を無視したり、その描写に反した朗読をすることはできない。

 すなわち「高瀬舟」は、朗読的にむずかしいと共に、朗読的なポイントの多い作品なのである。今回は、そういう点を具体的に解説していった。このサークルは、会場の制約で2時間余でレッスンを終えなければならない。通常は時間に追われるのだが、今回は一人一人の朗読の指導をしなかった分、時間が少なくて済み、最後は時間が余ったくらいであった。

 そこで、会員の皆さんの「高瀬舟」に対する感想や意見を求めたところ、次から次へと止めどなく出てきた。会員の皆さんは、それぞれ「高瀬舟」についてかなり調べてきたらしい。私は、そういう会員の皆さんの感想や意見を聴くことが大好きである。それらの中には、私の知らないことが多く、大いに啓発されるからである。今回も、そういった内容が満載であった。

 

 

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