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2025年6月

館長の朗読日記3078/八千代「新・みちの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記3078(西暦2025年6月29日 新規)

 


○八千代朗読サークル「新・みちの会」の朗読レッスン

 今夏6月14日(土)は、八千代朗読サークル「新・みちの会」の第4期/朗読ステップ4の第15回であったが、私が眩暈を発症したため、休止ということにしてもらった。その2週間後の6月28日(土)は、私の眩暈が収まったので、通常通りの朗読レッスンをした。今回は朗読発表会『ツナグ 母の心得』の3回目のレッスン、その前半・第1部の第2回目である。

 今回、この台本『ツナグ 母の心得』をジックリとレッスンしてみて、改めてこの台本を朗読表現することのむずかしさを痛感した。起伏に富んだ物語性があるわくでも、ダイナミックな内容展開があるわけでもない。人間の内面にかかわる心の動きを表現している作品世界なのである。そういう作品世界を、朗読によって、聴き手にイメージしてもらわなければならない。

 これは、所謂「戦争もの」などの対極にある作品世界である。朗読的には大変であるが、改めて考えてみれば、私が指導する朗読サークルが自分たちの朗読発表会の作品にこういう原作と台本を選ぶようになったわけである。少なくとも、その心意気だけはレベルアップしたととらえるべきなのかも知れない。今秋11月8日に開催する朗読発表会に向けて頑張るしかない。

 

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館長の朗読日記3077/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記3077(西暦2025年6月29日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン

 昨日の6月21日(土)に千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。今回は第4期・朗読ステップ3の第14回、今秋10月19日(日)に開催する千葉「風」の朗読発表会『雨あがる』に向けた朗読レッスンの第2回である。この『雨あがる』という作品の朗読台本は、前後篇に分けた2部構成である。今回は、その後篇の第1回レッスンを行なった。

 私の朗読レッスンは、ステップ1~ステップ6の6ステップで一巡する。このサークルの会員を大雑把に分けると、その3分の1が6ステップの1回未満、3分の1が6ステップの1回~2回の間、最後の3分の1が6ステップが2回以上、ということになる。もちろん例外はあるものの、だいたいはこの6ステップの回数に比例して朗読のレベルが上がってくる。

 したがって、今回の朗読発表会『雨あがる』を読み継ぐ順番も、だいたいはこの6ステップの回数の順序に対応している。ありていに言えば、後にいくにしたがって朗読のレベルが上がっていくのである。この順序には、もちろん良し悪しがある。しかし、落語や相撲の例を持ち出すまでもなく、ごくごく一般的であり、もちろんそれなりの合理性もあるのである。

 

 

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館長の朗読日記3076/船橋「はなみずき」の朗読レッスン

館長の朗読日記3076(戦後80年/西暦2025年6月29日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン

 昨日の6月19日(木)に、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンをおこなった。今回は第4期・朗読ステップ2の4回目のレッスンであり、レッスン台本・太宰治原作「兄たち」の4回目のレッスンでもある。今回のレッスン直前に、
私はささやかな発見をした。発見というと大げさかも知れないし、すでに他の人が気づいていたことまも知れない。

 しかし、少なくとも私個人としては一つの発見であった。それは、この作品の最後の部分「ケイジ、ケサ四ジ、セイキョセリ、という電文を、田舎の家にあてて頼信紙に書きしたためながら、当時三十三歳の長兄が、何を思ったか、急に手放しで慟哭をはじめたその姿が、いまでも私の痩せひからびた胸をゆすぶります」が、次兄宛てに発信されたということだ。

 そう考えると、この最後の部分で「長兄」「次兄」そして亡くなった「三兄」さらに末弟の太宰自身を加えた四兄弟が、全員顔をそろえたことになる。この「兄たち」という作品の最後を絞める結びの文として、実にふさわしい表現ではないかと思われる。ささいなことかも知れないが、このような発見の積み重ねが、朗読表現のための解読には必要なのである。

 

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館長の朗読日記3075/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記3075(西暦2025年6月29日 新規)

 


○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン

 昨日の6月17日(火)に品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回の朗読レッスンは、第4期・朗読ステップ2の第2回、レッスン台本・太宰治原作「雪の夜の話」の第2回でもある。この作品は「しゅん子」という十代後半と思われる若い女性の独り語りという体裁をとっている。

従って、当初は、朗読も「若い女性の独り語り」ということを聴き手にイメージしてもらうように表現するべきであると考え、そのように指導して来た。しかし、この作品の数か所には、そのような「若い女性の独り語り」にはふさわしくない表現があるのである。その点が、以前からどうにも気になっていた。

