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2025年8月

館長の朗読日記3089/山梨芸術文化講習会「講演と朗読」

館長の朗読日記3089(西暦2025年8月30日 新規)

 


○山梨芸術文化講習会「講演と朗読」(1)

 一昨日(8月27日)の午後に「宮澤賢治原作『セロ弾きのゴーシュ』~作品の世界とセロの上達論を読みとく~」という副題をつけて、山梨芸術文化講習会「講演と朗読」を主演した。場所は山梨県立図書館2階の多目的ホール、時間は13時30分~16時00分であった。入場無料・予約不要、定員150名(先着順)という触れ込みであった。

 講演時間は60分強、朗読時間は40分強であった。本番の前に体調を崩していたが、医者に行くなどして何とか前日までに体調を回復させた。体調の悪化は声に敏感に影響する。体調が回復しても、万が一、本番中に声が掠れたり咳が出たりしたら大変である。幸い本番中の声出しは大過なかった。何だか、いつもぎりぎりセーフということが多い。

 観客は百人を超していたかと思う。特に、千葉朗読サークル「風」の会員が2名ほど聴きに来てくれたのには感激もし、大変ありがたくも思った。しかし、その大部分は、当企画の推進者で当日の司会進行役でもあった永田京子さんが誘ってくれた方々ではなかったかと思う。そういう方々に『セロ弾きのゴーシュ』に触れていただき私は嬉しかった。

 

 

○山梨芸術文化講習会「講演と朗読」(2)

 今回は、学生時代からの親友の二人(中山継夫と杉田正樹の両君)が遠い東京から甲府まで聴きに来てくれていた。帰りの列車においては、その両君と私と家人の4人が向かい合わせのボックス席に座り、さまざまなことを話し合った。近年の私は朗読が中心だが、この両君は日本の政治の現状についてかなり深く研究しており私は大いに啓発された。

 とにかく、今回の山梨芸術文化講習会「講演と朗読」の終了をもって、私自身の対外的な講演&朗読活動は一区切りした。今後は、朗読その他の関係の単行本の執筆に全力を傾注していく所存である。もちろん、現在指導中の4つの朗読サークルのレッスンは今後も継続していく。これについては、従来通り私の全力を傾注していくことは当然である。

 これから先、私が宮澤賢治原作『セロ弾きのゴーシュ』について、今回のような講演や朗読をする機会がどあるのかどうかは分からない。しかし、少なくとも今回の山梨芸術文化講習会「講演と朗読」によって、私の『セロ弾きのゴーシュ』に対する想いを十分に開陳することができた。また、私なりの朗読表現も行うことが出来て、私は嬉しかった。

 

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館長の朗読日記3088/千葉「風」の有志による自主朗読会『黒い雨』

館長の朗読日記3088(西暦2025年8月11日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の有志による自主朗読会『黒い雨』(1)

 昨日の8月10日(日)に千葉朗読サークル「風」の有志による自主朗読会『黒い雨』が開催された。自主朗読会なので、本来なら私は客席で観客の一人としてその朗読を楽しく聴けば良い筈であった。ところが、その自主朗読会の主導者から、バック音楽にバッハ『マタイ受難曲』の「ラコール」を使いたい、という申し出を受けた。

 昨年の10月に開催した朗読発表会『黒い雨』でこのラコールを使ったのである。私はそのCDを大切にしている。他人に貸して傷つけられたりしたら大変である。結局、私が、『マタイ受難曲』の「ラコール」だけでなく、バック音楽全般を引き受けることになった。さらに、家人もこの朗読会の照明全般を引き受けることになった。

 バック音楽の挿入も、照明の点灯も、台本と首っ引きで行なわなければならない。狭い舞台袖で、小さな手元灯りだけを頼りに台本を眼で追いながら、バック音楽の挿入や照明の点灯を約2時間の長丁場を的確に行なうのはかなり疲れる作業である。作業する場が司会進行役のすぐ近くということもあり、つい余計な口もきいてしまう。

