館長の朗読日記2911/千葉「風」の朗読レッスン
館長の朗読日記2911 (戦後78年11月22日 新規)
○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)
先日の11月18日(土)に、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンをおこなった。今回から、第4期・朗読ステップ2に突入する。今回はその第1回、新しいレッスン台本・太宰治原作「雪の夜の話」の第1回である。この「雪の夜の話」は内容的にはどうということのない作品なので、思い切って語って欲しい、と注文した。
若い女学生が親しい同世代の人間に語っているような内容であるから、全員が女性である「風」の皆さんには語りやすいはずである。朗読ステップ2は、登場人物の立場でセリフ表現を身につける段階であるから、この作品をレッスン台本に選んだのである。このレッスン台本で、思い切って語ってもらおうと考えているのである。
思い切って語るといっても、自分勝手な語り口で良いというわけではない。どんな場合でも、日本語における標準的な語り口の基本から外れてはいけない。日本の標準語を語る場合には、あくまでも日本語における標準的な語り口の基本に基づいて語らなければならない。その基本の上で、語り手の個性を発揮するのである。
○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)
個性のある語り口と、癖のある語り口とは、全く異なる。個性のある語り口とは、日本語における標準的な語り口の基本に基づいて語られたなかで発揮される個性的な話声言語(=音声言語)のことである。癖のある語り口とは、日本語における標準的な語り口の基本から外れた、日本語として変な語り口のことである。
朗読を聴いて下さる観客の皆さんに、日本語として変な語り口で表現する朗読を聴いていただくわけにはいかない。良い朗読を聴いていただくためには、そして、その朗読を聴いて楽しんで共感していただくためには、日本語における標準的な語り口の基本に基づいた朗読でなければならない。もちろん、それだけでは足りない。
台本(文学作品)を深く豊かに解読し、その作品世界を高度なレベルでイメージし、そのイメージを自分の心情&イメージで、自分の言葉として表現しなければならない。日本の一般的な朗読は、専ら、日本語における標準的な「読むような語り口」で表現することだけに力を傾けている。これでは聴き手の共感は得られない。
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