 今回のレッスンを通じて、この作品は「若い女性の独り語り」である以前に、原作者である太宰治の語り表現であることを思い出した。太宰治は、創作する場合に、よく口述筆記させていたことを思い出したのである。この作品も、おそらく奥さんに口述筆記させたのではなかろうか。それで、すっきりした。

 

 

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館長の朗読日記3074/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記3074(西暦2025年6月08日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン

 昨日の6月07日(土)に千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。今回は第4期・朗読ステップ3の第13回。今回から今秋10月19日(日)に開催する千葉「風」の朗読発表会『雨あがる』に向けた朗読レッスンに入る。今回は、その第1回目のレッスンである。この『雨あがる』は前後篇に分けた2部構成であり、今回は前篇の第1回レッスンを行なった。

 この朗読発表会における読み継ぎ朗読は、前篇と後篇をそれぞれサークル全員で読み継ぐことになる。現在の「風」の会員は12人であるが、そのうちの1人が今後しばらく休会する。そこで、実際の朗読発表会では11人の会員で前後篇をそれぞれ読み継ぐことになる。今回、実際にレッスンして見て痛感したのは、主人公・三沢伊兵衛のセリフ表現のむずかしさであった。

 山本周五郎は、彼の作品『雨あがる』の主人公・三沢伊兵衛を、かなり現実離れの人物として描いている。したがって、その主人公・三沢伊兵衛の言動もかなり現実離れしている。そういう現実離れのした言動を朗読表現することは、意外にむずかしい。こればかりは実際にやってみなければ分からない。私はもちろんサークル会員は全員、現実的な人間なのだから仕方がない。

 

 

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館長の朗読日記3073/船橋「はなみずき」の朗読レッスン

館長の朗読日記3073(戦後80年/西暦2025年6月06日 新規)

 


○船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスン

 昨日の6月05日(木)に、船橋朗読サークル「はなみずき」の朗読レッスンをおこなった。今回は第4期・朗読ステップ2の3回目のレッスンであり、新しいレッスン台本・太宰治原作「兄たち」の3回目のレッスンでもある。今回からようやくこの「兄たち」の本格的なレッスンに入ることができた。サークル会員にとってこの台本はむずかしい作品かも知れない。

 太宰治は、自分自身の実生活と作品創作の実体験に基づいてこの作品を書いている。しかし、大部分のサークル会員にとって、太宰治のような実生活も創作体験もほとんど無縁であろうから、それらを自分の事としてイメージすることはほとんど不可能ではないかと思われるからである。まあ、その点は私も大同小異であるから、お互いのイメージで補い合うしかない。

 そういうわけで、私は、この作品は、朗読する人間が自分自身のイメージと心情で朗読表現することが大変むずかしいと考えている。したがって、せめて最後の部分の、長兄が三兄の死を慟哭する場面がうまく朗読表現できれば、まあ良しとすべきであろう、と思っている。人間は、自分の肉親の死は体験していることが多いし、その悲しみも共通していると思うから。

 

 

 

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館長の朗読日記3072/品川「あやの会」の朗読レッスン

館長の朗読日記3072(西暦2025年6月04日 新規)

 


○品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスン

 昨日の6月03日(火)に品川朗読サークル「あやの会」の朗読レッスンをおこなった。今回から、朗読レッスンは第4期・朗読ステップ2に入る。今回は、その第1回、レッスン台本・太宰治原作「雪の夜の話」の第1階でもある。そのレッスンをやる前に、直前に開催した朗読発表会『機関車先生』に対する出演者と観客の感想&意見の集約と共有化をおこなった。

 また、このサークルがおこなったアンケートを閉じたものを預かってレッスン後に読ませてもらうことにした。それらの感想&意見によると、今回の朗読発表会『機関車先生』は大変に高く評価されていた。読み継ぎの朗読はもちろんだが、バック音楽のピアノ演奏も大変に評判が良かった。原作の『機関車先生』も内容が面白くて感動的であった点も良かったと思う。

 途中の休憩を挟んで120分強という朗読時間は、一般的な映画の上映時間とほぼ同じである。それだけの時間があれば、かなり内容のある作品世界を朗読することができる。しかも、それを10数人で読み継げば、目先が変わって聴き手も集中力を切らさずに喫き通すことができる。この読み継ぎ形式の長編の朗読は私が考案したものだが、我ながら良かったと思う。

 

 

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