『朝日新聞』(2015年10月12日 朝刊)
(戦後70年10月27日 新規)
Re ライフLIFE 人生充実
朗読に 心をこめて
【投書】本が大好きです。仕事をリタイアしたら、朗読の活動をしたいと考えています。目が不自由な人への朗読にも興味があります。 富山市・南桂子さん(50)
【インタビュー】
視点を転換 イメージつかむ
「感動をつくる・日本朗読館」主宰 東百道さん
朗読は、「文字」で表現された文学作品を「声」で再表現する芸術です。
たとえば「驚いた」と黙読しただけでは、どれほどの驚きか分からない。でも最大級の驚きを声に出して表現するとどうなるか。喜怒哀楽の心情を直接表現するのが声なのです。心情にふさわしい声でないと不自然になる。
だから大事なのは、作者が作品に込めたイメージを的確につかみ、表現すること。そのための一番のポイントは「視点の転換」です。一文一文、作者や登場人物の視点に立って考える。どんな場面でどんな心情か。徹底的にイメージし、自分のこととして声を出す。前後の文脈をヒントに、書かれていないことまでイメージする必要があります。
イメージさえつかめば、声で表現するのは難しくありません。私たちは日本語になじんできた日本語の達人。普段の実力を発揮すればいい。作品を味わい尽くし、聴き手と感動を共有する。いわばカサカサした干しシイタケ(文字の言葉)を、水と味つけでふっくらしたシイタケに戻して味わうようなものです。
実は朗読では年を重ねたことが優位に働きます。男と女の関係も、老いの悲しさも、人生経験が豊富な人の方が自分のこととしてイメージしやすい。声が出ないと心配する人もいますが、積み重ねた普段の語りでいいのです。
【写真】ひがし・ももじ
1946年生まれ。朗読が題材の漫画『花もて語れ』(片山ユキヲ)の朗読協力、朗読原案を担った。著書に『朗読の理論』など。
朗読のプロセス/東百道さんへの取材から
「朗読は
イメージにはじまり、
イメージにおわる」
準備/イメージを作り上げる
イメージをつかめないとどう声を出せばいいかわからない
行間を含めて読み込み、一文ごとに作者や登場人物の視点を細かく探る
ポイントは・・・朗読における「視点の転換」
文学作品には、場所、時間、登場人物の心情、作者はどこからその場面を見ているか、などで様々な転換がある。それを意識することが大切
【イラスト1】グラフィック・山中位行
〔その時、私は「お母さん」と言った〕
『その時』
・・・昔なのか
未来なのか?
『私は』
・・・男か女か?
子どもなのか、大人なのか?
『お母さん』
・・・実母? 義母? 妻?
『と言った』
・・・どんな感情で?
組み合わせは何通りにも
本番/イメージを聴き手と分かち合うために
「視点の転換」を意識することで、聴き手に鮮やかなイメージを喚起させる。このケースでは、宇宙にいる母を思う、思春期を迎えた娘になりきり、ふさわしい声を
【イラスト2】グラフィック・山中位行
お母さん…
お母さんは
宇宙飛行士。
三年の勤務を終え、
あす地球に戻ってくる。
中学生になった私は、
うれしいような、
照れくさいような
気持でいる。
学ぶ場は 1
サークルなど 自主練習も
朗読は各地のカルチャーセンターの教室やサークルなどで学ぶことができる。
9月中旬、東京都の「品川朗読サークル『あやの会』」の集まりがあった。月に2度、東さんから指導を受けている。会員は20〜70代の男女15人。この日は13人が集まり、芥川龍之介の「龍」に取り組んだ。昔々、奈良の法師が「池から龍が昇る」というウソの立て札を立てたことから起きる騒動を描いた物語だ。
1人ずつ順に、手元の「台本」を見ながら4分ほどを声に出して読んでいく。
ウソを信じた見物人が押し寄せる場面では、「奈良の町は申すに及ばず。河内、和泉、摂津、播磨……」と国の名が連なる。東さんは「上空から映画を撮るかのように、国々の広がりをイメージして」と助言した。聴き手に訴えるために強調するべきポイントを次々と挙げていき、会員は台本に書き込んでいく。
そして、迫力あふれる山場へ〜〜。
「その刹那、その水煙と雲との間に、金色の爪を閃かせて一文字に空へ昇って行く十丈あまりの黒龍が・・・・・・」
この日は「龍」の初回で、今後3カ月かけて指導を受ける。自主練習もする。山本淑子代表(56)は「たどたどしい読み方が、最後には大きく変わります」と話す。
いかすには 2
学校や高齢者施設で朗読会
学んだことをいかす場は様々だ。学校や保育園で活動する人や、高齢者施設に出かけるグループもある。
9月上旬、京都府日向市の市立図書館の一室で開かれた「大人の朗読会」。白い仕切り板と黒いイスだけのシンプルな舞台で、ボランティアの女性5人が1人ずつ前に出て、ジャンルの時代も様々な五つの話を披露した。冒頭は日本の昔話。「あるところに、おかあさんと、三人兄弟がおりました・・・・・・」
雨の中集まった年配の男女11人が、静かに聴き入る。続く江戸川乱歩の短篇は、新妻の浮気を疑う夫の物語。さて真実は? 話の成り行きは二転三転し、最後の展開に、客席は「う〜ん」とうなった。
80代の女性は、大好きな藤沢周平の作品がプログラムに入っていたため、初めて聴きに来たという。「頭に絵が浮かんできた。自分で読むのとは感じ方が違いました」。図書館には、「高齢で字が読みづらいので助かる」「知らない本に出合えた」という感想も寄せられている。
