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館長の朗読日記2916/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記2916  (戦後78年12月04日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(1)

 先日の12月02日(土)に、千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンをおこなった。今回は、先月の11月28日(火)に開催した第25回「小さな朗読館」後の初めてのレッスンであるから、当日の来場者と会場運営支援者2人、そしてゲスト出演者にお礼を言った。ゲスト出演者の朗読については講評しないことにしている。

 前回から、第4期・朗読ステップ2に突入している。今回はその第2回、新しいレッスン台本・太宰治原作「雪の夜の話」の第2回である。この「雪の夜の話」は内容的にはどうということはないので、若い女学生になったつもりで思い切って語って欲しいと注文した。会員の皆さんは、若い頃を思い出して徐々に語り出して来たようである。

 しかし、頭と心でそのつもりになっても、実際の朗読が当人の頭と心のように表現してくれているか、というと必ずしもそうはいかない。しかし、それでも、この千葉朗読サークル「風」は女性の会員ばかりだから、かなりそれらしくなってきている。それが、他のサークルの男性会員が、この「雪の夜の話」を朗読する場合はかなり苦労すると思った。

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン(2)

 朗読は、若い女学生が語るように男性会員がどんなに上手く「雪の夜の話」を表現したにせよ、聴き手はその「雪の夜の話」を朗読しているのが男性であることなど百も承知である。それにも関わらず、その「雪の夜の話」を語っている人間が若い女学生であることを聴き手にイメージさせなければならない。そこに朗読表現のむずかしさがある。

 もちろん、中高年の女性が朗読で、若い女学生のセリフを表現する場合でも、似たようなむずかしさはある。しかし、逆に、朗読においては、聴き手の頭と心に文学作品の作品世界をイメージしてもらえば良いという点で、逆にそのむずかしさを克服する術がある。また、そういう点にこそ朗読表現の面白さ、あるいは、醍醐味があるのである。

 この「雪の夜の話」というレッスン台本を朗読することによって、サークル会員の皆さんにそういう朗読のむずかしさ、および、面白さと醍醐味を思い切り味わってもらえれば良いと思う。私は、そのようなサークル会員の皆さんが味わう朗読のむずかしさ、および、面白さと醍醐味に対し、真剣勝負的なレッスンで正面から付き合っているのである。

 

 

 

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