 


○千葉朗読サークル「風」の有志による自主朗読会『黒い雨』(2)

 最後の舞台挨拶こそ、今回はあくまで黒子であるからと勘弁してもらったが、その頃になって、改めて、本来が自主朗読会であるはずなのに、何で私と家人が二人そろってこんな舞台袖にいなければならないんだと思った。本来なら客席で気楽に朗読を聴くことができる筈なのに。結局、主導者にうまく手伝わされたのではなかろうか。

 第一に、件の『マタイ受難曲』の「ラコール」のことだけならば、主導者や参加した有志たちで購入することが出来たはずである。件の『マタイ受難曲』の「ラコール」を種にうまく手伝わされた感を。私は払拭できなかった。それくらい、帰途の車の中で私と家人は疲れ切っていた。否、家人は平気で車を運転していたから私だけか。

 結局、舞台袖で作業した私は、客席の様子や観客の反応をうかがう余裕は全くなかった。とにかく、出演者の方は無事にやりとげたという安堵感と達成感に浸っていた。家人にも「やはり、バック音楽がついた朗読は楽しい」などと語っていたようである。今後また自主朗読会を開催するならバック音楽も自主的に入れて欲しいものだ。

 


○千葉朗読サークル「風」の有志による自主朗読会『黒い雨』(3)

 ところで、原爆というものを一般の住民が暮らしていた広島と長崎の街に投下したアメリカの行為は、未来永劫に許されることのない人類史的な戦争犯罪である。アメリカ政府は、戦後の被占領下にある日本に対して、真っ先に原爆投下に対する免責を要求したが、この事実は誰よりも彼ら自身がその罪悪性を自覚していた証左である。

 この事実に加えて、日本人である我々がアメリカによる原爆投下という極めて酷い戦争犯罪を告発し抗議し続けることは人類史的な権利であり義務である。ただし、今回の千葉朗読サークル「風」の有志による自主朗読会『黒い雨』は、あくまでも千葉朗読サークル「風」の有志の考えや想いに基づいて企画&実行された朗読会である。

 その意味で、自主朗読会『黒い雨』に籠めた目的や思想が、私の被爆に関するそれと食い違っていることは十分あり得ることである。その意味でも、自主朗読会『黒い雨』については私は黒子に徹し、舞台挨拶に登壇することも遠慮したわけである。ただし、今回の自主朗読会『黒い雨』の開催そのものを私は極めて高く評価している。

 

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館長の朗読日記3087/千葉「風」の朗読レッスン

館長の朗読日記3087(西暦2025年8月04日 新規)

 


○千葉朗読サークル「風」の朗読レッスン

 一昨日の8月02日(土)に千葉朗読サークル「風」の朗読レッスンを行なった。今回は、第4期・朗読ステップ3の第17回、今秋10月19日(日)に開催する千葉「風」の朗読発表会『雨あがる』に向けた朗読レッスンの第5回である。この『雨あがる』という作品の朗読台本は、前後篇に分けた2部構成である。今回は、その前篇の第3回目のレッスンを行なった。

 今回のレッスンは、前篇の第3回目であるが、この作品については第5回目でもある。従って、会員の皆さんもこの作品に馴染んできたし、かなり読み慣れてもきた。それは、とりもなおさず、会員の皆さんがそれぞれの心情&イメージをこの作品世界に重ね合わせて朗読するようになったことを意味している。朗読発表会は約2ヶ月後の10月19日(日)に迫っている。

 朗読発表会は休憩を挟んで前半と後半に分けるが、それぞれを11人の会員全員が読み継ぐので、会員1人の朗読時間は前後ともそれぞれ5分強であり、前後合わせても10分強だから、朗読としては短い方である。ただ1人の朗読がずっこけると、朗読発表会の全体がずっこけてしまう。そのため、自主練習のときなどは会員同士でかなり厳しく注意し合っているらしい。

 

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