朗読会は年4回。メンバーは60代以上の女性7人で、十数年の経験を持つ。金子京子さん(74)は「1度きりの朗読を、『なるほど』と気持ちよく聴いてもらうのは難しい」。出だしの3行で話に引き込めるかが勝負という。
専門的に 3
視覚障害者らへの「音訳」
視覚障害者や文字を読むのが難しい人たちのため、本や雑誌などの情報を声で伝えるボランティアもある。「音訳(おんやく)」ということが多い。地域の公立図書館や点字図書館、社会福祉協議会などに、養成講座があるか聞いてみよう。
視覚障害者を支援する日本ライトハウス情報文化センター(大阪市)では、初心者向けの講習を実施している。発声や発音の基礎▽意味の伝わる間の取り方など文章の読み方▽図表や同音異義語をどう読むかなどの実践編〜〜の3段階だ。2年がかりだが、基本はこれらを受講してから、センターで活動できる。専門的に学ぶ、英語や東洋医学、古典、図表のコースもある。
各地の講座で講師をする奈良市の渡辺典子さん(79)の音訳経験は約35年。直接対面して読んだり、「録音図書」を作ったりしてきた。
ジャンルは幅広く、海釣り百科や新聞の株価欄、ドイツ語の参考書を対面でリクエストされたことも。「万葉集」は注釈や論文も含め約10年かけて録音した。「(読み手にとっては)いわば強制読書。知らない分野に接すると面白いし、教えられます」
心がけるのは、正しく内容が伝わる読み方、慣れると「読み方が2割、下調べが8割」。自宅の本棚は辞書や事典でぎっしりだ。(十河朋子)
「Reライフ」は毎週月曜日に掲載します。次回は「水耕栽培を楽しむ」の予定です。採り上げてほしいテーマをseikatsu@asahi.comへお寄せください。
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朝日新聞社発行『朝日新聞』(朝刊/全国版)
2015年10月12日(月曜日)
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《館長からのコメント》
戦後70年(西暦2015年)10月12日の朝日新聞(朝刊)の文化欄「Re ライフ 人生充実」に「朗読に心をこめて」という標題の下に、私の理論に基づいて朗読の紹介がなされた。朝日新聞の文化欄は日本では一流という評価を得ている。そこに、入門用の紹介記事とはいえ、私の「朗読の理論」が紹介された意義は大きい。
そこで、ここにいたる経緯を簡単に整理しておく。今から12年前に本格的な朗読指導を始めた私は、日本の朗読文化の向上に少しでも寄与したいという想いをもっていた。私の朗読指導は、朗読サークルの指導が主である。この指導方法は、身近で詳しい指導ができる反面、指導の範囲や人数が制限され、その点で限界があった。
そこで朗読を理論的に解明した単行本を執筆&公表することを決意し、今から7年前(西暦2008年3月)に木鶏社から『朗読の理論』を発行した。この本は、学問的な批判にも耐えるように、論理性を重視した。従って、必ずしも一般受けする内容ではなかった。私は、百年後の読者に宛てて執筆したと、独りで豪語していた。
ただ意外にも、出版直後に日本図書館協会選定図書に指定された。さらに意外だったのは、翌年(西暦2009年)2月、この『朗読の理論』の文章が立命館大学の入学試験(国語問題)として出題されたことである。極め付きの意外さは、同年10月に小学館から、この『朗読の理論』に基づいた協力を依頼されたことであった。
小学館の編集者・高島雅さんの話しは、次のようなものであった。朗読をテーマにした漫画を企画した後、朗読について取材と調査を重ねてきたが、このままでは漫画にならないと悩んでいた。たまたま『朗読の理論』を読んで、これなら漫画になる、と考えて電話した。この『朗読の理論』に基づいた朗読協力をして欲しい、と。
文字通り世界をリードしている日本漫画界の水準に、従来から私は一目置いていた。従って、この申し出は、意外でもあり、嬉しくもあった。かくして、その翌年(西暦2010年)1月から日本初の朗読漫画『花もて語れ』(片山ユキヲ&東百道)の連載が始まった。これが、拙著『朗読の理論』の最初の具体的な成果であった。
朗読漫画『花もて語れ』は幸いに高い評価を受け、新聞各紙の記事にされたりもした。私の「朗読の理論」にも言及されたが、ほとんどは朗読漫画『花もて語れ』の記事の一部として扱われた。朗読そのものを正面から取り上げた記事ではなかった。それも、漫画の連載が終わった昨年(西暦2014年)7月以降は途絶えていた。
ところが今年(西暦2015年)8月末に、朝日新聞(大阪本社)の十河朋子記者から電話があり、50歳〜60歳の読者向けに朗読を紹介する紙面づくりに協力を依頼された。十河さんの上司(デスク)の石前浩之さんが、以前から『花もて語れ』を高く評価してくれていて、朗読のことならと、私を強く推薦してくれたらしい。
すなわち、今回の朝日新聞の記事は『朗読の理論』〜『花もて語れ』という流れの延長上に位置づけるべき成果なのである。今後、拙著『朗読の理論』〜朗読漫画『花もて語れ』〜朝日新聞(朝刊)文化欄「Re ライフ 人生充実/朗読に心をこめて」の流れの上に、どんな成果が出てくるか。結果はどうあれ、少し楽しみである。
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